27話 決闘後編
決闘は住民に被害が及ばないよう、全員が完全に退避してから行われることになった。
本当に迷惑を考えるなら、場所を移せ、という苦情が出てきそうなものだが、彼らも彼らでどちらが勝つかで賭け事をして楽しんでいるみたいなので、気にする必要はないのかもしれない。
「貴様、武器は?」
「余計な心配してんじゃねえよ。俺は武器に頼らなくちゃならねえほど、軟弱な鍛え方してねえんだよ。剣だろうと、飛び道具だろうと、魔法だろうと、遠慮せず使ってきな!」
実際は武器を買う金がないだけなんだけど。
「ふっ。ならば、そうさせてもらおう」
軽く鼻で笑い、それ以上何も聞いてこなかった。
俺を軽く見ている、という雰囲気じゃない。ただ、俺がどんな戦い方をしようと、全力を尽くすだけだ、という意思表示をしているだけか。
ほどなくして、住民の避難が概ね完了する。
周囲にいるのは、俺とセルリウム。そして、サリューネの三人だけになった。
「サリューネ」
声をかけると同時に、もっていた銅貨を一枚、彼女に投げ渡した。
「え? えっと……」
「彼女がコイン投げ、それが地面に落ちた瞬間から勝負開始。それでいいか?」
「異論はない」
男二人で勝手に話を進める。
彼女を無視するように勝手に話を進めたことで、しばらく、俺とセルリウムのことを不満そうな顔で交互に見渡していたが、すぐに諦めたかのようにため息をついているサリューネ。
「じゃあ、行きますよ?」
律儀に確認を取った後、その細い手で持っていた銅貨を宙に放り投げた。
数秒後、銅貨が地面に叩きつけられたことによる金属音が鳴り響き、それと同時に拳を構えた。
「古より大地に宿りし地の神グランティウスよ――」
セルリウムの方は腰にある剣は使わず、片手を俺に向けて突き出して呪文の詠唱を始めていた。
地の神?
その単語に反応した俺は、とっさに地面からの攻撃を警戒し、足に力を込めて飛び上がっていた。
「いけない! ツバキさん!」
サリューネの叫び声。
その意味を理解するほどの時間などなく、詠唱を終えたセルリウムの魔法が発動する。
「――我に力を」
セルリウムの手から無数の雷でできた槍が現れ、こちらに向かって飛来してきた。
「ちっ――」
その瞬間、自分が致命的な過ちを侵したことに気付いた。
予想していたものとはまるで違う現象。対処しようにも、空中に浮いてしまっているため、回避行動を取ることができない。
何もすることができないまま雷の槍に体を貫ぬかれた。
「ぐあああああああ!!!」
一瞬遅れて、体を内側から刃物で突き刺されるような痛みが全身を駆け抜ける。
視界がホワイトアウトし、体から意思とは無関係に力が抜けていく。
そのまま不恰好に膝から地面に墜落した。
「数ある攻撃魔法の中でも、防ぐことが最も困難とされる雷撃の魔法。魔物を相手にするには火力不足だが、人間相手ならこれで十分だ」
地面に片膝を突き、その状態から一歩も動けそうになかった。
「……勝負あったな」
離れた場所から、そんな声が聞こえてくる。
不覚を取ったのは確かだが、俺の状態の確認もせずに勝ち誇った声をあげているセルリウムに、すこしばかり、かちんと来た。
「それ、どういう意味だよ……。もしかして、棄権するから勝負は俺の勝ちってことでいいのか?」
動けそうにはなかったが、挑発するくらいの余力は残っている。
「なにっ!?」
「いっつぅ……」
軽口を叩いて相手を驚かせてみたものの、本気で数秒は体を動かすことができなかった。
「馬鹿な! どんな屈強な戦士でも触れれば丸一日は意識を失うほどの雷撃だぞ!?」
「だからこんなにいてぇのかよ。以前の俺なら気絶してたぞ」
改造して出力をいじったスタンガン並みの衝撃だ。
予想していなかったこともあって、意識が一瞬飛びかけていた。もし、すぐさま距離を詰められ、接近戦に持ち込まれていたら対応できたかどうか分からないほどだ。だが――
「悪いけどな、その程度の魔法じゃ、今の俺を気絶させるには、ちょっとばかり電力不足なんだよ」
いくら改造して出力をあげたところで、スタンガン程度で気絶までしてやるほど、今の俺の体はやわなものじゃない。
話している間に、戦闘ができるくらいには回復していた。
立ち上がり、セルリウムに向けて軽く笑いかける。
「で? なんであんたは、決闘の最中にそんな無防備な姿を晒してんだ?」
呆気に取られた顔をしていたセルリウムだが、その言葉で我に返った。
それが戦闘再開の合図となる。
今度は悠長に相手の出方を待ってやるほど余裕なんて見せず、一気に距離を詰める。
俺がセルリウムに向かい走り出すと同時に、セルリウムの方も呪文の詠唱に入った。
「い、古より大地に宿りし地の神グランティウスよ――」
動揺しながらも、再度呪文の詠唱を始めるセルリウム。
――ちょっと遠いか。
僅かに詠唱に入るのが遅れたものの、それでも距離を詰めるより、相手の魔法が発動する方が終わる方が早い。どうやら、余計な挑発をした所為で、もう一度、あの魔法を発動させることになってしまったみたいだ。
反省するのは後回しにして、仕方なく覚悟を決めた。
先ほどと同様に、地面を強く蹴る。今度は上にではなく、前に向かってだ。
「一度見た技は二度喰らわない、なんて漫画の主人公みたいなことを言うつもりはねえよ。けどな……」
「――我に力を!」
詠唱を終えると同時に、雷撃が俺に向かい放たれた。
避けることはおろか、視認することも難しい速度で飛来する雷の槍。それも五本も同時にだ。空中にいなかったところで、避けることはまず不可能だった。
右腕で目を覆い隠し、奥歯を強く噛み締めながら、接近してくる雷撃に向かって正面から突っ込んだ。
先ほどと全く同じ、体の内側から刺されるような痛みが全身を駆け抜ける。だが、今度は先ほどのように地面に平伏すような無防備な体勢にはならない。
「……一度覚えた痛みはなぁ、来ると分かってさえいれば二度目以降は耐えることくらいならできんだよ!」
来ることを予想してさえいれば、余裕を残しておくくらいのことはできる。ましてや、それが一度は耐えられた痛みとならば、覚悟をしておけば、その後に反撃するくらいの余力を残しておくことは可能だ。
「そんな……馬鹿な」
ダメージは変らないが、覚悟していたぶん、その後の行動を取るのも早かった。
セルリウムのいる場所は、もう手の届くほどの至近距離。呑気に呪文の詠唱ができるほどの時間などなく、それを待ってやるほどの余裕も俺には残ってない。
「くっ――」
動揺しながらも、とっさに剣に手を伸ばしている。が――今更、遅い。
「おらあっ!」
その手が剣の柄に届くよりも早く、そのわき腹に拳を突き刺していた。
「がっ!? はっ――」
腹部に強烈な打撃を受け、白目を剥き、意識を失ってその場に倒れ込むセルリウム。
今度こそ正真正銘、勝負ありだ。
と、そこまで確認したところで、俺の方も限界だった。
足に力が入らず、そのまま地面に大の字に倒れこんだ。
「きっつ~……」
いくら耐えられると言っても、流石に二連続で直撃するのは無茶だったかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
「俺の方より、そっちを先に見てやってくれ。生きてるのか?」
手をひらひらとふりながら、大丈夫なことを見せ付け、そのまま地面に倒れているセルリウムを指差す。
とっさのことで余裕なんてなかったので、手加減できず、ちょっとばかり本気で拳を叩きこんでしまった。一応、大事には至らないようにボディを打ったものの、下手すると死んでいるかもしれない。
すぐさまそちらに向かい、セルリウムの呼吸と脈拍の確認を行っているサリューネ。中々手馴れた動きだ。そういえば、一応医者なんだったっけ。
「大丈夫。ちゃんと息はしています」
「それは良かった」
生きていることを確認して、ほっと一息ついた。
流石に、殺す気がなかった相手を殺してしまった、なんて事態になってしまっては後味が悪すぎる。
「ツバキさんの方は無事なんですか?」
「全然無事じゃねえ。痺れて体に力が入らねえ……」
ふざけているわけでも、誤魔化しているわけでもなく、本気で言葉通りの有様だった。
正直、しばらくはまともに立てそうもない。
「力が入らないって……あの方はあばらが完全に折れているんですけど」
「だからだよ。本調子だったら、体をぶち抜いてたんだけどな」
「……」
一瞬、化物を見るような目で見られた気がしたが、その程度の視線、この世界に来る前から散々向けられてきたので、今さら気にならない。
気にせず笑顔を見せていると、すぐにはっとしたように我に返り、俺の怪我の治療にあたってくれる。
「ごめんなさい。私があなたを巻き込まなければ、怪我なんてしないで済んだのに……」
怪我と言っても、最初に雷撃を喰らった際、飛び上がっていたため地面に膝から落ちたことによる軽い打撲程度の怪我なんだけど。
「気にするなって。別にたいした怪我じゃないんだし」
「でも……」
「それに、私の所為、とか他人行儀なこと、今更言うなよ。俺達、愛し合っているんだろ?」
「――っ!?」
指摘すると、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げるサリューネ。
今更ながら、大勢の前で自分が宣言したことを思いだしたのだろう。加えて、今現在も自分が大勢の人間の注目を浴びているということも。
周囲を見ると、決闘が無事終わったことで、遠巻きに見ていた野次馬たちが一斉に俺達の傍に寄ってきていた。
「兄ちゃん、すげぇな! 雷撃の魔法を耐えた人間なんて、初めてみたぞ!」
言いながら俺の肩を豪快に叩いてきたのは、先ほど状況の説明をしてくれた気の良いおっちゃんだった。
「愛の力だ」
口元に軽く笑みを浮かべながら、きっぱりと宣言した。
「あ……ぅ……」
「なるほどな。そいつは強いわけだ」
そのままサリューネに向かって、良い男を見つけたな、なんて言いながら豪快に笑っているおっちゃん。どうやら、一時向けていた俺への敵意も、すっかり消し去ってくれたようだ。
負けた方にペナルティはあったものの、勝った方には何も得のない今回の決闘。
俺は、彼女が真っ赤な顔をして慌てふためく様子を堪能することで、この決闘の褒美とすることにした。