第31話 天然とメイド長
年配と言うか初老のメイドは、俺の目の前に来ると、値踏みするかのように頭の先から足元までじろりと見てからため息をついた。
「ニーナ様とジェスロ様ですね。お待ちしておりました。わたくしアリア様付けのメイド長を仰せつかっておりますシュナリスにございます」
シュナリスと名乗ったメイド長は深々と頭を下げると、まっすぐニーナと俺に視線を向けた。
「では、まずはお着替えを。護衛の方はこれに着替えて頂きます」
シュナリスは有無を言わさぬ口調で、言い放つとともにニーナの腕を優しく、しかし確かな力で掴む。
そのまぐいっと取俺の腕を掴んでいたニーナを引き剥がした。そして俺の腕も掴むと、グイグイと歩き出す。ベルナさんの方を見ると、お辞儀をして送り出された。
「え、ちょっ!」
声を上げる間もなく、ニーナと共に別の部屋へと案内された。
連れてこられたのはさして広くない部屋だった。普段俺が使っている官舎の部屋よりはマシだが、到底「広々とした」とは言えない。
普通の部屋なのだが、ベッドは立て掛けられ端に寄せられていた。
そこには普段着慣れない上質な布地の服が何着も並べられており、そしてその奥には——
「長旅に耐えられるよう、護衛を考慮した適切な装いを整えさせていただきます。さあ、時間がありませぬ。躊躇している暇はありませんよ、ジェスロ様」
シュナリスが俺に有無を言わさぬ圧をかけてくる。
「え、ちょっ、俺護衛じゃな・・・」
俺が言いかけると、シュナリスはフッと冷笑を浮かべ、有無を言わさぬ手つきで俺の服を剥ぎ取り始めた。抵抗しようにもその手は尋常じゃない力で、あっという間に俺は肌着姿にされた。
「ひ、ひえっ、恥ずかしい!」
思わず縮こまろうとすると、シュナリスはピシャリと言い放った。
「だまらっしゃい!」
パチン!と乾いた音と共に、俺のお尻に強烈な平手打ちが飛んできた。
「は、はいっ!」
反射的に背筋を伸ばすと、シュナリスは満足そうに頷いた。しかし次の瞬間、シュナリスの手が俺の股間へと伸びてきた。
「ひぃっ!?」
俺は思わず悲鳴を上げた。何が始まるんだと、全身に悪寒が走る。
「ほう。中々立派なものをお持ちで」
シュナリスは淡々とそう言い放ち、俺の股間を掴んだまま顔色一つ変えない。俺の全身は恐怖で震え上がった。
「言うことを聞かぬのでしたら、このシュリナスが夜伽をいたしますぞ?」
シュリナスはどこか楽しげに、しかし真顔でそう告げる。俺は震えながら必死に言葉を絞り出した。
「け、結構です!や、やめてください!聞きます!言うことを聞きますから!」
するとシュリナスはフッと笑い、他のメイドたちに指示を出した。
「サリナ!下着のサイズはこれぐらいでよろしい!」
「は、はい!承知いたしました、シュリナス様!」
シュリナスが股間を掴んでいたのは、どうやら服のサイズを測るためだったらしいが、若くて綺麗な女にされたのならちょっと嬉しいが、初老のメイド長にされたら恐怖しかないぞ!他のメイドたちが手早く俺の採寸を始めたが、俺はシュリナスの言葉を思い出し、ある意味で恐怖に震えが止まらなかった。
俺が羞恥と恐怖でガクガクとしている間にも、シュリナスは指示を出す。そして、そこには——
「長旅に耐えうる、と申し上げたでしょう。王都への道中、何があるか分かりません。それにお嬢様を護衛する以上、ジェスロ様には最高の防御が必要です。さあ、時間がありませぬ」
シュリナスが指差したのは、部屋の隅に意味深に鎮座している全身を覆うフルプレートアーマーだった。ピカピカに磨き上げられ、威圧感を放つそれは、どう見てもネタ装備としか思えない。
「こんなものを!?」
俺は内心『マジかよこれ・・・』と頭を抱えながらも、シュリナスの圧倒的な圧力には逆らえない。
「そ、装着の仕方が・・・」
俺がようやく抵抗の言葉を絞り出すと、シュリナスはニヤリと笑った。
「問題ありません。そのために我らがおります」
そう言うと、子育てを終えたような年齢のメイドたちが俺を取り囲み、まるで着せ替え人形でも扱うかのように、あれよあれよという間に重たい鎧を装着させ始めた。 ガチャガチャと金属音を響かせながら、慣れない重装甲に身を包む俺の姿は、さぞかし情けないものだったろう。
何で若いメイドじゃないんだよ!
着替え、いや、装着を終え、フルプレートアーマー姿で部屋から出て隣の部屋に行くと、そこにはすでに着替えを済ませたニーナとアリア様、そしてベルナさんが待っていた。ニーナは可愛らしい旅装に身を包み、目を輝かせていた。
俺の姿を見た瞬間、ニーナは「あはははは!」と腹を抱えるように大爆笑したが、その笑い声は宿中に響き渡る勢いだ。
琴線に触れたのか、隣りに居るベルナさんの背中をバシバシ叩きながら笑いが止まらない。
ベルナさんは痛いのかどうか分からないが、僅かに口角が上がるのみだ。
「せ、先輩!な、ななな何ですかその格好は!あはははは!」
ニーナは笑いすぎて目尻に涙まで浮かべている。そんなニーナの隣で、アリア様は顔を引き攣らせながらも必死に表情を保とうとしていた。
「ジェスロ様、お、お似合いですわ・・・」
その声は、どう聞いても無理をしているのがありありと分かる。しかしベルナさんだけは違った。彼女は静かアリア様の言葉の後、更に口角を上げ「フッ!」と軽く、しかし含みのある笑みをこぼした。
「くそっ!ベルナまで笑いやがって!」
慣れないフルプレートアーマーの重さと、恥ずかしさで足元が覚束ない。一歩踏み出したつもりが重心が崩れ、俺は前のめりに体勢を崩した。
「うわあああっ!?」
とっさに両手を前に伸ばすが、分厚い金属の籠手では意味がない。俺はそのまま、運悪く(いや、必然か?)俺の真正面に立っていたベルナさんを盛大に押し倒してしまった。
「っ!?」
ガシャンと金属音と共にベルナさんの短い声が上がる。フルプレートアーマーの重さも手伝って、まっすぐ倒れ、完全に彼女の上にのしかかる形になってしまった。鉄板がぶつかる鈍い音が響き、宿のロビーにいた他の人々が皆、ギョッとした顔でこちらを見たことだろう。
「す、すまんベルナ!大丈夫か!?」
慌てて身を起こそうとするが、慣れない鎧が邪魔をして上手く動けない。その間にもベルナさんの顔は青ざめ、その目が大きく見開かれていた。普段の冷静沈着な従者らしからぬ表情だ。
その時、ベルナさんの上に覆いかぶさる俺のヘルムが剥ぎ取られ、ガシャンと音を立て床を転がる。そして、間髪入れずに何かが俺の頬を直撃し、パシッ!と乾いた音が響く。
「獣!!」
ベルナさんの怒声が響き渡る。俺の頬に何が起こったのかは彼女を見て理解したが、まさかのベルナさんからの平手打ちだった。その一撃はヘルムで覆われていない右頬にモロに食い込み、俺の顔は情けないほど歪んだ。
「いってええええええええええ!!」
痛みでのたうち回る俺を、ニーナが興奮した目で見つめていた。いや、痛いのは肉体じゃなく、俺のハートだ。
「ベルナは容赦ないですね!」
俺の頬にはベルナさんの小さな手のひらの跡がくっきりと残っていた。
そんな俺を憐れんだニーナがベルナさんに駆け寄り、彼女の手を取って必死になだめ始めた。
「べ、ベルナさん!大丈夫ですか!?先輩もひどいですが、あれは事故ですから!ね!」
ニーナは一生懸命、ベルナさんにそう言い聞かせる。
「た、確かに、先輩はデリカシーがないし、足も臭いし、胸をチラチラ見るおっぱい好きな変態ですけど、嫌がる女性を無理やりなんてことをする人じゃないですよ!」
ニーナの渾身?のフォローに、俺は仰向けに転がったまま叫んだ。
「おいニーナ!それフォローしてんのか貶してるのか分かんねえぞ!おっぱいが好きで悪いか?それにな、男でおっぱいを嫌いなやつは居ないんだぞ!」
俺のドヤ顔にベルナさんは眉をピクリと動かし、複雑な表情でニーナを見つめている。だが、ニーナはさらに畳みかけた。
「それにいくら特定の女性のいない哀れな先輩とはいえ、同じ部屋で寝ても夜這いする度胸もないヘタレですけど、いつも庇ってくれる良いところもあるんですから!だから、その辺にしてあげて欲しいなって!」
ニーナの言い訳に俺はもう反論する気力もなかった。ちょっと待て、同じ部屋ってどう言うことだよ?確かにニーナたちの新人研修で講師をした時、大部屋で皆が寝た時はある。そこでそんな事するやつおらんぞ!って俺は酔い潰れていた、いや、お前が大量に飲ませてつぶしただろ!!あの後二日酔いが酷かったんだぞ!
ベルナさんは小さくため息をつくと、顔をこちらに向け、冷静に言った。
「では、ジェスロ殿、態度で示してください」
「は、はい!」
俺は迷わず、即座に必殺技たる土下座を敢行した。全身をフルプレートアーマーで覆われたまま地べたに伏せ、深々と頭を垂れる。ガシャン、ゴチン、カキーンと重い金属音が響き渡り、まるで大きな甲虫がひっくり返ったような、情けない姿になった。
ベルナさんは俺のそんな情けない姿を見て呆れたのか、はたまたドン引きしたのか目を見開いた。
「そ、そのような謝罪を求めたのではないのですよ!」
ベルナさんは呆れと困惑の混じった声で呟いた。そして、自分の手のひらを見つめ、小さく首を振った。
「驚いてつい手が出てしまいました。申し訳ありません。ジェスロ殿・・・確かにニーナ殿の言う通り朴念仁ですわね」
俺の頬には、ベルナさんの小さな手のひらの跡がくっきりと残っていた。
「駄目ですな」
シュリナスが近づいてきて、深々とため息をついた。
「やはりそちらの鎧は不慣れなご様子。旅の安全を考えると、ジェスロ様の装備は動きやすい方がよろしいでしょう」
「誰が俺にこれを着ろと?・・・どう見ても鎧に着られている感じだぞ」
俺がぼそりと呟くと、アリア様が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あの・・・その鎧、私がジェスロ様にお似合いだと思いまして、わたくしが購入したのですが・・・」
「あかん、この人、天然だ」
俺は心の中で毒づいた。まさかこんなネタ鎧を純粋な善意で選んでいたとは。
するとメイド長がアリア様に向けて口を開いた。
「お嬢様。確かにジェスロ殿のような方を立哨させるのであればこれで良いでしょう。しかし、お忘れですか?これから馬車に乗るのです。ですのでこれは少々重いかと思います。お聞きした戦い方からしましても、ジェスロ殿には軽量な物を装備させ、軽快に動くのがよろしいかと存じます」
「そうですわね、確かにその方が・・・」
アリア様とメイド長はよく分からない専門的な話で頷き合っている。俺の気持ちは完全に置いてけぼりだった。
早く脱ぎたい・・・




