第8話 あっ!
魔物の気配がしたのは通路の左手からだった。俺は一瞬迷ったが、安全策を取って気配がする方とは反対の右方向へ進むことを提案した。この階層はリング状になっているらしく、普通に歩けば一周するのに10分もかからない程度の広さだ。隊列はベルナさんさが前を行き、続いて中央がアリア様、そして俺が殿という順になった。アリア様を先頭にするなどという考えは、俺にもベルナさんにも最初からなかった。
5分ほど歩いただろうか。
階段があるはずの中間地点に差し
掛かった時、背後から「ドドド」という地響きのような音が聞こえてきた。振り返ると、巨大な影が迫ってくる。ビッグラットだ。このダンジョンで唯一確認されている獣型の魔物だ。
「後ろから来たぞ!」
俺がそう叫んだのとほぼ同時に、ベルナさんが険しい表情で振り返った。
「悪い、こっちにもゴブリンジェ!・・・」
ベルナさんの[ゴブリンジェ]という言葉に俺は反射的にアリア様へ声をかけた。ひえ~こっちにもゴブリンが出たよ!と言いたかったのだろうが、そっちの方は頼むぜ!
「アリア様、落ち着いてやれば大丈夫です。俺がビッグラットをやりますから、ベルナとゴブリンの方を頼みます!」
「それは、ビッグラットでは・・・」
俺の言葉にアリア様は少し困惑した表情をしながら発したその言葉が終わる前に、俺は迫り来る巨大な影に対して新しい剣を身構えなければならず、咄嗟に自分自身に身体能力向上をかけた。
デカかった。
図鑑で見たそれはせいぜい小型犬程度だとばかり思っていたが、どうやら俺の認識は完全に間違っていたらしい。
その頭部は俺の腹のあたりまであり、大型犬、いや、それ以上かもしれない。
机上の空論というか、本で得た知識と現実の魔物の姿はまるで別物だった。
冒険者に同行して実際の魔物を見てこなかったことを今更ながら激しく後悔した。こんなにも大きく、そして獰猛そうな魔物を冒険者たちは雑魚として相手にしているのか!と心の底からぞっとした。
体毛の色や姿形は確かに本で見たそれだったが、肝心な大きさに関する記述はなぜか本のどこにも書かれていなかった。
ビッグラットは低い唸り声を上げながら突進してきたが、数メートル手前で信じられない跳躍力で空中に飛び上がった。
それは悪手だぞ!腹を見せるとは馬鹿だな。
屈んでその巨体が俺の頭上を飛び越えさせようとし、ついでに剣を突き出してやる。これで無防備な腹を切り裂けるだろう。しかし、どういうわけかビッグラットの軌道が変わり、そのまま俺の体に激しく体当たりしてきた。その時、ほんの一瞬、遠くから聞こえたような微かな【あっ!】という声が耳に届いた。
ニーナに似た声だった気がするが、まさかいるはずもなく、アリア様かベルナさんの声がそう聞こえたのだろうか?
俺は咄嗟にビッグラットにしがみつくと、そのまま背中に回り込む。剣をその無防備な背中に突き出すと、サクッと鈍い音と共に刃が深く食い込んだ。
そして切っ先は胸にまで達したようだ。ビッグラットは 低い唸り声を上げるも、俺がしがみついたまま突進し、ベルナさんたちがゴブリンと戦っているであろう場所へと向かって行く。
「おおおおおおお!」
俺は叫びながら、ゴブリンにぶつかる直前にビッグラットから剣を引き抜く形で跳躍した。
つまり柄を握った状態で背中を思いっきり蹴り上げたんだが、自分でも驚くほどのジャンプ力だ。この剣には身体能力向上とは別の付与魔法を与えてくれるようだ。
身体能力向上のおかげか数メートルほど飛んだのだか、問題は着地だ。きれいな女性が見ている前でぶざまに転がりたくない。何とか体をひねり辛うじて転倒は免れたものの、勢いまでは殺せない。体勢を立て直すために地面を滑りながら剣を地面に突き立て、その場になんとか踏みとどまった。アリア様とベルナさんは一瞬ビッグラットに目をやると、慌てて左右に分かれて跳躍して避けた。
俺が跳躍する時に背中を思いっきり蹴ったものだから、ビッグラットは態勢を崩して地面に腹を擦りながら転がるというか滑る。
そして勢いそのままにゴブリンに激突した。衝撃でゴブリンは吹き飛び、背後の壁に叩きつけられた。ビッグラットはというと、俺が突きつけた剣によるダメージか、打ち所が悪かったのかそのまま霧散した。
突き飛ばされたゴブリンはというと、壁に反射する形で俺が着地したところのすぐそばに倒れた。俺はチャンスとばかりにゴブリン目掛けて駆け出し、勢いのまま剣を横に振る。
すると斬撃?が混じった一撃は、信じられないほどあっけなく、立ち上がったばかりのゴブリンの頭を胴から切断してしまった。首を落とした後も斬撃はダンジョンの奥へと飛んでいったのが分かる。
「この剣・・・すごいぞ!」
俺は思わず呟いた。




