第6話 異変
激しい金属音と共に、アリア様の悲鳴にも似た叫びが響いた。ベルナさんが二本のメイスで辛うじてゴブリンの剣を防いだが、その巨体から繰り出される力は凄まじく、体勢を崩したベルナさんは無情にも蹴り飛ばされてしまった。
「撤退だ!」
辛うじて着地したベルナさんの表情は険しい。彼女の一言にアリア様は来た方向へ振り返ると、迷うことなく一目散に走り出した。俺は片膝をついたベルナさんを助け起こそうとしたが、彼女は苦悶の表情で胸を押さえている。
「大丈夫」
小さく呟いたものの、その顔色は優れない。
ゴブリンはのそりのそりと動いているように錯覚するも、その緩慢な動作からは信じられない速度でこちらに迫ってくる。完全に想定外の事態だ。
「撤退する!」
改めて俺も叫んだ。
「俺が殿を務める!ベルナはアリア様のところへ!」
俺がそう言うとベルナさんは一瞬躊躇したものの「かたじけない!」と苦しそうに呟くとアリア様の後を追って走り出した。
ダンジョン入り口まで逃げ込めばスタンピードのような大規模なものでない限り、魔物は追ってこられないはずだ。
まだダンジョンに入ってからほんの一分ほどの出来事であり、ダンジョンの入り口になる門は目と鼻の先だ。
しかしアリア様とベルナさんの様子がおかしい。何故か立ち止まり、振り返って俺を見つめる二人の顔には絶望の色が滲んでいる。
「入り口がないのです!」
入り口が無いとアリア様が震える声で理解し難いことを口走っていたが、俺の目にもその様子が見えた。
確かにそこにあるのは、来た時に開いていたダンジョン入口の門ではなく、ただの壁だった。
つまり、今逃げてきた強大な敵とこの場で向き合って戦うしかないのだ。そしてこの二人の様子からして俺も立会人としてではなく、一緒に戦うしかないようだ。
ああ、何だか急に腹が・・・
こんな時に限って腹が痛くなるなんて!昨日食べたアレのせいか?いや、一昨日か?冒険者はダンジョン内で催した時どうしているんだろう?
そんなどうでもよいことをつい考えたが、首を横に振り眼の前の敵に向き直る。
しかし次の瞬間、俺は思わず腹を押さえた。
今はまだ大丈夫だけど、これは早めにダンジョンを出ないとマジでやばいぞ!
ゆっくりと、しかし確実にゴブリンが迫ってくる。ベルナさんはまだダメージがあり、まともな構えが取れずに痛むところを庇うような体勢だ。なんとかベルナさんが回復するまでの時間を稼がなければ!
俺は剣を構えたが、手はガクガクと震えている。これがただのゴブリンなのか?信じられないほどの強さだ。
ゴブリンはにやりと醜悪な笑みを浮かべると、俺に向かって剣を振り下ろした。ベルナさんも立ち上がろうとするが、まだ完全に回復していない。しかし恐ろしいと思っていたゴブリンが振る剣の動きを見て、俺はわずかに希望を見出した。
大振りで剣の軌道がはっきりと見える!
真正面から受ければ数打ちであるこの剣ではひとたまりもないだろうが、見えていれば躱したりできる。
俺は咄嗟に剣の腹で相手の剣を反らすように受け流したが、予想外にゴブリンは体勢を大きく崩し、よろめくとこけた。
叫びながら立ち上がろうと片膝立ちで、これまでと違って必死の形相で剣を振り回すが、その動きは全て俺の目には映っている。
なんだ?見掛け倒しなのか?
そうだよな。よくよく考えたら、あれほど怖そうに見えても初心者ダンジョンに出現する雑魚モンスターだよな。
あと、ゴブリンの右脚から血が出ているが、倒れた時に怪我を負ったのか?まあ良い、手負いなら俺でも何とかなると思う。石に足を取られたようだが、うん、実にラッキーだ。
そうだ!俺は見た目の威圧感に萎縮してしまったんだ。新人に常日頃アドバイスしていたじゃないか。
「まずは落ち着け!相手をよく見て対処すれば、よほど格上相手じゃない限りなんとかなる。冷静にね」
それなのに自分が一番焦ってどうする。
冷静に見ればゴブリンの動きは案外と単純だ。俺は奴の攻撃を紙一重で躱すと、そのまま懐に深く入り込んだ。がら空きの右腕に狙いを定めると剣を振り抜く。剣先が肉を切り裂き、ほんの一瞬何かが光ったような気がしたが、確かに剣を持った方の腕を切り飛ばした。勢いを殺さずに返す剣で今度は左膝から下を切り飛ばした。
ゴブリンは自分の身に起こったことが信じられないといった表情をし、啞然とした表情をしながら地面に倒れ込んだ。
「アリア様トドメを!」
俺が叫ぶと、ベルナさんとアリア様はハッとしたように顔を見合わせるも、ほぼ同時に行動を開始した。アリア様の剣がゴブリンの胸に深々と突き刺さり、遅れて体勢を立て直したベルナさんのメイスが、ぐしゃりという音と共にゴブリンの頭を砕いて決着を見た。
これはあくまでも二人の冒険。
獲物を横取りしてはいけない!トドメは大事だ!




