第4話 好々爺
初心者ダンジョンの入り口前に、馬車がゆっくりと停止した。御者席に座る執事のグラハムが長年の経験を感じさせる手際で馬を落ち着かせ、次いで後ろの扉を開ける。
「ジェスロ様、こちらへ」
執事に促された俺は最初に馬車を降りた。ダンジョンの入り口から少し離れているが、ここから見える石造りの粗い入り口は、思っていたよりも小さい。俺はバカだなと思いつつも周りに目を光らせる。その為に執事の爺さんは俺を先に降ろしたのだろう。
とはいえ、見える範囲に誰もいない。
初心者ダンジョンに入るのは、日に数組程度だ。
ゼロの日があれば10組を超えるときもある。
俺は初心者ダンジョンについて多少知ってはいるが、来たのは初めてだ。
ダンジョンをクリアしたものの登録や、約定により王族、貴族家の者のスキルを鑑定し、国に報告する。その為に、この20年、初心者ダンジョンに入ったこの国の王族、貴族籍者は例外なく俺が鑑定してきた。 そのダンジョンにギルド職員として来た。冒険者としてではないが、初めての冒険に年甲斐もなくワクワクしている。
そしてグラハムは手を差し出してアリア様を丁寧にエスコートすると、彼女は馬車から降り、続いてベルナさんは自ら静かに降り立った。最後にニーナが少しためらいながら後に続く。
グラハムは降り立った俺を短く見渡すと肩を少し触り装備の具合を確認していた。
次いでアリア様の装備から順に形式的なチェックを始めた。その間、ニーナは少し早足で入り口の脇にある簡素な詰所へと向かった。
基本的にダンジョン入り口には万が一魔物が出てきた時に備え、騎士が率いる兵士たちが駐在している。
その者たちがダンジョンへ出入りする冒険者を管理している。
基本的に冒険者しか入れないが、例外として騎士や俺のような冒険者ギルドの職員が許可証を提示すれば入ることができる。
詰所の木製の窓口から鎧を着た騎士や兵士が顔を出す。ニーナが何か短く話しかけると、隊長と思われる騎士が訝しむようにこちらを見た。
「珍しいな。オッサンがここに入るのか?」
隊長と思われる騎士は俺の顔を少し不思議そうに見たが、すぐに形式的な態度に戻る。
「規則ですので、身分証明書やダンジョン入り許可証を拝見します」
隣にいた部下が言ってきた。
俺はギルドマスターのゴルドから提供された許可証と、ギルド職員としての身分証を提示する。騎士はそれを慎重に確認すると「うむ」と短く頷いた。
続いてベルナさんとアリア様がそれぞれ冒険者証を騎士に提示すると、騎士はそれらにも目を通す。
「そうか、貴族家の者か。なるほど、だからこのオッサンがお目付け役というわけか」
オッサンだけどさ、オッサンオッサンと失礼なやつだなと思って聞いていたが、お前もオッサンだろうにと心の中で呟くと、騎士は納得したような表情を浮かべた。
そして、騎士は少し疑問を抱いたように俺の隣に所在なさげに立っているニーナに問いかける。
「そういえば、いつものダニーはどうしたんだ?その格好、あんた受付嬢だろ?」
「えっと・・・色々やらかしたとのことで、ギルドをクビになったそうです」
「そうか」
ニーナは少し言葉に詰まりながら小さな声で答えたが、騎士は短く返すだけでそれ以上追及することはなかった。
俺は改めてセルフチェックをし、ダンジョンに入る準備を終えた。怖さ半分、ワクワク感半分と言った感じにアリア様の指示を待ったが、中々進もうとしない。
初心者ダンジョンの入り口前でそんな風に期待とわずかな違和感が入り混じる中、静かに始まりを迎えようとしていた。
俺は初心者ダンジョンの入り口前で改めて周囲を見渡した。どんな魔物が出るのか正直自信がなかった。初心者ダンジョンの案内や記録を最後に見たのは何年前だろうか?それもあり内容が曖昧だ。実際に遭遇するとなると知識とは別だし、少し自信がなくなってきた。
前日に分かっていたら、予めおさらいをしておくのだが、如何せん出勤とほぼ同時にダンジョンに向かわされてしまった。
そこで無知を悟られないように、ベルナさんに尋ねてみることにした。
「ベルナさん、このダンジョンにはどんな魔物が出るか把握されていますか?」
「当たり前です。メイドたる者、主人のために最善を尽くすのは当然の責務。知っていて当然でしょう」
ベルナさんは鼻を鳴らし、傲然と言い放つ。
「話は分かりました。では、ニーナはベルナさンから確認しておいてください。私はアリア様が把握しているか確認します」
俺はニーナに向かって軽く頷いてからベルナさんに告げると、アリア様に向き直った。
「アリア様はこのダンジョンにどんな魔物が出るかご存じですよね?」
するとベルナさんの表情が一変し、一瞬だけ動揺したのが俺には分かった。狼狽えた様子で執事のグラハムへ視線を送ると彼は静かに頷いた。
「当然ですわ」
それを見たベルナさんは強気な態度に戻り、当たり前だと言い切った。
よほどこの執事を信頼しているのか、やはり見た目通り出来る執事なんだろう。
しかしベルナさんの動揺は俺だけが察していた。俺の耳は良い。わずかな息の乱れや声の揺らぎを感じ取れる。地獄耳と言われるのだろうが、ギルドでなるべくトラブルを避けるために、普段から聞き耳を立てるのが癖になっている。
俺たちは別れてそれぞれ話を聞くことにし、俺はニーナとベルナさんの方へ視線を向けながらも、アリア様の方へ意識を集中する。
ベルナさんは小声で説明を始めた。
「このダンジョンは三階層構造です。一階層にはスライム、ビッグラット、ゴブリンが出現し、いずれもFランクの魔物です。二階層ではこれらが小規模な群れを成し、三階層ではさらに複数の種類が同時に出現するようになります。最奥のボス部屋にはEランクのゴブリンファイターがいるとのことです」
ニーナは注意深く聞いているようだったが、普通の人には聞き取れないほどの声だったが、俺にはシッカリ聞こえた。ベルナさんは意図的に声を抑えているようだ。
そのときグラハムが口を挟む。
「ジェスロ様、このダンジョンは初心者向けであり、危険は少なく――」
俺は手を軽く上げ、グラハムを制した。
「グラハムさん、申し訳ありませんが今回はアリア様がきちんと把握しているのか、立会人の私が直接確認することが重要です。アリア様、いかがでしょうか?」
アリア様は静かに頷き、落ち着いた声で話し始めた。
「ええ、ジェスロさん。ベルナも同じことを言っていると思いますが・・・このダンジョンは三階層構造になっております。一階層ではスライムとビッグラット、それにゴブリンが出現します。すべてFランクの魔物ですわ。二階層ではこれらが小規模な群れとなり、三階層ではさらに混成の魔物が現れるようになります。そして、最奥のボス部屋にはゴブリンファイターがいて、ランクはEとなっております。時折Eランクでは有るも、Dランク寄りのゴブリンナイトが出ると聞いております」
その説明を聞きながら、俺がアリア様の知識を確認する際に、ベルナさんが動揺していたことを思い返した。主人を守ることがメイドというか従者の責務とはいえ、その情報管理にも独特の緊張感があるようだった。
そのときニーナが微笑みながら俺の方を見た。
「ジェスロ先輩、よく2人がちゃんとダンジョンのことを把握しているか確認しようとされましたね。流石、担当冒険者死亡率ゼロのジェスロ先輩ならではです!」
「まあ、伊達にオッサンと呼ばれてるわけじゃないってことだ」
その言葉に俺が肩をくすめ冗談めかして言ったものだから、ニーナは慌てて首を横に振った。
「いえ、そんな!十分お若いですよ!うちの、その・・・お父さんより少し若いぐらいですから!」
その微妙なフォローに、俺は苦笑しながらダンジョンの入り口へと視線を向ける。
「それでは各人の情報把握が適切だと確認が取れましたし、ダンジョンに入りましょうか」
俺がそう告げると、突然グラハムが感慨深げに息を吐き、どこか遠くを見るような目をした。
アリア様が俺の声に頷き、ダンジョン入り口を囲う門へ向かおうとした瞬間、それまで冷静だったグラハムが急に慌てた様子で前へ出た。
「お嬢様、決して無理をしてはなりませんぞ!」
俺とニーナはこれまでのピシッとした感じから一変、取り乱している感じの老執事に目を丸くした。
「回復ポーションは・・持たれましたか!?まさか、持っていないなどということは!・・・」
その声にアリア様は手で制し、ため息混じりにポーチを開くと中から小瓶を取り出す。
「今朝セバスチャンが用意した物を渡してきたではありませんか。ちゃんと身に着けていますわ。もう、心配しすぎですわよ」
そう言ってポーションを軽く振ってみせる。確かにグラハムの細やかな準備のおかげで、必要なものはすべて揃っているはずだと思われる。しかし、グラハムはなおも眉をひそめた。
「それでは足りぬかもしれません・・・追加で持たれた方が――」
さらに心配を募らせていた。
ベルナさんは呆れたように息を吐く。
「じいや、落ち着きなさって下さい。らしくありませんことよ。一度お嬢様がダンジョンに入るとご決断なされたのですから、余計な口出しはお控えくださいませ」
俺に話す時同様冷たく言い放つが、口調が心なしか違う。
俺に対して冷たいのではなく、恐らくアリア様やその家族以外にはこうなのだろう。
振り向くとニーナもその様子を苦笑しながら見つめていた。
「本当にお嬢様のことを大事にされているんですね」
そして俺はそんな執事の様子を眺めながら、心の中でぼそりと思う。
最初は貴族だからと警戒していたけど、いざ接すると普通の人と変わらないな。あのカッコよかった老執事が、今やただの好々爺だよな・・・歳をとった時にあんなふうになっていたらな!と思うほどの佇まいが台無しだが、人間味があって安心したよ。
その瞬間、グラハムは深々と息を吐き、どこか遠くを見るような目をした。
「じいやは・・・じいやは、お嬢様とともに行けぬことが、ただただ恨めしい!・・・」
そう嘆くや否や、大粒の涙が溢れ、彼は素早く懐からハンカチを取り出し、目元を押さえながらすすり泣く。
「どうか、ご無事で!・・」
ハンカチで涙を拭いながら、震える声で見送るグラハム。
「こうなると帰るまで泣きっぱなしですわね」
「執事さんってこんな方でしたっけ?」
その姿にベルナさんは冷めた目を向け肩をすくめたが、ニーナと俺はその光景を眺めつつ、戸惑いながら苦笑している。
やはりグラハムに至っては、もはやただの好々爺だよな・・・
そんな心の中でほくそ笑みつつ、俺はアリア様とベルナさんと共にダンジョンへ入るべく、ダンジョン入り口の門がある建物へと足を踏み入れるのであった。




