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CRY I  作者: やひろ
18/42

18話 前国王

「よう。レメディ」

 詠二の時と同様に、窓から侵入して声をかける。

「あら。ツバキ」

 詠二とは違い、突然窓から現れた俺に冷静に対処してみせる彼女。まあ、詠二の時とは違って、窓をぶち破って侵入する、なんてことはしてないけど。

「どうしたの? こんな時間に。もしかして夜這い?」

 もう寝るところだったらしく、下着しか身につけていない状態だというのに、笑顔でそんな挑発的な台詞を口にしている。

 起伏があまりなく、未成熟とも言える体つきなのだが、黒の下着だけを身に着けたその姿は、なんとも言えぬ背徳感漂っており、一瞬、彼女の口にした言葉をそのまま実行に移したくなる衝動に駆られる。が、理性を振り絞って耐えた。

「違うって。残念ながら、今日はちょっとそんな気分じゃない」

 表面上は冷静を保ち、何とかそう受け答えをする。

「これからちょっと出掛ける用事があってな。ついでに、しばらく会えなくなりそうだから挨拶に来たわけだ」

「しばらく会えない? ……あ。もしかして、城を出ていくの?」

「ま、そゆこと」

 相変わらず察しが良い。

「ふ~ん……。散々女の子を泣かせておいて、その子達には一言も言わずに出て行っちゃうんだ~。へ~」  

「……人聞きの悪いこと言わないでくれ」

 俺はこの世界に来てから、男女問わず、誰一人として泣かせた覚えなんかいない。というか、ここの使用人達はレメディに似て、みんなどこか余裕のある大人の女性ばかりで、どちらかといえば俺が泣かされる側だったりするのだ。

「別に俺がいなくなったところで問題ないだろ。エージの奴はちゃんと残して行くんだし」

 使用人の女性陣とはそれなりに仲良くなりはしたが、彼女達の中の詠二の人気は強く、俺が隣にいるときでさえ、詠二の姿を見つけると、俺の存在を忘れてきゃーきゃー騒ぐような連中なのだ。

 所詮、俺は遊び相手であり、それ以上でも以下でもないということだ。

「恋人にするなら俺とエージのどっちを選ぶって聞いたら、みんな迷わずエージを選ぶだろ?」

「そんなことないわよ。みんな言ってたのよ? エイジ様はあくまで観賞用。一緒にいるならツバキの方が面白いって」

「んなこと言ってんのかよ。ってか、面白いってなんだよ」

 そのあまりにも生々しい言葉に思わず噴き出してしまう。

 彼女達は使用人であり、詠二は彼女達の雇い主の中で最も偉い立場である国王だ。その国王を雑談とはいえ、観賞用だと言ってのけた。

 それも、それを楽しそうに仲間内で語りあっていたと言う。失礼、というより逞しさを感じる。

 これが男だったらこうはいかないだろう。

 やっぱり、女は男とは別の生き物だ。

「レメディはどうなんだ?」

「うん?」

「だから、俺がいなくなって何か思うところはないのかってこと」

「私? 私は男が勝手にいなくなったところで、動揺するほど神経が細くないわよ」

 きっぱりと断言している。別に悲しんで欲しいわけじゃないのだが、なんとなく複雑な気分。

「それとも、泣いて引き止めて欲しい?」

「ん~……。レメディにそれやられると、マジで留まりたくなりそうだからやめてくれ」

 詠二のことを馬鹿にしておいてなんだが、俺もレメディに本気でおねだりされたら、断れる自身なんてないのだ。なんだかんだ言っても、俺も男だということだ。

「ともかくだ。そういうわけなんで、エイジのこと頼むな」

「そんなの、頼まれるまでもないわよ。ツバキ、私の職業忘れてない?」

 まあ、メイドとしての彼女の能力に不満があるわけじゃないけど。

「俺がいないからって、あんまり苛めるなよ?」

「……」

「……」

「駄目?」

 首を傾けながら、上目遣いで小悪魔的な笑みを浮かべている。

 もし詠二の奴が、いじめられた後に、こんな反則的に可愛い顔を向けられでもしたら……まず間違いなく堕ちるだろう。

「あいつ、あんまり女に免疫ない上に、苛められて喜ぶようなところがあるからな。ちょっとした拍子にコロっといっちまうかもしれねえんだよ」

 天剣を召喚した時に口にした言葉がちょっとおかしかったため、ドSだと馬鹿にしたものの、実際のあいつは真性のMだ。それは、あいつが惚れている女を見れば嫌でも分かる。

「エリスに睨まれたくなかったら、控えた方がいいかもな」

「エリス様か。……じゃあ、止めとこっかな」

 あ~あ。玉の輿を狙うチャンスなのにな~、なんてことを軽く残念そうな声色で言っている。どこまで本気なのか、判断するのが難しいところだ。

「あ、そうそう。一つだけ、聞こうと思ってたことがあったんだ」

 全く関係のない話だったが、この国で生活するに至って、気になっていたことが一つあったことを思い出した。この機会を逃すと、しばらくはレメディに聞けそうになかったので、今のうちに聞いておくことにしよう。

「何かしら?」

「前国王って、どんな奴だった?」

 詠二が国王に推薦された時、俺は知り合いに前国王がどんな人物だったのかを軽く聞き込んでいた。だが、誰に聞いても、素晴らしい王だった。優しい王だった、などという抽象的な答えを返してくるばかりで、具体的にどのような人物だったのかを詳しく説明してくれる人はいなかったのだ。

 まあ、聞いたのは下っ端の使用人や兵士達ばかりだったので、詳しくは知らなくてもしょうがなかったのだけど。

 で、もうちょっと詳しい話を聞きたかった俺は、伝手を使ってもうちょい深く調べてみたところ、前国王について詳しい話を聞きたいのなら、レメディに聞け、と言われていたのだ。

 そこに辿り着くまでに時間を使い過ぎてしまったため、レメディに話を聞くより前に詠二が国王になってしまったので、そのまま聞かずじまいだったのだが、それを偶然今になって思い出したというわけだ。

「レメディの目から見ての感想を聞かせて欲しいんだけど――」

「嫌な男よ」

 いつも人懐っこい笑顔を振りまき、誰にでも隔たりのない態度を取っていたレメディが、はっきりとした口調で『嫌な男』と断言した。

「ええっと……」

 あまりにも意外な答えに俺はとっさに言葉を返すことができなかった。

「有能で、誰にでも優しくて、面倒見よくて、顔もよくて、誰からも好かれてて……頭はいいくせに、馬鹿みたいに理想を追いかけ続ける子供みたいな人だった」

 何と聞き返そうか迷っていると、レメディは詳しい説明を付け加える。 

「理想?」

「ヒューマンとデミヒューマンの差別を完全になくなった国を作るって理想よ」

「……」

「意味が分からないって顔してるわね」

 レメディの言葉通り、意味がよく理解できなかった。理想も何も、現状を見る限り既に実現しているじゃないか、と思える。

 城の中では人間も亜人も普通に会話をしている光景をよく見かけるし、それは先日街に出た時もそれは変わらなかった。

 今目の前にいるレメディも、メイド長という役職があり、使用人の中ではかなりの高い地位にあるのだ。そのことについて、周りから嫉妬や妬みといった目で見られているという話は聞いたことがない。

「まあ、こっちの世界に来てからこの国でしか生活してないツバキには分からないかもね」

 自嘲気味に笑いながら説明を続けるレメディ。

 彼女の話だと、ここまで両者の垣根が低いのは、あくまでヴァドル限定のことで、この環境の方が世界的にみたら異端なのだそうだ。

 他の国では差別をするのが当然であり、共存とはあくまでどちらかがどちらかを支配することを意味している。この国ですら、ある一定以上の役職には、亜人が存在していないという事実があるとのことだ。

「この国はね、元々そういった差別を嫌った人達が集まってできたの」

 国ができた当初は、共存という理想は持っていたものの、それまでの常識が邪魔をして、どこかお互い距離を取っていたらしい。そして、その距離はいつまで経っても中々縮めることができずにいた。

 その問題は、これまでの常識や当人達の気持ちの問題だけ、というわけではなかった。

 亜人を奴隷として扱っている国からすれば、両者が共存している国など目障りでしかないし、全く逆の立場からしてもそれは同じだ。心情的なものだけでなく、もし、人間と亜人を全く差別しない国の存在を認めてしまえば、自分達の資財である奴隷に、いざという時の逃げ込む先を与えることになる。そんな国の存在を隣国が認めるわけがなかった。

 もし、その理想を大々的に発表してしまえば、間違いなく周辺の国を敵に回すことになる。それが、今までの国王が、共存という理想を持ちながらも、それを公に実現することができずにいた理由だ。

 そして、国の上層部がそれを表立って口にできない以上、国民同士に距離ができてしまうのは仕方のないことだった。

 そんな状況を変えたのが前国王だった。

 前国王は、それまで隣国からのプレッシャーに怯え、何もできなかった王達とは違い、国民に自分の理想を訴え、そしてそれを、大々的に他国に公表した。

 もちろん、公表しただけでなく、他国と表立って敵対することがなくなるだけの手段も取っていたのだと思われる。それが具体的にどんな手段だったのかは分からないが、実際に王の存命中に他国が攻め込んで来ることがなかったことから、それは成功していたのだろう。

 今まで誰もが夢に見ていながらも、誰も実現することのできなかった理想。その理想への一歩を踏み出した賢王。未だに彼のことを聞けば、誰に聞いても良い国王だった、と答えるほどの人気があるのも当然の話だった。

「みんな、あいつのためならその身を犠牲にしてもいいって考えてた。けど、あいつはそんな想いに気付いていながらも、それを無視して、必要以上に周りを頼ろうとしなかった」

 いつの間にか、前王を指す言葉が『あいつ』に変わっていた。それが故意なのか、自分でも気付いていないのか、俺には判断がつかなかった。

「周りの人に嫌な想いをさせたくないって理由で、他国との取引とか、黒い部分なんかは全部一人で背負い込んで。……結局、みんなを残して勝手に一人で先に死んじゃった。本当に……嫌な男」

 ……そういう意味の、嫌な男、ね。

 そういえば、レメディがメイド長という立場なることができたのは前王が口ぞえしたからという話をどこかで聞いた。前国王について詳しい話を聞きたいのならレメディに聞け、と言われたこともあるし。

 確か、前国王には妃がいなかったんだったか。もしかしたらその辺も関係……。

 っと。邪推は止めておくか。

 余計な方向に行こうとしていた思考を止め、僅かに沈んだ表情をしていたレメディの頭に手を乗せていた。

「何?」

「いや。別に」

 適当に返事をして、そのまま頭を撫で続けた。

 知り合いから聞いた話で俺が感じていた前国王の印象は二通りあった。

 一つは国民の言葉通り、全てのことを自分一人で行ってしまえる優秀な王。そしてもう一つは冷酷で全てを    独断で行うが、それを周りに気づかせない恐ろしく狡猾で計算高い王だ。

 個人的には、後者の確率の方が高いんじゃないかと思っていたのだが……どうやら前者だったらしい。

「私からも聞いていい?」

「ん? ああ。なんでもどうぞ」

 たぶん、言いたくないであろうことを聞いてしまった後ろめたさがあり、今なら何を聞かれても答えてやる気分だった。

「ハギリって誰?」

 頭を撫でていた手が意思とは無関係にピタリと止まる。

「……その名前、どこで聞いた?」

 激しく動揺している内心を外には出さないように必死に押し隠しながら、なんとかそれだけは口にする。

「この前、あなたやエイジ様と一緒にギルドに行った時。あなたの口から」

 そんな俺をレメディは真顔でまっすぐに見つめていた。

「私達の一族はね、ヒューマンと比べて耳と鼻が結構良いのよ」

「……へぇ」

「だから、あなたが前日にどこの誰の部屋に泊まっていたのかなんて、匂いですぐに分かるのよ」

「……」

 そう言っていつも通りの笑顔を浮かべるレメディ。だが、いつも通りの笑顔を浮かべているというのに、今日に限ってはなぜかその背後に黒いオーラが滲んで見える。

「それで? ハギリって誰のこと? もしかして、ツバキの本命?」

 先ほどと一ミリたりとも変わらない笑顔なのだが、その質問をした瞬間、背後のオーラだけは物凄く大きく膨れ上がった。

 これは向こうの世界にいた時に経験した話だ。

 お互い遊びだと割り切った関係で、俺が他の女の子とどこで何をしていようと、一切口を出さなかった女性がいた。が、その女性は俺が真剣に他の女と付き合い始めたことを告白すると、それまでの無関心だった態度を一変させ、烈火の如く怒り出したのだ。

 その後、女性経験豊富な知人に原因を聞いてみたところ、女性には浮気をするのは構わないが、自分が浮気相手になるのは我慢できない、といった感情を持つ人間がたまにいるようなのだ。基本的に独占欲の強い男という種族では考えられない感情だ。

 ……どうやらレメディはそのタイプだったらしい。

「俺じゃなくて、エージの本命」

 重要なことなので多少強めに訂正しておく。

「ツバキとの関係は?」

「妹」

 のようなもの。と、頭の中だけで付け加えておく。

 確かあの時は好みうんぬんの話しかしていなかったはずなので、本当のことは言わなくても問題ないだろう。

「ふ~ん。……どんな人なの?」

 多少、懐疑的な目で見られたような気がしたが、結局何も突っ込まずに質問を続けてくる。細かいところは置いておいて、とりあえず聞ける情報を全て聞いてしまおう、といったところか。

「道端に倒れていた初対面の女に、そいつが美人だって理由でいきなり髪の毛を掴んで怒鳴りつけるような女」

 あいつを説明する際、どんな人間かを説明するよりも、どんな行動を取るのかを話した方がどういう奴か分かりやすいと思ったので、実際に最近起きた出来事を話してみることにした。

「……それ、どこまでが本当の話?」

 ま、普通、そういう反応するよな。

「100%本当の話。ちなみに、その時の美人ってのはエリスのことな」

「うそっ!?」

「ほんと。疑うなら本人に聞いてみるといいよ」

 一瞬、呆気にとられたようにポカンとしていたが、すぐにまた訝しげな顔をしている。だが、明らかにレメディの纏っていた黒いオーラは薄れていた。

「……エイジ様はそんな一緒にいても不幸になることが目に見えているようなとんでもない子のことが好きなの?」

 なかなかの言われようだが、事実その通りなので全くフォローできなかった。どうやら、レメディの興味は完全に葉霧に移ってくれたようだし、辺にフォローを入れない方が俺としても都合が良いか。

「好きっていうか、もう愛しちゃってるな。あいつ、本気でハギリとの結婚考えてやがるから」

 プレッシャーから開放された俺は、その後も葉霧についてや、詠二との馴れ初めといった話題で大いに盛り上がった。

 気付いた時には、もう出発しようと考えていた時刻まで来てしまっていた。

「そういえばさ。レメディは俺のことはどんな奴だと思っているんだ?」

 部屋を出る直前、軽い気持ちでそんな質問をしてみた。

「嫌な男よ」

 間髪を入れず、満面の笑顔でそんな答えを返してくるレメディに対して、俺はとっさに反応をすることができなかった。



 このヴァドルという国は、同じ大陸にある国の中で最も東に位置する国らしい。それに伴い、前に抜け出した時に向かった東側とは違い、西側の警備はそれなりに厳重で、さらに馬鹿でかい防壁が築かれていたりする。

 俺達はそんな防壁の前まで来ていた。

 高さにして、城の約二倍。これを素手で登るというのは現実的じゃなかった。まあ、できなくはないだろうけど、流石に危ないからやりたくない。

 門番を叩きのめしたあと、城門をぶち破るくらい、やろうと思えばできなくもないだろうけど……

「間違いなく俺がやったってことがバレちまうよな~」

 今、この国で俺が何か問題を起こした場合、その責任はまず間違いなく、詠二が問われるだろう。……まあ、それはいいんだけど。もしかすると、直前まで一緒にいたレメディにも迷惑がかかってしまうかもしれない。詠二はどうでもいいとしても、できることならレメディには迷惑は掛けたくない。

 となると、ここから出る方法を別に探さなくてはならなかった。

 ……。

「おい。犬っころ」

 ふと一つの方法が思い付き、傍に控えていた白い小動物に声をかける。俺が召喚した武器である以上当然のことかもしれないが、街を出るに至って、こいつも一緒に連れて行くことにしたのだ。

「わん?」

「お前、俺を乗せたまま、あの城壁を跳び越せるか?」

 目の前にある高い壁を指差しながら、軽く聞いてみる。

「わん!」

 元気よく返事をするフェンリル。その顔はどこか自信に満ち溢れているようにも見えた。だが……そんな小さいなりで自身を持たれても、全く信用なんてできなかった。

「ちょっと大きくなってくれ」

「?」

 首を傾げながらも、言われた通りの行動を取るフェンリル。

 開けたスペースに移動すると、瞬きするような僅かな時間で体長が十倍以上に膨れ上がらせた。

 全長は三メートルほどの巨大な体躯。体格だけでなく、顔つきも幼い子犬から猟犬のような威圧的なものに変わり、その真紅の瞳もどこか攻撃的な雰囲気を帯びている。近くで見るとかなり迫力のある姿だった。

「お前、俺を乗せたまま、あの城壁を跳び越せるか?」

 大きくなったフェンリルに向かって、再度同じ質問をしてみる。

「がう!」

 先ほどと同じ様に、自信に満ちた顔で返事をしているフェンリル。子犬の姿では頼りないことこの上なかったが、この姿ならば説得力があった。

 普段は愛玩用としてしか役に立っていないフェンリルだったが、こうして巨大化させれば乗り物としても使うことのできる意外と便利な動物だったりするのだ。さらに、巨大化している最中はその体格に見合った戦闘力もちゃんと持っている。子犬だと思ってうっかり近づくと、巨大化してばっくり。なんて真似もできてしまうのだ。

「今度からお前のことを美人局犬と呼ぼう」

 ぴったりなあだ名を考えてやった。

「グルルルル!」

 どうやらお気に召さないらしい。

 牙を剥き出しにし、唸り声をあげているその姿は、近くで見ると中々迫力満点だ。

 まあ、体が大きくなったことで増長したくなる気持ちは分からんでもないが、ペットの分際でご主人様を威嚇するのは少しばかりいただけないな。

「お? なんだ、てめえ。ちょっと図体がでかくなったからって、態度まででかくなったのか? ……誰に牙剥いてるのか、分かってんのか?」

「!?」

 正面から睨み付け、軽く凄んでやる。

「きゅ~ん……」

 自分の立場を思い出したかのように、大きな体を小さく丸まらせている。

「分かってんならよし。じゃあ行くか」

 あまり長居をして騒がれても面倒だし、からかうのはこの辺で止めて、とっとと出発することにしよう。

「がう! がう!」

 元気に返事をしながら、俺が背中に乗りやすいように地面に伏せているフェンリル。

 軽く気合を入れて、その背に飛び乗った。



 フェンリルとは召喚してから結構な日数を一緒に過ごしてきた。そのおかげで俺の言葉をほぼ完全に理解していることは分かっていた。普段は馬鹿にしていたが内心では、こいつは下手をすると人間並みに知能が高い、優秀な犬なんじゃないか、と思っていたわけだ。

 だが、どうやらそれは勘違いだったらしい。所詮、犬には犬の知能しか備わっていないということを、俺は身をもって思い知らされた。

 次の日、ヴァドル王国の西に向かう城壁の上方に、人が通れるほどの大穴が空いたという事件の噂が国中に広まったそうだ。

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