15話 魔力付加
魔法というものは、俺が思っていたよりも便利なものだったらしい。
そのことを知ったのは、武器屋に立ち寄った時のことだった。
「ん~」
手に持った小振りのナイフを、色々な角度から眺めて見る。
別に切れ味が良さそうなわけでもないし、使っている金属が特別というわけでもなさそうだ。装飾が派手なわけでもない。どう見ても、ただのナイフにしか見えない。
だというのに、値段が金貨100枚。
どう見てもぼったくりにしか見えないのだが……。
「だからこそ、何かあるんだろうな」
説明を聞こうと店員の姿を探すと、離れた場所でアクセサリーを眺めていたレメディの姿を発見した。
ちょうどいい。彼女に聞いてみるか。
「レメディ」
「うん?」
俺の姿に気付き、寄ってきた彼女に持っていたナイフを見せる。
「これ、何でこんな値段なんだ?」
「ああ。そのナイフにはね、魔力付加がされてるのよ」
「エンチャント?」
初めて聞く単語だ。
「そ。道具の製造過程で特殊な魔法を使うことによって、完成した装備品に特定の付加をつけることができるってものね」
「へぇ」
中々面白そうな話だ。
「ほら。街で女の子達が持っていた通信機械があるでしょ? あれとか、あなたも持っている音声を録音する道具とかも。あれらも風属性のエンチャントをして作られたものなのよ」
「そんなことまでできるのか?」
「ええ。むしろ、武器や防具よりも、そういった機械を作るために使われる方が多い傾向にあるわね」
それを聞いた瞬間、またかよ、と思ってしまった。この国は、戦闘に技術をつぎ込むことを拒否してるんじゃないのか。
「武器にはあまり付けちゃいけないって決まりでもあるのか?」
「いえ。そんなものはないんだけど。効力をついても、実際には使いにくいって言うか……」
少し言葉を選ぶように考え込む仕草をしている。
「例えばね。剣を振る際に火の玉が出るような剣を作ったとするでしょ? けど、火を出すタイミングは任意で調整することまではできないわけ。振ると必ず火の玉が出る。そんな剣で普通に近接戦闘をしようとしたらどうなるか、大体分かるでしょ?」
「周りに迷惑がかかることこの上ないな」
下手をすると自分まで火達磨になりかねない。
使い方次第では頼りになりそうだが、あくまで限定された状況でのみ使用する、といった感じにしかならないだろう。主武器として使うには問題がありすぎる。
「それに剣や鎧を作るのって、それなりに専門的な技術が必要になるでしょ? その技術を持っている上に、エンチャントの魔法を使える人っていうのは、なかなかいないから、必然的に全体的に数が少なくなっちゃってるのよ」
「なるほど」
わざと作らないようにしているんじゃなくて、ただ単に作れる人間があまりいないってことか。
……。
となると、この店は、その数少ないエンチャントの魔法を使える武器屋ってことになる。俄然、興味が沸いてきた。
「このナイフには、実際どんな効果があるんだ?」
「流石に私も見ただけでどんな効果があるか、なんて分からないわよ。店員に聞いてみたらいいでしょ」
ごもっともな意見だ。
店長と思われる恰幅の良いおっさんを探し出し、説明を求めることにした。
「おっさん、おっさん。このナイフってどんな効果があるんだ?」
「お。それかい? そいつを手に取るとは、お客さん、お目が高い。それはねぇ、振ると風の刃が出て、リーチが伸びるって優れものさ」
「へぇ」
思わず口から感嘆の声が洩れた。
振らないと刃は出ないってことは、防御には使えないってことだが、そうだとしても、俺の想像通りの効力があるのだとしたら、おっさんの言うとおりかなりの優れものということになる。
「もしかして、見えない刃で相手を切り裂いたりできるのか?」
「そんな危ないものなんて作らないよ。ちゃんと刃は見えるようにできてるに決まってるだろう」
あ?
「じゃ、じゃあ、その風の刃ってのは、普通の剣や鎧なんかじゃ防げないほどの切れ味とか?」
「だから、そんな危ないもの作らないって言ってるだろ。安全性第一がうちのモットーだよ」
「……」
……駄目だ。この店は。
武器屋のくせに安全性について自慢気に語るおっさんの態度を見て、俺は心の中で見切りをつけていた。
魔法というものは俺が思っていたよりもずっと便利な代物だったが、所詮それも使う人間次第ということらしい。
武器屋に行きながらも、結局、中に入れた荷物が軽くなる、という地味な効果のついた旅人用の荷物袋を購入することにしていた。装備品ではなかったが、色々見たところ、これが一番まともな商品だったのだ。
俺がナイフではなく、それを選んだことで不満そうな顔をしていたおっさんを無視し、さっさと代金だけ手渡して早々と武器屋から立ち去った。
一通り買い物を済ませた俺達は、近くにあった居酒屋へと足を運び、今日の戦利品を見せ合っていた。
詠二が自分用に買ったのは、露天で売っていたサングラスのみ。流石に素顔で出歩いていたら気付く人間が多くいたために、城を出てすぐの場所で購入したものだ。
レメディはというと……服やら、香水やら、アクセサリーやらをそれぞれ手提げ袋いっぱいになるくらいまで買い込んでいた。当然、支払いは全部詠二持ちだ。ああいった誘惑に慣れていないだけあって中々、豪快な貢ぎっぷりだった。後日、エリスに報告するかどうかで脅しに使えそうだ。
で、俺はというと、武器屋で買った荷物袋のみだったりする。というか、それ以外に買う金が残っていなかったのだ。
「そういえばツバキ。どうしたの? あのお金。もしかしてメイドの誰かから、大人な感じのお小遣いでももらってたの?」
……大人な感じのお小遣いって何だよ。
「違う。街に出る前に、ちょっとした金目の物をこいつに買い取ってもらったんだよ」
言いながら、目の前でひたすらフェンリルに餌付けしている詠二のことを指差した。
人見知りを全くせず、誰にでもすぐになついていたフェンリルだが、唯一詠二に対してだけは、噛み付いたり、唸り声をあげて威嚇したり、軽蔑の眼差しを送ったりと、あまり友好的ではない態度ばかりとっていた。そのことを地味に気にしての行動らしい。まあ、基本的に性格が良く、誰にでも態度を変えない詠二は他人に嫌われる、ということに慣れていないから仕方がないかもしれないけど。
「金目の物って、これのこと?」
言いながら先ほど俺が渡した一枚の紙切れを懐から取り出した。
「何? これ」
詠二から手渡された手形を見ながら、レメディが首をかしげている。
「約束手形って言ってな。……まあ、簡単に言うと、これを持っていればここに書かれた金額が手に入るっていうとっても不思議な紙切れだ」
詳しく説明するのは面倒なので、大幅に省略してみた。
「え~と。一千万円? それって高いの? 安いの?」
一千万円が高いかどうかと聞かれても、そんなのそいつの価値観によるだろうけど……。一応、分かり易く、この世界の通過に換算してみるか。
この世界には金貨、銀貨、銅貨の三種類の通貨があり、銅貨百枚と銀貨一枚。銀貨百枚と金貨一枚がそれぞれ同じ価値になっている。大体、銅貨一枚と一円が同じと考えて、だ。
「一千万円ってのは大体、金貨千枚ってことだ」
「金貨千枚!? すごい大金じゃないの! どうしたの!?」
凄い大金らしい。まあ、これをはした金とか言われたら、レメディの金銭感覚を疑ってしまうところだったので、大いに安心したけど。
「博打で儲けた」
隠すことでもなかったので、俺がこれを手に入れるために行った武勇伝を語ってあげることにした。
「まあ、そんな俺の身を削って作った大金も、がめつい王様の手にかかれば金貨たった十枚にされちまったわけだけどな」
正直、ぼったくりもいいところだった。まあ、俺としても予期せず手に入れたあぶく銭のようなものだったので、別に気にしてないんだけど。
「だってこの手形、焦げ付いてるじゃないか」
「それでも銀行で正規の手続きすりゃ、3%~5%の金にはなるって言ってんだろ」
「けどさ……」
「なんだよ。自分は王様になっちまったんだから、三十万程度のはした金じゃ満足できねえってか? あ~あ~。やだやだ。これだから権力を手にした人間ってのは。てめえは金を蓄えてやがるくせに、貧乏人からはむしり取れるだけむしろうとする。最低だよ。なあ? フェンリル」
散々食べ散らかし、テーブルの上でうつ伏せに寝そべっていたフェンリルに話を振ってみる。
「わふ……」
短く、呆れたような鳴き声をあげながら、詠二に軽蔑の眼差しを叩きつける、といった反応をしているフェンリル。
食べ物を買い与えたことで僅かに上がっていたフェンリルの中の詠二への評価も、一瞬でまた元の位置まで下がったようだ。
どうやら詠二は、人はともかく、犬にはあまり好かれない性質らしい。まあ、九割がた俺の所為かもしれないけど。