23話 懸賞金の使い道
「待たせたな」
「わんっ! わんっ!」
「……」
キマイラが完全に動かなくなったことを確認してから戻った俺に対して、すかさずじゃれついてくる小動物。そして、そんな小動物とは対照的に、俺の顔を見たまま無反応で固まっている美女。
「どした?」
フェンリルは軽く無視して、美女の方と向かい合った。
焦点が合っていないようだったので、目の前で手をひらひらさせてみる。
「え、あ、いえ。すごい、と思って……」
どうやら彼女からしたら、今の戦いは放心してしまうほど凄まじいものだったらしい。まあ戦い、と言っても俺が一方的に殴って蹴り飛ばしただけだけど。
実は彼女が見ていた手前、わざと派手な戦い方をしてみたのだが、中々効果はあったようだ。
「まあ、このくらいなら、な」
本当は結構本気を出していたのだが、余裕があるところを見せておく。
「そんなことより、荷物が無事なのか確かめなくていいのか?」
「あ! すみません。ちょっと探してきます!」
指摘してやると、すぐに正気に戻り、慌てて周囲を探索しに行った。その後ろ姿を見ながら、俺は心の中でほくそ笑んでいた。
わざと派手にキマイラを倒して見せたのは、別に良い格好しようと思ったわけじゃない。ただ、強いインパクトを残して、さっきの質問を忘れさせたかったのだ。
……作戦成功かな。
念入りに周囲を探索している彼女の姿を見て、そう確信していた。
少なくとも今の彼女の頭の中には、自分を救った白くて大きな物体とか、なぜ目を覚ました時に俺の目の前にいたのか、といった質問は完全に消え去っていることだろう。
「さて、と」
とりあえず、彼女のことは今は置いておき、フェンリルに視線を向ける。
「あれでいくらだったか?」
地面に倒れているキマイラを指差しながら訊ねる。
「わふっ!」
待っていたと言わんばかりにフェンリルが手配書を咥えながら差し出してくる。そこには、二匹纏めて倒した場合の懸賞金は、金貨二百枚と書かれていた。
「こんなもんで金貨二百枚かよ! ぼろすぎるだろ」
俺の欲求もかなり満たせた上に、それほど苦労をせず大金まで手に入る。このまま魔獣狩りという行為にのめり込んでしまいそうだ。
今までの失敗を忘れ、次はどんな魔獣を狩るかに想いを馳せてしまう。
「わん! わん!」
「ん? ああ。心配すんなって。ちゃんとお前にもいい思いはさせてやるから」
興奮して喚きたてるフェンリルのおかげで、正気に戻る。
とりあえず、今は先のことよりも、今日をどうするかの方が重要だった。
「久しぶりに宿に泊まって豪華な飯でも食うとするか!」
「わん!」
元気良くフェンリルが応じる。今まで野宿でも全く文句を言わなかったフェンリルだが、やっぱり飯は美味い方が良いらしい。
城を出てからは一日たりとも最近は味わうことができなくなっていた、ふかふかなベッドと豪華な食事が頭の中に浮かんでくる。
「うあああ!?」
そんな俺達の盛り上がりに水を差すような悲痛な叫び声が辺りにこだました。
「あ?」
「わん?」
見ると、彼女は俺が倒した大きいほうのキマイラの前でへたり込んでいた。
「どした?」
近づいて事情を聞いてみる。
「これ、私の荷物なんです……」
キマイラを指差しながら、そんなことをつぶやく彼女。
これが荷物……。
一瞬、この化け物を背負いながら旅をしている逞しい姿の彼女を想像してしまう。だが、すぐにそれは間違いだと気付いた。
よく見てみると、キマイラの巨体の近くに、袋の切れ端のようなものが見えた。……さらによく見ると、袋の大部分はキマイラの巨体の下敷きになっていることが分かってしまった。これが彼女の大事な荷物らしい。
「……」
とっさにかける言葉が見つからなかった。
一応、キマイラをどかして、中を確認してみたのだが、ビンに入っていた液体は当然の如くぶちまけられ、薬草の類もキマイラの血の所為で全て使い物にならない状態だった。
中身が全滅していることを確認すると、今まで以上に落胆する彼女。
「……」
「……」
落とした際に中身が多少傷ついていたとしても、俺がキマイラをこの場所に蹴り飛ばす前までは、ここまで酷いありさまではなかっただろう。
「ごめんなさい……」
「く~ん……」
素直に頭を下げる。
「いえ……。あなたはただ魔獣を倒そうとしただけですから……」
その言葉は、下手に責められるよりも、余計に心にぐさりと来た。
この場所にキマイラが吹っ飛んだのは、ちょっとした小細工をするために無駄な大技を見せた所為なのだ。
荷物の中身が彼女にとってどれだけ大事なものだったのかは、その悲しげなオーラを全身からとめどなく流れ出ていることから、痛いほど伝わってくる。だというのに、彼女は俺のことを一切責めず、気にしないでくれと健気に口にしているのだ。……気にせずにいられるわけがなかった。
「あ~……。まあ、俺の所為にもなるわけだし。こいつを倒したおかげで賞金も手に入るんだ。金でどうにかなるものなら、弁償させてもらえないか?」
どうせ多すぎると思っていたのだ。それでこの罪悪感が消えるなら、安いものだった。
「けど――」
「俺の腕は見ただろ? こう見えても、結構裕福なんだよ」
遮るように言葉を重ねながら、余裕を見せ付ける。
「まあ、といっても、生活もあるからな。今回の懸賞金の半分……大体金貨二百枚くらいが俺の出せる限界だけど」
彼女が条件を呑み易いように、少し嘘をつく。これも彼女を騙そうとしたことへの贖罪のつもりだった。
その後、まだ渋っていた彼女を半ば強引に説き伏せ、俺が持ち物の弁償金を出すという条件を呑ませることに成功した。
物が薬品の類だと思ったので、そこまで高くはないだろう、とたかを括って強気な交渉をしたのだが……。彼女の持っていた荷物は、薬やら薬草やら一つ一つにわざわざ個別のエンチャントがしてある、かなりの高級品だったらしく、揃えようとするには大金を必要とするらしい。
その見積金額……およそ金貨二百枚。
こうして、俺が手にした初の懸賞金は、その全てが一瞬にして消えることとなった。