14話 街並み
街中を歩くにあたって、三人と一匹が横一列に並ぶのは他の通行人の邪魔になる。というわけで、自然と前に二人、後ろに一人と一匹、という陣形で街中を散策することになっていた。
「ねぇねぇ。エイジさまぁ~。あれ買って~」
詠二の腕にしがみつき、やたらと体を押し付けながら甘えた声をあげているレメディ。
大方、エイジから金の匂いを嗅ぎ取り、さらに押しに弱そうなことを察しての態度だろう。この場にエリスがいたら卒倒ものだ。
「あ……えっと……その……」
そんな傍から見ると、明らかにカモにされているとしか思えない状況だというのに、戸惑いながらも、結局はレメディにねだられたものを購入させられている馬鹿男。
「フェンリル。よ~く見ておけ。あれが真面目を売りにしていた男の成れの果てだ」
元の世界にいた頃のあいつなら、葉霧以外の女にあんな密着のされ方をしたら、間違いなく振りほどいていただろう。だが、今の詠二は戸惑いながらもレメディから離れようとしない。人間、金や権力を手にすると変わってしまうということか。
「……わふ」
俺の肩に乗りながら、詠二に軽蔑の視線を送っているフェンリル。子供はこうやって反面教師を多く見ることで立派な大人に育っていくのだろう。
フェンリルの頭を軽く撫でながら、前を歩くバカップルから視線を外し、周りの光景を軽く眺める。
城の中から遠目で外観を眺めたり、使用人達から話に聞いて感じていたのだが、実際そこに人がいるところを見て確信に変わる。
……どういう発展の仕方をしたんだよ。これは。
文化のレベルが全てにおいて低いのなら分かる。異世界だけあって、全く違う文化が発展している、なんてことがあっても別に驚きはしない。すれ違う人達のなかに多くの亜人が混じっているが、そんなものは全然気にしない。
気になるのはそんなところじゃなかった。
建物に使われている素材は、大半が木で、たまに石を使っている程度。建築構造もずさんで、明らかに歪んだ建築物なんかも見て取れる。だというのに、そこに住む人間の着ている服は、綿や絹などの素材を普通に使い、そのデザインや機能性も凝っている、といった感じだ。
他にも、携帯電話のような機械を手に持ち、誰かと話しながら歩いている少女がいたり、広場では路上ライブをやっている音楽少年がいたり。……その傍を鎧を着込んだ兵士が歩いていたり。
なんともミスマッチな光景だった。
最初は魔法という力が影響を与え、発展速度に差が出ているのかと思ったが、そういうわけでもないようなのだ。
全体的に娯楽関係の発展に力をつぎ込み過ぎな気がする。
なんというか……
「まるで、ガキが考えたような街だな」
というのが俺の抱いた感想だった。
「随分と厳しい評価ね」
ふいに、声をかけられる。それと同時に、肩から重さが消えた。
振り向くと、フェンリルを抱きかかえながら笑いかけてくるレメディの姿があった。
「エージは?」
「今、飲み物を買いに行ってるわ」
国王をパシリ扱いしているらしい。
薄々勘付いてはいたが、なかなかとんでもない女だった。
「そんなことより、もう少し詳しくツバキの感想を聞かせてくれないかしら?」
「ん? ああ。いいよ」
もう一度、街中に視線を移す。
改めて見たところで、俺の感想は変わらなかった。別に建築関係がひどい、というわけじゃない。比べると見劣りはするが、それでもある程度の水準には達しているといえるだろう。ただ、娯楽関係が突出しているだけだ。
「なんつーかさ。遊ぶことばかりに技術を集中させ過ぎて、大事なものに目が行っていないんじゃないのか?」
率直な意見を口にすると、レメディはそういうわけじゃないんだけどね、と自嘲気味につぶやいている。
「この国の国民って全体的に大らかで、結構何でも受け入れるようなところがあるでしょ?」
「まあ、な」
それは詠二が国王になることをあっさりと受け入れたことから、嫌というほど良く分かる。
「この国の特徴はそれだけじゃなくて、好奇心もかなり強いのよ。新しく開発された技術があったら、とにかくそれを取り入れようとするの。それが便利かどうかなんて深くは考えず、ね」
「けど、それなら軍事関係の方が先に発展するんじゃないのか?」
兵士達の持っていた装備なんかを見たところ、剣や槍が主流で銃火器の類は目にしたことがない。
聞いた話だと、この世界はそれほど平和なところではない。どこかしらの国同士が戦争をしていたり、魔物の脅威に脅かされていたり、というのがこの世界の環境であり、俺達の世界の日本のように平和ボケした国なんていうのは存在しないとのこと。
となれば、普通は戦闘に必要な武器や防具。他には医療なんかが優先的に発展していそうなものだ。ただでさえ、戦闘行為は技術を進歩させやすいというのに。俺達の世界で使われている技術の大半は戦争で使われたものを応用して使っているものだったりするし。
「普通はそうなんだけどね。けど、この国が優先的に取り入れようとする技術は、ちょっと特別でね」
「特別?」
「ええ」
そこで一度言葉を止め、何かを考えるような仕草をしている。
「技術ってどうやって進歩していくものか、ツバキは分かる?」
急に話題を変えてきた。
おそらく、それまでのことと関係あることのようなので、大人しく質問に答える。
「まあ、大体は」
普通、技術の進歩というものは、既存の物に少しずつ改良を加えていくのが普通だ。
今日は昨日より良いものを作る。そして明日は今日よりも良いものを。もちろん、良くするつもりが悪くなる、なんてこともよくある話だ。だが、今ある技術の全ては、そうやって試行錯誤しながら地道に作業し続けたからこそできあがったものだ。
それは武器作りだろうと、建築だろうと、娯楽だろうと変わらない。だからこそ、この国のように、ものによって技術の進歩にむらが出る、なんてことは滅多にないはずなのだ。
「じゃあ、それを大幅に早める方法ってなんだか分かる?」
「大幅に早める方法?」
そんなもの、誰か偶然ひらめく、くらいしかないんじゃないだろうか。
……いや。もし何かをひらめいたとしても、それは一歩か二歩先に進む程度のもの。放っておいても、いずれ誰かが到達できるようなものでしかない。そんなものでは、せいぜい数年進める程度。一気に数百年単位で技術を進めるとなると、凡人ではなく圧倒的な天才が何かをひらめきいた時か。または……
……。
「……そういうことか」
「そういうこと」
最も確実で手っ取り早く技術を進歩させる方法。それは、既に進んだ技術を持っている、外部の人間からの情報提供してもらうことだ。
外部の人間とは、この場合他国のことではなく、この世界の外のこと。つまり――
「この国はね、漂流者からもたらされる知識や技術を優先的に取り入れる傾向があるの」
「だから、こうなったわけか」
聞いてみれば、簡単なことだった。
この世界を訪れた漂流者が、より快適な生活を求めて、少しでも自分のいた世界の文化に近づけようと、自分の持つ知識を提供しようとする。だが、偏った知識で中途半端に情報提供するもんだから、そこだけは異常に発展するが、他の技術がついてこないってわけだ。
俺達の世界に住んでいる人間は、自分が使っている道具や技術が、どういう仕組み、どういう構造になっているのか、細部まで詳しく知っている奴なんてほとんどいない。だから偏る。
服の製造方法は割りとシンプルで簡単だが、建築物を建てるにはそれなりの専門知識が必要になる。コンクリートの練り方や、その正しい使用法なんてかなり専門の人間しか知らないだろう。
同じ理由で銃器などの武器も作れる人間がいなかったということだろう。たとえ銃の構造を把握していても、そこに使われる部品がどのように作られているかまでを答えられる人間は滅多にいない。
来たところで、詳しく教えられる奴なんていないってことだ。
だというのに、物珍しいという理由だけで漂流者の技術を優先的に取り入れていったら、偏って当然か。
「気になるなら、ツバキが必要な技術を提供したらいいんじゃないかな?」
いつの間にか、飲み物を乗せたトレイを持った詠二が傍まで近づいてきていた。
その拍子に詠二の出てきた店を軽く見てみると、販売されているメニューにアイスやケーキなんてものがあることに気付いた。大方、それらが好きだった漂流者が、自分で食べたいために作り方を教え、それが広まったというところだろう。それらを冷凍する機能は、魔法で代用してるってとこか。
「みんな喜ぶと思うよ」
俺に向かって木製のコップを差し出しながら、そんなことを言ってくる。どうやら、頼んでもいないのに、俺やフェンリルの分の飲み物も買ったようだ。中々気の利く奴だった。
「やだ」
手渡してくるコップを受け取りながら、短く答える。
「やだって……」
「分かってねえなぁ。こういうのは知ってるからって外部から手を加えるのは良くねえの。下手に教えてテクニックを覚えさせると、せっかくの持ち味がなくなっちまうんだよ。未熟には未熟なりの良さってもんがあるってことだ」
「……それ、文化の話だよね?」
ちょっと量は少ないけど、一応、更新です。
一応、冒険物のつもりなんですけど、冒険するまでにもうちょっとかかりそうです……。