16話 ギルド
開いている店は一通り周った俺達は、最後に街外れにある一風変わった建物の前に辿り着いていた。
住宅ではなく確かに店のはずなのだが、客が極端に少なく、商品が陳列しているわけでもない。看板にはギルドと書かれている。
「ここは何をするとこなんだ?」
とりあえず、近くにいた詠二に聞いてみる。
「確か、危険な魔物や盗賊の討伐とか、街から街へ移動する旅人や商人の護衛、といった仕事を引き受けることができる施設、じゃなかったかな」
意外なことに、詠二はこの店のことを知っているようだった。説明後に、レメディに確認するような視線を送っているところがなんとも詠二らしいけど。
「リク○ートみたいなもんか。で、登録している人を暴力団の起こした揉め事を処理するのに派遣する、みたいな感じか」
向こうの世界にあったら何かと問題が起きそうな仕事だ。
「それ……凄い嫌だよ」
……確かに。
リストラされて職に困っていた四十台のおっさんが、ドスや拳銃で武装した人間を止めるために素手で突っ込んでいく様なんて、子供が見たらトラウマもんの光景か。少し見てみたい気もするけど。
俺はその場からすぐには移動せず、しばらく店を眺めていた。
「ツバキ、興味あるの?」
「ん? まあな。このままふらふらし続けてるのもどうかと思ってたからな。できれば何かしらの職に就きたいって思ってたとこなんだよ」
別に俺は今まで城の中で何もやっていなかった、というわけじゃない。
一応、世話になっている身分だということもあり、それなりに働いてはいた。と言っても、今まで俺がやっていたことと言えば、レメディや他の使用人達の私室に行き、仕事で疲れていた彼女達に代わって洗濯をしたり、飯を作るのを手伝ったり、という程度のもの。
恩を返すという意味だけじゃなく、彼女達と仲良くなってこの世界の情報収集をする、という意味があっての行動だったのだが、傍から見たらほとんどヒモだということに気付いてしまった。さっきは否定していたが、実際、レメディの言っていた大人な感じのお小遣い、というのも僅かに貰ってたりしたし。で、これはいかんと思い至ったわけだ。
「私は別に気にしないのに。男の人に身の周りの世話をしてもらうのって、意外とうれしいものよ?」
幼い、とすら取れる可愛らしい顔をしながらも、どこか妖艶さが漂う笑みを浮かべているレメディ。それを見ていると、意外とこのままの生活もありかな、なんて思わされてしまいそうになるのが彼女の怖いところだった。
「まあ、嫌ってわけじゃないんだけどな。一応、俺ってまだ若いだろ? 若いうちからそういうふしだら――じゃなくて、他人に頼りきった生活をするのは良くないだろ」
できるだけ感情を顔には出さないようにしながら適当に答え、レメディの反応を待たずに建物の中に足を進めた。
「ギルドに登録するには、それなりに実力、または名声があり、なおかつそれを保証してくれる紹介者が必要になるのですが、誰か紹介者になってくれそうな人に心当たりはありますか?」
窓口にいた受付嬢に、ここで仕事を請けるにはどうすればいいのかと聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
「ん~……」
紹介者と聞くと、何故か偉い人しかなれないというイメージがある。
腕を組みながら、ちょっと考えてみる。
ここ数日で俺が城の中で仲良くなった人間は、それなりの数に達する。彼らのうちの誰か一人に紹介者になってもらえれば話は早いのだが……実は、親しくなった人間の、そのほとんどが下っ端の兵士か使用人だったりする。人間性に問題はないけど、身分的に紹介者にするのは無理っぽい。それ以前に、あまり迷惑はかけたくなかった。
彼らは除外して考えて、だ。
この国で知り合った中で一番偉そうな奴と言ったら、まずエリスが挙がる。未だあいつがどんな職に就いているのかを把握していなかったが、なんか偉そうな立場にいることは分かっているし。それにあいつなら、迷惑かけたところで全然気にならないという利点もある。だが……あいつが俺のために紹介状なんて書いてくれるだろうか。
……たぶん無理だ。
考えるまでもなく、答えが出てしまった。眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をしながら拒否するエリスの姿がリアルに想像できてしまう。
なら、詠二を仲介して他の人間を頼った方が――
と、ここまで考えたところで、それらの作業が無駄だったことに気付いた。
そういや、いたわ。一日でこの国のてっぺんまで上り詰めた奴が。
「こいつが俺の紹介者になってくれるってよ」
「うわっ」
言いながら、手配書の一覧を眺めていた詠二の腕を引っ張り、受付嬢の前に持ってきた。
「誰ですか? 言っておきますけど、紹介者はそれなりに身分のある方しかなれませんよ」
一瞬、詠二の顔を見た後、手ごろなところで済まそうとしてんじゃねえ、といった感じの視線を叩きつけてくる。どうやら、ぱっと見では詠二が誰なのかを把握することができなかったようだ。
「え、えっと……僕は……」
「こんなんだけど、こいつ、一応この国の新しい王様」
詠二の代わりに、とっとと身分を明かしてやる。
「えっ!?」
「ほら。良く見て確認してみな」
証明するために、サングラスをむしり取り、後頭部を掴んで小さな小窓に強引に顔を突っ込ませた。
「いだだだだだ! ちょっ! ツバキ!」
苦痛を訴える声はとりあえず無視。
「う、あ、ええっと……」
至近距離から確認させてやっているというのに、戸惑いの声をあげている受付嬢。
「もしかして、国王は紹介者にしちゃ駄目なのか?」
「い、いえ。そんなことはないのですけど……」
別に国王を紹介者にするのは問題ないらしいのだが、どうにも歯切れが悪い。というか、なんかさっきより疑いの視線を向けられている気がする。
仕方なく詠二の顔を小窓から引き抜く。
「エージ。お前、疑われてんぞ。ここは疑いを晴らすために天剣見せるしかねえだろ。天剣」
詠二が国王になった理由は、顔が良かったからでも、性格が良かったからでも、漂流者だったからでもない。一番の理由は、天剣を持っていたことだ。
つまり、こいつが国王であることを証明するには、下手に口で状況を説明するよりもそれを見せてしまうのが一番手っ取り早いということだ。
「だ、駄目だよ! あれは、軽々しく人前に出すなって、エリスに散々言われてるんだから」
せっかく考えてやった案を、母親の言いつけを守る子供のような台詞で却下しやがった。
……この野郎。俺とエリスを天秤にかけて、エリスの方を取りやがったのか。いい度胸じゃねえか。こうなったら、意地でも天剣を使わせてやる。
「じゃあ、軽々しくなければいいんだな?」
「う、え?」
戸惑う詠二が正気に戻る前に、俺は迅速に行動を起こしていた。
「レメディ。フェンリル」
「ん? 何?」
「わん?」
「今からエージの金が尽きるまで、街で豪遊するぞ!」
小窓に頭を突っ込んでいる最中に、抜き取っておいた詠二の財布を掲げながら宣言した。
「了解!」
「わん!」
何の前置きのない、いきなりの提案だというのに、すかさず食いついてくる二人(二匹?)。ノリの良い連中で助かる。
「なんでそうなるんだよ!」
「いや。危機的状況を作ろうと思って」
「財布の中が危機的状況になったからって、天剣は出さないよ!」
俺の手元にあった財布を引ったくりながら、ヒステリックに叫んでいる詠二。中々強情な奴だった。
その後もレメディとフェンリルに責められても、一向に天剣を出そうとする気配を見せない。
まあ、この国にとって天剣の存在は、他国の武力に対抗するための非常に強力な兵器。大袈裟に言ってしまえば、核ミサイルみたいなものだ。いくら害意がなかったとしても、そう易々と国民の前に晒していいものじゃない。詠二の頑なな態度は、その辺りのことも考えているからだろう。
……仕方ない。もう一度、ワイルドカードを切ることにするか。
「おい。エージ。ちょっと耳貸せ」
「……何?」
警戒心を露わにしている詠二の首に腕をまわして引き寄せ、レメディ達に聞こえないように、小さな声で耳打ちする。
「もし出してくれたら、ハギリに関する極秘情報をお前にだけ教えてやろう」
「!?」
何を言われても天剣を出す気はない、という頑な態度を取っていた詠二が、その言葉であっさりとその姿勢を崩した。
「ご、極秘情報?」
「ああ。これは俺以外にまだ誰にも言ったことのない、とっておきの情報だ。ヒントをやるけどな。あいつが男の好みについて語ったときの話が関係している」
「なっ!?」
詠二の心が更にぐらついたのが、傍から見ていても簡単に分かった。
「う……あ……でも、天剣は……」
「いいのか? もし、この情報を俺が他の誰かにしゃべっちまったら、そいつとハギリが付き合うことになるかもしれねえぞ?」
この一言で、詠二のエリスと交わした約束はもろく崩れ去った。
たった一人の女の情報と引き換えに、あっさりと核ミサイルを披露する駄目国王。この国、もし葉霧が敵側にいたら、間違いなく滅びるな。
ちなみに、葉霧に関する情報というのは、単にあいつは年下が好き、というものだ。
別に極秘でもなんでもなく今更な情報だったが、誰にでもしゃべったことがないというのは嘘じゃないので責められる言われはない。こんなもの、葉霧の態度を注意深く監察していれば誰でも気付くことなので、誰にもしゃべったことなんてなくて当然だし。
「こ、こちらにご記入をお願いします……」
天剣の光を至近距離で見せ付けられた受付嬢は、それまでの態度を一変させ、震える手でゆっくりと契約書を差し出してくる。
それを受け取り、内容の確認もせずに詠二に突き出した。
「ほら」
ため息をつきながらも、しっかりと受け取り、ペンを持って記入し始める律儀な男。
「名前はどうするの?」
「名前? んなもん、今更聞くなよ。お前、もしかして俺の名前、忘れたのか?」
「違うよ! 君がギルドで働くための名前だよ。本名を使うわけにもいかないでしょ」
それを受付の人の前で聞くのもどうかと思うけど。実際、受付の人は、目の前で偽名で登録しようとしている王を前に、何とも言えない微妙な顔をしてるし。
「別にいいよ。キザキツバキで」
「駄目だよ」
即答で駄目出しされた。
確かに女のような名前だとは前々から思ってはいたが……そんなに一瞬で駄目だしされるほどのものなのか。微妙に凹んでしまう。
「……んでだよ」
「漂流者は大きな力を持ってることが多いから、その存在を消そうとしたり、利用しようとしたりする人はたくさんいるんだよ。だから、漂流者はできるだけ自分が漂流者だってことを隠した方が良いんだって」
ああ。なるほど。
言われて納得した。
この世界の住人にとって、漂流者は特別な存在だ。
その知識だけ見ても、使いようによってはそれなりの利益に繋がるし、なによりも『召喚の儀』によって呼び出される武器の存在がある。
詠二の天剣にしろ、俺のフェンリルにしろ、強力な兵器が存在しないこの世界では、その在りようを根底から覆しかねないほどのとんでもない力だ。利用したいと考えるのが当たり前。敵国にいたのなら、命を狙われてもおかしくない。
そんなことを今更ながら思い出した。いつの間にか俺も、どこか平和ボケしたこの国に染まっていたらしい。
ちょっと反省。
まあ、それは今はおいておいて、だ。
「そんな話、なんでお前が知ってんだ?」
俺以上に平和ボケしていそうな詠二の口から、その話が出てきたことがちょっと意外だった。
「エリスから聞いたんだよ」
「……」
俺はそんな話、微塵も聞いていない。
あの女、本当に俺のことなんてどうでもいいのな。
「で、どうするの?」
ペンを止めながら再度訊ねてくる。
だが、急に偽名をつけろと言われても、そんなものがすぐに出てくるわけがなかった。この世界に合わせて、違和感ないような名前付けても、呼ばれた時に反応できなくなるだけだし。かといって元の名前と似たような名前をつけたら、すぐにばれるだろうし。
なら……
「クラウド、にでもしとくか」
思いついた名前を口にしてみた。
この名前は、前の世界で俺に向けられていた呼び名をちょっとアレンジしたものだ。
「……また、そういう自虐的な名前をつけようとする」
少し考えるような仕草をした後、呆れたような顔で突っ込みを入れてくる詠二。どうやら、名前の由来に気付いたようだ。それなりに捻ったつもりだというのに。
こいつ、女が関わってなきゃ頭の回転はそこそこ速いのな。
「なんでそうやって、自分に向けられた悪口を使おうとするかな……」
「いいだろ。別に。偽名を考えろって言ったの、お前だろ? 俺は本名を使っても全然構わないんだぞ?」
「……分かったよ」
諦めたように記入用紙に視線を落としている。
こうして俺はめでたく、この世界で稼ぐための手段を手に入れることとなった。