第33話 提案
馬車の旅が始まり、初日の終わり掛けのことだったわ。
隣からいびきが聞こえ、私の肩に彼の頭が・・・ベルナはわなわなと震えていたけれども、手で制すとそっと私の膝の上に彼の頭を置いたの。
殿方を膝枕したのは初めたけれども、不思議な感覚だったわ。
少し無理な姿勢だとは思うけれども、盛大ないびきが聞こえ、鼻をつまむとフゴフゴとなるも、いびきはピタリと止まり、少しするとまた始まるの。
無理もないわ。
あのゴブリンジェネラル、そしてキングとの連戦。その前に大量のナイト相手に結露を開くなど、私を守りながらの戦いは大いに疲弊したと思うの。
そんな中、目を覚ました彼をそっと起こすと私は意を決して話しかけることにしたの。
「あの・・・ジェスロ様」
「はい、アリア様」
私の言葉に彼は不思議そうにし、まだ眠たげな顔をこちらに向けたの。
少し躊躇したけれども、意を決して私は震える声で切り出した。
「わたくし・・・ジェスロ様に戦い方を教えていただきたく・・・」
彼は一瞬、困惑したように目を見開いた。無理もない。高貴な身分のお嬢様がなぜ戦い方を?と不思議に思ったのでしょう。
「えっ!戦い方ですか?なぜまた急に?」
「わたくしこれまでずっと護衛の方々に守られてばかりで・・・いつか自分でも何かできるようになりたいと・・・漠然と思っておりました。それにジェスロ様が戦っているお姿は・・・本当に、その・・・とても力強く素敵でしたの・・・」
私は顔を赤くしながらも真っ直ぐに彼の目を見て言ったわ!彼の戦う姿は私にとって大きな衝撃だったの。でも、まるで告白のようで恥ずかしいわ。
「なるほど・・・戦い方ですか」
ジェスロ様は顎に手を当て少し考え込む様子を見せた後、一つの提案をしてくれた。
「それなら俺は毎朝自主訓練をしているので、まずそれを見てみますか?それからどうするか考えましょう。今日ダンジョンで見た通り、あまり戦い方を知りませんけれども良いのですか?私は昔、ある冒険者の方に数日間剣の稽古をつけてもらった以外は、書物や人から聞いた話等の知識からだけなんです。それでよければですが」
私の心臓がドクンと大きく鳴った。彼の言葉に私の目はきらきらと輝いた。
彼は自らの出自や力を隠している。
昔、剣の稽古をと言ったのは嘘ではないのでしょうが、相手はきっと名のある剣士だったのでしょう。でも数日というのは嘘ですわね。少なくとも数年に渡り教えを請い、その技をマスターしたのでしょう。
ひょっとしたら本当に数日なのかしら?なるほど、そうですわね!彼は凡人が習得に数年かかる剣術を、僅か数日で習得したのね!私の考えは浅はかだ。
「本当ですか!?是非ともお願いしますわ!」
隣にいたニーナさんが驚いたようにジェスロ様を振り返った。
「ええっ!?先輩ってそんなことしてたんですか!?」
ニーナさんの言葉にベルナは小さくため息をついたわ。
「ジェスロ殿が自主訓練と称し、お嬢様に良からぬことをしようものならちょん切りますわよ」
私はまたベルナに呆れられているジェスロ殿を少し気の毒になったわ。でも何をちょん切るのかしら?鼻はやめてあげて!あの鼻が更に潰れたらかわいそうだわ・・・
彼の輝く瞳を見るに、私の願いを無下に断るわけは無いと分かっていたわ。
馬車がわずかに速度を落としたので、セバスチャンが小窓を開けて御者と確認をしているわ。
「まもなく次の検問所とのことです。今のところ異常はございません」
状況を告げたので、私が頷くと先を続けたわ。
「アリア様、ここから先は少し街道が荒れます。何かご不便はございませんか?」
私はゆっくりセバスチャンに視線を戻し、小さく首を横に振った。
「構いません。ジェスロ様が隣にいますし、いざとなればしがみつきますから」
そう、ジェスロ殿が隣にいる。この言葉は彼への信頼と、私自身の覚悟の表明だった。
彼の疲れた顔と、わずかに強張らせた肩を見て、私は密かに決意する。彼一人にこの重荷を背負わせるわけにはいかない。私も戦えるようになり、彼の右で彼を支えることにより負担を減らしたい。そう、強く願ったの。
王都に着くまで私は彼に稽古をつけてもらう。表向きは護衛として同行してもらう。しかしその真意は彼自身の力を、そして私の求める【守護者】という名目を確実に手に入れるため。そして願わくば、彼がいつかこの私をただの【小娘】としてではなく、一人の女として見てくれる日が来たら・・・
私の秘めたる想いと、王族としての使命。そして見えぬところで繰り広げられたニーナさんの隠密行動。この馬車の中には幾重もの思惑が交錯していたわ。
頑張るのよアリア!よしっ!




