表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CRY I  作者: やひろ
17/42

17話 忠告

「よっ……と」

 時刻は夜八時頃。

 俺は初めてこの城に来た日同様、城の外壁に張り付いていた。

 別にまたしてもお忍びで外出している最中、というわけじゃない。というか、今回はその逆。城のとある場所に忍び込んでいる最中なのだ。

「にしても……ちょっと楽すぎだな」

 まだ登り始めたばかりだというのに、もう目的地まで一メートルほどの位置まで来てしまっていた。

 目的地まで一目につかず移動するという意味のほかにも、趣味と運動不足解消という意味も込めての行動だったのだが、そっちの方は完全に見込み違いだった。

 これも召喚の儀の影響……俺からすれば悪影響だった。

 今の俺の身体能力は小指一本で全体重を支えることも容易いほどに上がっている。それどころか、その状態から一、二メートルほど上に跳ぶことも可能だ。しかも、全然疲れないし。その気になれば、この状態のまま分厚い小説を読みきるくらいのこと、わけなくできてしまうだろう。

 これでは、ルートを選択する必要もなければ、筋肉を休ませる必要もない。全くトレーニングにならない上に、クライミングの面白さが激減していた。

「便利っちゃあ便利なんだけど。……やっぱし、面白くはねえよ」

 物事を楽しむためには、ある程度『できない』必要があるということを思い知ってしまった。

「全くできねえ奴からすれば、嫌味だと思われるかもしれねえけどなっ……と」

 贅沢な独り言をつぶやいていると、ほどなくして目的地である部屋の前まで到達した。

 窓から中を覗くと、真面目な顔をした詠二が机に向かっている姿が目に入って来た。部屋の中を見渡したところ、詠二以外の人影はない。

 ちょうど良いタイミングだ。

 それを確認した俺は、両手で窓のふちを掴みながら、大きく反動をつけ、その勢いを利用して窓ガラスをぶち破りながら室内に侵入した。

「かちこみじゃああああ! 往生せいやああああ!」

 派手な登場に合わせて、軽く悪ふざけしてみた。あくまで軽く、だ。

「うわああああああああああっ!?」 

 驚いた拍子に椅子から転げ落ちている詠二。その反動で机が上に乗っていた資料もろとも豪快に吹っ飛んでいる。

 脅かしといてなんだが、リアクションが大きすぎでこっちが引いてしまう。

 ……っと。

「何事ですか!?」

 国王が部屋の中でそんな大声をあげたとなれば、当然、部屋の前で待機していた兵士達は中に入ってくる。

 その気配に気付いた俺は、とっさに天井に張り付いてやり過ごしていた。

「う……え? ……あっ」

 突然のことで完全にテンパり、キョロキョロと周囲を見渡している詠二。その視線が上に上がったとき、ちょうど俺と目があった。

「……」

「……」

 ほんの一瞬、無言で見詰め合う。それだけで詠二が事情を理解するのには充分だった。

「ご、ごめんなさい! ちょっと寝ぼけちゃってて……」

 部屋に入ってきた兵士達に必死に頭を下げ始めた。

 俺のことを黙っててくれるのは良いのだが、いくらなんでも苦しい言い訳だった。

「どんな体勢をしていたら、窓が割れるほどの寝ぼけ方ができるというんですか!」

 ごもっともな突っ込み。

 その後、執務中に居眠りをしていたことや、寝相のことについて散々注意をされている詠二を、俺は笑顔で眺めていた。

「よっ……と。ようやく行ったか。ったく。お前も王なんだから、説教されそうになったら逆切れして黙らせるくらいのことはしろよな」

 兵士が部屋から出て行ったことを確認して、できるだけ物音をさせないように天井から飛び降りた。

「ツバキ! 君はいきなり、なんてとこから侵入してくるんだよ!」

「大きい声出すな。おっさん達が戻って来ちまうだろ」

 せっかく俺が、会社における部下に問題点を指摘されたときの上司が取る態度のうち、最も多く使われているものを教えてやったというのに、全く聞く耳持っていない。まあ、説教される原因になったのは間違いなく俺が茶目っ気を出した所為なので、この場は何も言い返さないでやるけど。

「そもそも、ここは城の最上階だよ。どうやって窓から――」

 そこまで言ったとこで言葉を止め、何かを思い出したかのような顔をした。

「……そういえば君は、ロッククライミングもやってたんだよね」

 あきらめたかのように手で顔を覆っている。

「止めてくれない? その無駄に多才なところを、こんなとこで披露するの」

「無駄とか言うなよ。こうやって役立ってるだろうが」

「……こんなことに使うくらいなら、役立てなくていいよ」

 大きくため息をつかれた。

 相手が目の前にいるというのに、失礼な奴だった。

「で? どうしたの? わざわざこんな時間に」

 礼儀というものをこの場で叩き込んでやろうと思ったが、その言葉でここに来た本当の目的を思い出した。

 仕方ない。礼儀を教えるのはまた今度にしよう。

「これ、ちょっと見とけ」

「何?」

「この城の見取り図と、警備体制の穴」

 持っていた紙切れを手渡しながら簡単に説明する。

 ここ数日、城の中や外を色々と歩き周った成果がそこには記されている。

 一応、この城の見取り図は他にあるのだが、これは俺達の世界で使われている製法を使用して、より正確に作った地図だ。さらにそこに、兵士の巡回する道や時間の間隔などが書いてある。特に詠二の寝室や、この執務室周辺。そして――

「……なんか、女性の部屋への侵入経路がやけに詳しく書かれてる気がするんだけど」

「気のせいだ」

 俺のよく出入りしていた場所なんかについては特に念入りに書き込んであったりする。

「あ、そう」

 おそらくここの兵士連中に見せたら、金を払ってでも欲しがるようなものだというのに、大した反応を見せない詠二。時々、こいつは女に興味がないんじゃないかと思ってしまうことがある。

「分かった。できる限り早く見直すようにするよ」

 ざっと目を通した後、少しだけ真面目な表情を作ってそう答え、地図を机の上に放り投げている。

「あ~。一応言っておくけど、エリスに任せるなよ。自分でやれよ」

「……どういうこと?」

 あからさまに怪訝な顔をしながら訊ねてくる。

 どうやら俺が何も言わなければ彼女に頼むつもりだったらしい。

「あの女のこと、あんまり信じ過ぎるなってこと」

「それってどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ」

 詠二に合わせて少しだけ真面目な表情を作る。

「俺、前にあの女に元の世界に戻る方法を聞いたよな? その時、あの女はこう言ったんだ。俺達が帰る方法なんて知らない、ってな」

 俺がこの城の中でエリスとだけは打ち解けようとしなかったのは、あの時、あいつがああ言ったことが関係していた。

「おかしくねえか? 知らねえわけがねえだろうが。俺達がこの世界に来たのは、あいつが俺達の世界にいたから。つまり、一度は俺達の世界に行ったってことだろうが」

「それは……たぶん、僕達が帰る方法は知らないって言ったんじゃないかな。実際、僕が聞いた時、そう答えてたし」

 まあ、横から見ていただけの詠二はそう思っただろうな。けど、俺は違う。

「俺はこう聞いたんだぞ? あっちの世界に行く方法はないのかって」

「あ」

 俺は帰る方法なんて聞いてない。

「向こうの世界は、俺達からすれば『帰る』もんだけど、こっちの世界の人間からすれば『行く』って表現するのが当然だろ? で、俺はわざわざ向こうの世界に『行く』方法はないのかって聞いたんだよ。実際に俺達の世界に行ったときのことを連想させやすいようにな」

 だが、あいつは間髪入れずに俺達に帰る方法はない、と答えた。まるで、その件に関して何か聞かれたらそう答えるように準備していたかのように、不自然なほど即答した。

 重要なことを秘密にしておいて、俺達はこの場に留まらせたい。そんな一方的な意思がひしひしと伝わってきたのだ。

 この国の情勢なんかを考えたら気持ちは分からないでもないが……俺としては面白いものじゃなかった。

「けど、そんなの、彼女が勘違いしただけかもしれないし……もしエリスが本当は僕達の帰る方法を知っていて、それを隠しているんだとしても、本人にちゃんと聞いてみればいいだけじゃないか」

 この世界に来た頃からずっと身近にいて、好意を持って世話をしてくれている彼女を疑いたくはない。詠二の顔にはそう書いてあった。

「まあ、そうだな」

 あまり詠二の疑念を煽りすぎても意味はないので、この辺で肯定しておく。

 俺も別にエリスが俺……には何かするかもしれないけど、詠二に対して何かしようと考えているとは思っていない。それをするメリットも今のところ見当たらないし。ただ、この世界に来たばかりで右も左も分からないような状態だった俺達に、隠し事をしたというその事実が気にくわなかっただけだ。本人の性格は中々面白いので俺も結構気に入ってるし。

「信用し過ぎるな、なんて言ってみたけどな、別にあいつが危険だなんてことは思ってない。ただ、何かあるたびに彼女だけを頼るのは止めておけってことだよ」

 深刻そうな顔をし始めていた詠二の緊張をほぐすため、軽くからかっておくことにする。

「まあ要するにだ。せっかく王になったんだから、エリス一人に拘ってないで、もっと色んな人に命令して、あんなことやこんなことをやってもらうようにした方が良いってことだ」

「ツバキが言うと、なんか変な意味に聞こえるんだけど……」

「そういう風に聞こえるのは、お前が思春期だからだ」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 赤い顔をして必死に否定している思春期真っただ中な少年の反応を見ていると、本当にこいつは高校生なのか、疑問に思ってしまう。……まあ、俺も俺で同級生達よりもちょっとばかり擦れたところがあるかもしれないけど。

「一応、身の周りの世話役の一人にレメディをくわえとけ。もしエリスが拒否しても……つうか、まず間違いなく拒否するだろうけど、先日買い物に行ったときに世話になったとか何とか言って、強引にねじ込め」

 エリスと深い関わりがなく、なおかつ一番信用できそうな人間を推薦しておく。レメディは、性格はちょっとあれだが仕事面で見ると結構優秀みたいなので、色々と都合は良いだろうと思っての人選だ。

「ん~……分かった」

 少しだけ考えるようにうなり声をあげた後、素直に頷いた。

 エリスのことを疑ってはいないが、俺の言うことなので聞いておく、といったところだろう。

「ま、俺の用件はそれだけだ。じゃあ、そゆことで」

 用件を済ませた俺は、これ以上騒いで外にいる兵士が来ても面倒だったので、早々にこの場から立ち去ることにした。

「ツバキ」

 来た道(窓)から外に向かって身を乗り出そうとしたところで、詠二が背後から声をかけてきた。

「ん?」

「君、元の世界に帰る気、ないんだね?」

 疑問ではなく、確認を取るような口調でそんな質問をしてくる詠二。

 その問いに対して、軽く口元だけ吊り上げてみせ、何も言わずに窓の外へと体を移動させた。



 一々、壁伝いに降りるようなことはせず、十メートル下の地面に向けて一気に跳躍する。着地時、わざと両足をずらすことで衝撃を拡散させ、周囲への音も最小限に止めた。

 足に痛みはほとんど感じない。着地の態勢を考えれば、今の倍の高さから飛び降りてもなんとかなりそうだった。

「慣れて、元の世界に戻った時にやらないように気をつけなきゃな」

 着地した時に服についた土ほこりを軽く叩いて落としながら、そのことを心のうちに留めておくことにした。

「さて、と」

 空を見上げると月が真上にまで来ていた。見張りの人間を除き、城に住む使用人のほとんどは寝ている時間だ。

 いつもならこの時間は、明日は休みの人間の元に行き、相手が男なら街に繰り出し、女なら……っといった行動を取るところなのだが、今日はそういったことをする気にはならなかった。

 俺がこの城に来てから、一ヶ月近くが経過している。

 こんな俺好みの理不尽な暴力に満ち溢れた世界にいながら、こんな平和ボケした城に一ヶ月近く留まっていたということだ。今までは色々と暇つぶしをしながら、なんとか衝動を押さえ込んでいたのだが、そろそろ我慢の限界だった。というわけで、遅くはなってしまったが、今日でこの城から出ることにしたのだ。

 元々、俺がこの城に留まっていたのは、詠二がいたからだ。詠二を一人でこの国に残しておくのが気になったから、仕方なくこの場所にいたのだ。だが、今の詠二は国王という地位に就いたことで、身の安全がある程度保障された上に、その動きが離れた場所にいても補足しやすくなった。

 何か重大な事件に巻き込まれても、助けに行くことまではできなくても、間接的に手助けするくらいのことはできるだろう。

 最後に一応、警備体制や人事なんかに口出しもしておいたし、元々実力はある奴なので、これ以上は心配するだけ無駄でしかない。

 俺の方も、この世界の生活に慣れてきていたし、ギルドに登録したことで金を稼ぐ方法も確保できている。

 幸い、この国の人間は詠二とは違い、俺のことをあまり重要視していないおかげで、抜け出してもあまり騒ぎにはならないだろう。まあ、実力を見せず、知識も提供せず、ただ毎日遊び回っていただけなので当たり前だけど。

 関係を持った女性が何人かいるが、みんな後腐れのない遊びと割り切っていたので、俺がいなくなっても本気で悲しむような子はいないだろうし。

「問題点はオールクリアってとこか」

 ふと見上げると、そんな女性達の中で一番仲良くなった子の部屋にまだ明かりがついていることに気付いた。

「……一応、彼女には知らせておくかな」

 自室に戻るまでに、彼女の部屋に向かうことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ