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CRY I  作者: やひろ
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20話 この世界について

 この世界にある国について、ここらで少し注釈を入れておこう。あくまで俺が仕入れた情報、という話であり、それが正確であるかどうかはおいおい確認していくものとして欲しい。

 この世界には海というものが存在していない。正確には、今のところ海という存在は確認されていない、ということだが、大して違いはないので存在していないものとする。

 海の代わりに人の生活領域を区切っているのは、辺りを凶悪な魔獣の巣食う深い森や険しい山脈だ。

 辺りが陸続きということは、その気になればまだまだ土地を開拓できるということになるわけだが、それができるほどの経済的余裕は今のところどの国にもなく、また、それをやる必要性もメリットも少ない。というわけで、未知の領域の開拓は何百年か後の話だろう。

 その周囲を閉ざされた箱庭の中……といっても、聞いた話だとアフリカ大陸ほどの大きさがあるらしいけど……その中で人間や亜人、魔族や魔獣は仲良く手を取り合ったり、差別し合ったり、殺し合ったりしながら日々を平和に過ごしているわけだ。

 今現在、大陸に確認されている国家の数は十。

 その全てを説明できるほどの知識はまだ持ち合わせていないし、あったとしても説明するのは面倒なので、特殊な国だけを挙げていこうと思う。

 まず、何といっても一番に挙がるのが、大陸の最北端にある国ヘルクラウ。ここはなんと、魔族が支配し、統治する国なのだそうだ。

 以前、エリスからちょっとばかし説明をされたことなのだが、魔族というのはその昔、天剣を持つ勇者様に駆逐されている。その駆逐されたはずの魔族が、なぜ今ものうのうと国なんてものを作っていられるのか。それは、勇者様の行動は大陸全土に渡って存在していた魔族をただ北に追いやっただけで、別に殲滅したわけではなかったからだ。

 本当は殲滅するつもりだったらしいのだが、北のヘルクラウにまで攻め込んだ際、それまで知られていなかった、魔王なんていう存在が現れ、攻め込んでくる勇者様ご一行を返り討ちにしてしまったらしい。天剣を手にした勇者様は、はるか北方へと魔族を追いやった代わりに、魔王というとんでもない化け物を起こしてしまったわけだ。

 ヘルクラウには、その当時の魔王様が今もご健在らしく、そこから今も睨みを利かせているらしい。もっとも、その魔王様は人間への復讐とかは全く考えていないらしく、自分から人間にちょっかいを出そうとしてくるわけでもなく、ただその場にいるだけで、敵対さえしなければほとんど無害らしいんだけど。

 魔族の領地はヘルクラウを中心として前大陸の約三分の一にも及ぶ。土地だけ見れば間違いなく、最大の国だ。もっとも、その領地の大半はただ、人間の手の入っていない土地、というだけのことで、別に魔族が統治している土地というわけではないらしいけど。

 ヘルクラウの次に有名な国と言えば、南にある亜人の国、ジェイラスだ。

 人口の九割が亜人であり、この世界にある国の中で国王が人間じゃないのはヘルクラウとこのジェイラスだけだという話だ。

 亜人達は魔族の王ほど穏やかな性格はしていないらしく、人間の国の多くが亜人を奴隷として扱っているように、ジェイラスでは人間の方を奴隷として扱っている。

 人間からすれば目障りこの上ない話なのだが、亜人は基本性能の段階で人間より優れているため、どの国もうかつに手を出せないでいるらしい。

 ヘルクラウの王が北の魔王と呼ばれているのに対し、ジェイラスの王は南の獣王なんて呼ばれていたりする。まあ、こっちの方は魔王と違ってちゃんと何年おきかにちゃんと代替わりはしているみたいだけど。

 この国が南にあるのは、一説によると人間に迫害された亜人が魔族と結託するのを恐れて、ヘルクラウから一番離れた場所に追いやった、という話もある。実際のところはどうなのか今となっては誰も分からないけど。まあ、あながち間違いでもないんじゃないか、と俺は思っている。人間って自分達以外の種族にはとことん臆病になるし。

 で、最後に、その他残りの八つの国。

 余り物のような説明になってしまったが、なんだかんだ言っても、ここが一番数が多く、戦力も大きい。中央にある人間の支配する領域だ。

 全戦力を結集すれば全ての土地を支配下におくことも可能なほどの力があるが、魔族や亜人と違い、国が八つに別れていることから分かるように、よほどのことがない限り結集することがない。

 人間という種族は、一番力はあるが、一番纏まりがない連中だということだ。

 八つの国を全部説明するのは先にも言った通り面倒なので、とりあえず俺の現在地である大陸の東の方にある国だけの説明をしておこう。

 今、俺の進行方向にあるのは、ジェパルドという名の、国ではなく少し異質な商業都市だ。

 この都市はどこの国の領地でもなく、独立した経済都市として周辺国の貿易の要としてその存在を誇示している。正確にはこの都市の周辺には五つの国があり、それらの国が共用して所有している都市、ということになっているらしい。

 周辺にある国の場所と名前はそれぞれ、北東のパウラ、北西のディエゴ、南西のディーン、南東のポムセーノ、そして東のヴァドル。これらの国がジェパルドを中心にして、その円周上に等間隔で存在している、という配置だ。

 この五つの国の特徴は、別に同盟しているわけでもないのに、その国の生産品や特産品などを共有しているということだ。

 それらを可能にしているのが、中央にあるジェパルドのおかげだったりするのだ。

 特産物などは全て中心にあるジェパルドを通して行うことで、国同士の直接のいざこざなんかを無視して物資の流通だけはできる。

 言ってしまえば、この都市は周辺五国の経済の要だ。ここを自国の領土にしてしまえば、莫大な利益を得ることにも繋がるのだが、ここを攻撃することは他の四つの国を敵に回すということになる。そのため、どの国もうかつに手出しができない。

 こうしてジェパルドと周辺五国は絶妙なバランスの上にその存在しているというわけだ。

 まあ、この世界にある国々のことを簡単に説明すると大体こんな感じだ。

「以上。解説終了。どっか間違ってるところはあったか?」

「わん!」

 問いに対して、一応答えは返ってきたものの、それが肯定なのか否定なのかは人間である俺には判別がつかなかった。まあ、判別できたところでそれを信じるか信じないかは別だけど。……こいつ、馬鹿だしな。



 この世界に最も多く生息する種族は人間や亜人や魔族ではなく、魔物や魔獣といった知能を持たない凶暴な生物……らしい。

 こいつらは本当にどこにでもいて、人間や亜人の姿を見ると問答無用で襲ってくる……らしい。

 国の領地と言っても、安心して生活できるのは王都とその最も近辺にある村や街くらいで、一歩そこから出れば、一般人は常に魔物の脅威に怯えながらの生活を強いられている……らしい。

「……」

 俺の現在地は、ヴァドルからジェパルドに向かう街道から少し外れた場所。魔物がたむろする危険な高原を歩いていた。いや。正確には、その危険な『はず』の高原で歩くことはおろか、立ってすらいなかった。太陽を見上げながらゆったりと寝そべっているのだ。

 それは別に疲れたから、とか、傷を負って休んでいる、といった理由があるからではない。

「……おい」

 意図せず不機嫌そうな声が口から出てきた。

「どういうことだ?」

「わんっ! わんっ!」

 俺の問いかけを無視し、呑気に蝶を追いかけているフェンリル。

「……」

「きゃいん!?」

 そんな馬鹿犬の尻尾を無造作に掴んで持ち上げた。

「ご主人様の問いかけを無視してんじゃねえよ」

「わん?」

「なんで何にも出てこねえんだよ!」

 すっとぼけているフェンリルに対して、思わず怒鳴り声をあげていた。

 城を抜け出してから数日が経過している。とりあえず、西にあるジェパルドを目指して歩いていたのだが、その際、手持ちの金が無かった俺は、近隣にあった村や街のギルドで仕事を請けることで生活費を稼ごうとしていた。

 あまり一つの場所に長居する気がなかったため、めんどくさそうな依頼は避けて、指名手配されている凶悪な魔獣でも倒そうと考えていたのだが……抜け出したその日に盗賊に襲われて以来、凶悪な手配魔獣はおろか、一般の魔物さえその姿を見せない。

 気配がする時はあるにはあるのだが、こちらが近づこうとする前に、一目散に逃げているようなのだ。

 ……この世界、プログラムにバグがあってエンカウント率がおかしくなってんじゃねえのか?

 今ではそんなおかしな思考まで自然と出てきてしまう始末だ。

 おかげで、金は全く手に入らないわ、ギルドのおっさんからは魔獣から逃げているチキンだと思われるわ、宿に止まる金もないもんだから野宿する羽目になるわで、散々な目に遭っているのだ。

 装備品はいつまで経っても素手のままだし。……昔、某大作RPGの八作目をやっていた時、装備品を買う金がもったいないという理由で、ひたすら素手のスキルを上げていた時のことを思い出してしまう。

 持ち物と言えば、替えの服や生活用品とナイフ一本。そしてギルドに登録した証であるライセンスカード。そして指名手配されている魔獣の手配書。

 これらの荷物はヴァドルの城下町を出たときからほとんど変わっていなかった。せっかく中身が軽くなる袋を買ったというのに、ほとんど役に立っていなかった。

 今も手配魔獣が出没すると言われている場所で、わざと隙だらけの体勢を取っていたというのに、何も近寄ってこない。

「きゅ~ん……」

 何か特別な力が俺の周りに働いているのだとしてもフェンリルなら気付いているんじゃないかと思って、一応聞いてみたのだが、どうやら分からないらしい。

 言葉が理解できると言っても所詮は獣。問い詰めたところで無駄か。

 軽くため息をつく。

「もういいから。お前はとりあえず、食えるもんでも取って来い」

「わん!」

 元気に返事をした直後、巨大化して猛スピードで高原を駆け抜けて行く。

 頭が悪いところはいただけないが、素直なところは好感が持てる。プラスマイナスでゼロといったところか。

「はぁ……」

 もう一度ため息をつき、辺りを見渡す。

 半径数キロ以内には俺の他に生物の存在を感じない。

「今回も諦めるしかないか……」

 手配魔獣の討伐を諦めることにも慣れてきてしまった。

 仕方なく、フェンリルが戻ってくる前に食事の準備をしておくことにすることにした。

 近場にあったそれなりに大きい木に近づく。

「よっと」

 軽く飛び上がり、太めの枝を素手で切り落とす。それをナイフを使って形を整えて簡易式の食器を作る。

 始めは武器として買ったつもりの短剣だったのだが、今では完全に雑用兼、料理用のナイフへとその用途が変わってしまっていた。

 同じ要領で枝をいくつか落として薪を蓄え、火をつける準備をしておく。

 それらの作業が済んだ後、軽く辺りを探り、食べられる物がないか探してみた。

 しばらく野宿ばかりしていたおかげで、食うことのできる物や、ちょっとした医療にも使える薬草など、この世界の植物が大分見分けることができるようになっていた。……サバイバルのスキルだけは、無駄に向上していく。

 ヒモから冒険者にランクアップしたと思ったのに、実はホームレスにランクダウンしていたらしい。……一応、毎日水場で体と服は洗っているので不潔じゃないはずけど。

 ともかく、このままではまずい。意外と普通に生活できてしまっているところが特にまずい。

 この生活に完全に慣れてしまう前に、なんとかして状況を打開する方法を考えなくては。

 多少ワイルドな男が好みという女性もいるが、完全な野人が好きだなんて女性は存在しないだろう。いたとしても、俺の方はそんな男を好きになる女はお断りだった。

「いっそのこと、フェンリルに人を襲わせて、賞金がついたところで狩るか?」

 そんな危険な思考が自然と口から出てしまうくらい切羽詰っていた。

「っと」

 それを実際に頭の中でシミュレートし始めそうになったところで、本人(犬)の姿が見えたため、それを中断する。

 この近辺には他に大型の生物はいない上に、あいつの体は大きく、全身が真っ白のため遠目で見ても一発でそれと分かる。

 獲物を口に咥え、こちらに向かって走ってくるフェンリル。

「お。今日は中々大物だな」

 まだ何を取ってきたのかは見えなかったが、フェンリルの体と比較して考えるに、中々の大物であることは分かる。

 鹿でも取ってきたのか? 

 なんて軽く考えていたのだが――

「って、おい。あれはまさか……」

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