第二話:カモメの視点:おじいちゃんの影を追って
孫カモメの「悟り」は、決して高尚な修行の末に得たものではありませんでした。
度重なる不運と、おじいちゃんの自慢話……。
今回は、彼がなぜこれほどまでに冷ややかな「スルー技術」を身につけるに至ったのか、その裏側を少しだけ覗いてみましょう。
おじさんの怒鳴り声を聞きながら、オレはただ、沼の底でゆらゆらと揺れる泥を眺めていた。
かつてのオレなら、きっと一緒にパニックになっていただろう。自慢の純白の羽をむしられた時や、三日三晩探してようやく見つけた特大の魚を、横からトンビに掠め取られたあの時のようにな。
オレは今、旅の途中で行方不明になったおじいちゃんカモメを探して、世界中を飛び回っている。
あのおじいちゃんは、口を開けば「あの時の夕焼けと蒼龍くんは最高だった」と、孫のオレが耳にタコ……いや、耳にカモメの玉子ができるほど自慢話を繰り返していた。
「一期一会」だの「おもてなし」だの、カモメの分際で高尚なことを言っていたけれど、結局はただの寄り道好きの隠居じいさんだ。
そんなおじいちゃんを追う旅路は、散々だった。
期待しては裏切られ、欲張っては横取りされる。
そんな日々を繰り返すうちに、オレはふと気づいたんだ。
「ああ、やれやれ。世界に期待するから腹が立つんだな」ってね。
羽が抜けたのは、ただの「現象」だ。
魚を取られたのは、単なる「移動」だ。
そこに「不幸だ」とか「あいつが憎い」とかいう余計なトッピングをしなければ、心はいつだって空っぽのままでいられる。
風は吹き、腹は減り、太陽は勝手に昇る。
世界はただ、そこにあるだけ。それ以上でも以下でもない。
だから今のオレには、泥沼に首まで浸かっているゴキブリだって、嫌悪の対象にはならない。
そこに「汚い」というラベルを貼らなければ、ただの効率的なタンパク源だ。
……ほら、よく見ると美味しそうだろう?
「……あの、聞いていますか? 私はあなたのその、小馬鹿にしたような沈黙が一番不愉快なんです!」
おじさんのシャリホが、泥だらけの手でまた手帳にカリカリと恨み言を書き込んでいる。
やれやれ。
このおじさんは、まだ「自分は特別だ」という分厚い設定資料集を大事そうに抱えて、泥の中で震えている。
その設定資料を全部燃やしちまえば、今すぐ心は軽くなるのに。
オレは首を少しすくめて、シャリホを見下ろした。
まずは、そのパンパンに膨らんだ「食い意地」と「宝石への執着」から、少しずつ削ってやるとするか。
「おじさん。その手帳、後で読み返して『怒りのリピート再生』でもするつもりかい? ……やれやれだぜ」
孫カモメが手に入れた「空」の境地は、実はサバイバルの中から生まれた超・合理主義でした。
おじいちゃんカモメが愛した「一期一会」の世界。そこに辿り着くためには、まずシャリホのような「ドロドロの執着」を捨てなければなりません。
次回、第三話。いよいよ商人のシャリホの「俺様プライド」が暴かれます。
実家の財力でオネーチャンたちを侍らせていた彼が、なぜこれほどまでに「イライラの天才」になってしまったのか。その甘やかされた過去を掘り下げます。お楽しみに。




