第5話 ゴブリンとの邂逅
石造りの建物はいかにもダンジョンがあるという雰囲気を出し、門を兼ねる鉄の重厚な扉が威圧感を放っていた。騎士団の詰所としての機能も持ち合わせているのだろう、簡素ながらも堅牢な造りだ。今日ここに入るのはアリア嬢と従者のベルナ、そして俺の三人。
しかし、ダンジョンに入る直前になって、俺たちは装備の確認や簡単な打ち合わせを始めてしまった。本来ならば事前に済ませておくべきことだが、俺は急遽同行が決まったため、このタイミングになってしまったのだ。アリア様とベルナさんは手慣れた様子で装備を調整しているが、俺はどこかぎこちない。
門の近くに立っていた騎士は、俺を見るのは初めてのようだ。しかし、ダンジョン前でモタモタしている俺たちを、明らかにじれったそうな表情で見ている。早く中に入れと言わんばかりの視線が少しばかり痛い。
「アリア様一行、3人で間違いありませんか?因みにリーダーは?」
騎士は手にした書類に目を落としながら確認してきた。
「ええ」
ベルナさんは頷くと先を続ける。
「本日は私がリーダーとして先導を務めます」
騎士が小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
もたもたしてないで、さっさと入れ!とでも言いたげな空気だ。
「通ってよし。その、初心者ダンジョンとはいえ、油断せずにお進み下さい」
書類に雑に何かを書き込みながら許可を出す。
次は帰りに門を通る時に、門番に告げて開いてもらうことになる。
「門はすぐに閉める。万が一、何かあって戻ってきた時は、門の横にある呼び鈴を鳴らせ」
そう言い残し、騎士は重々しい鉄の門を閉め始めた。ダンジョン内のボスを倒せば、基本的に転移陣でこの場所に戻ってくる。改めてダンジョン入り口を見やる。それは漆黒の闇への入り口だ。背後からは、閉まる門の重い音が聞こえてくる。
転移すると聞いたことがあるが、初めての経験だ。入り口とは異空間への出入り口で、未だに仕組みは分からず、使い方しか分からない謎の仕組みだ。
何も言わずベルナさんが先頭に立って足を踏み入れる。洞窟内はひんやりとして、湿った空気と土の匂いが鼻をついた。足元はごつごつとした岩肌で、左右に道が分かれている。確か以前聞いた話では、どこかで合流する地点があり、そこに下層へと続く階段があるはずだ。通路は高さ10メートル、幅8メートルほどと意外にも広い。
漆黒の闇へと足を踏み入れたその瞬間、ふと背筋にぞくりと冷たいものが走った。何かが、いや、誰かがいるような気配。俺は思わず振り返ったが、そこにあるのはただ、閉ざされた門の冷たい壁だけだった。違和感のあった場所をもう一度目を凝らして見るも、何もいそうにない。やはり初めてのダンジョンに、俺も不安になっていたのかな?
「ジェスロ様、どうかされましたか?」
アリア様の声に、俺は我に返る。
「いえ、何かいたような気がして。気のせいだったようです」
俺の言葉にベルナさんは鼻を鳴らした。
「おおむねネズミや虫が入ってきたのでしょう。気にせず進みます」
「取り敢えずライトを灯けなきゃですね・・・」
俺はふとアリア様とベルナさんを見た。
「ライトはどうしますか?私が出しましょうか?」
ベルナさんは少し驚いたように目を丸くした。
「使えるの?」
「ええ、生活魔法ですから」
「ならば頼む」
俺が指先に魔力を込め小さな光球を生み出すと、ベルナさんは感心したようにそれを見つめ、アリアさんも興味深そうに光を見ている。
ライトの光を頼りに俺たちは通路をゆっくりと進んだ。1分ほど歩いただろうか、前方の暗闇の中からヌッと巨大な影が現れた。身の丈は2メートルほどはあるだろうか。緑色の肌などの特徴からして・・・・間違いないこれはゴブリンだ。
ゴブリンは基本的に棍棒、稀に剣を持つと図鑑にあったはずだが、目の前のそれは立派な剣を腰に佩き、全身を硬質な鎧で覆っている。その威圧感は、最弱のFランクという情報からは想像もできないほどだった。
初めて見る本物のゴブリンに俺は驚きを隠せない。筋骨隆々とした体躯は、とても【雑魚】などとは呼べない。こんな恐ろしい巨体を冒険者たちは平然とあしらうのか。彼らの身体能力は、俺とは比べ物にならないのだろう。
図鑑の絵は手を抜いたのか、かなり簡略に描かれている。これではまずいから、帰ったら直さないと。
アリア様とベルナさんに目をやると、ベルナさんは既にスカートを捲り脚から外したメイスを構え、臨戦態勢に入っている。一方のアリア様は、俺と同じく初めて見る異形の存在に少し萎縮しているようで、どこかへっぴり腰な構えだ。
次の瞬間、ゴブリンがけたたましい咆哮を上げた。そして、信じられない速さでアリア様目掛けて駆け出し始め、踏み出しの一歩に地面が振動する。その迫力に俺は息を呑んだ。
(こんなのがただのゴブリン・・・?もしそうなら、上位種のゴブリンウォーリアーやナイトは一体どれほどの力を持つんだ?・・・)
俺の背筋に冷たいものが走った。ダンジョンの恐ろしさを思い知らされた気がした。




