第3話 移動と自己紹介
ダンジョンへ向かう準備が整ったので、ギルド前に停められている馬車へと向かう。
馬車の傍らにいるのは、格好から執事の老人――名はグラハムというらしい――が、長年の経験を感じさせる隙のない、いかにもといった執事に見える。
俺も年食ったらあんな感じの格好良い年寄りになれたらなと思うほどだ。
白髪混じりの髪を整えた執事さんは、滑らかな動作で馬の手綱を握ると、落ち着いた声で俺たちに告げる。
「では皆様。そろそろ乗り込んでいただきますようお願い致します」
馬車の扉が開かれると、最初にアリア様が優雅に乗り込み、振り返って微笑んだ。
「わたくしはアリアと申します。本日はよろしくお願いいたします。こちらは従者のベルナですわ」
アリア様が簡単な自己紹介を済ませると、その後ろをメイド服を着た従者のベルナさんが軽く会釈のみして静かに続く。続いて新人受付嬢であるニーナが乗り込もうとして、僅かに足元を気にする。
「えっと・・・私、先に乗っても大丈夫ですか?」
周囲を気にしながら俺に問いかける。
「気にするな。さっさと乗ったほうがいい」
ニーナは小さく頷いて、慎重に馬車の中へ入る。俺は最後に乗り込み、扉を閉じると馬車の内部に広がる微妙な空気を感じた。
座席は向かい合う形で配置されている。俺は馬車の隅に少し身を寄せるが、隣には所在なさげに身を縮めるニーナがいた。もちろん向かい側にはベルナさんとアリア様が座っている。
「では、出発いたします。」
執事のグラハムが静かに告げると、馬車がゆっくりと動き出した。
執事のグラハムが静かに告げると、馬車がゆっくりと動き出した。
馬車が小刻みに揺れ始めたが、沈黙が続く。気まずい雰囲気を払拭しようとしたのか、ニーナが小さく息を吸い込み、ためらいながら口を開いた。
「えっと・・・初めまして。ニーナと申します。ギルドの受付をしていますが、今日はダンジョン入り口までアリア様に同行することになりまして・・・皆さん、よろしくお願いします」
礼儀正しく自己紹介したが、ベルナは興味なさそうに視線を流し、「名乗る必要はない」と言い放つ。
「ベルナ、ちゃんと名乗って。今日ダンジョンへ同行していただくのですよ」
アリア様が申し訳なさそうに促した。
「ベルナ・ラングレー。お嬢様付きの従者。それ以上伝える必要はない」
ベルナさんは渋々ため息をつき短く告げた。
「あのう・・・」
俺は意を決して口を開いた。
「今回ダンジョンには、アリア様とベルナさん、私の三人で入るのでしょうか?」
ベルナさんは訝しげな目を向けた。
「見て分からぬのか?そちらの受付嬢は制服から察するに、馬車でお留守番であろう?」
冷たく言い放ち俺へ向けられる視線が鋭さを増す。
「そう言う貴殿は?」
「ジェスロ。ギルドの受付兼鑑定係です」
俺はベルナさんの視線にビクつきながら短く答えたが、その目が細まり冷たく言い放つ。
「受付?・・・」
「ええ・・・冒険者ギルドの受付兼鑑定担当です。つまりこのニーナ同様制服組です」
ベルナさんはさらに冷たい視線を向ける。
「まさか、戦闘経験がない・・・なんて言わないでしょうね?」
空気が冷え込む。
俺は迷ったが嘘をつく理由もない。
「ないです。ギフトも鑑定で、スキルもないですから・・・」
その瞬間、ベルナさんの唇が冷たく持ち上がる。
「やはり、ただの受付。ならば――」
馬車の空気がさらに張り詰めた。
「貴様は余計なことをせず、自分の身を守っていることだ。お嬢様の足を引っ張るような真似をしたら・・・許さぬぞ」
俺を睨むとさらに言葉を続ける。
「念の為伝えておくが、いざとなった時、貴様とお嬢様のどちらを取るか・・・言うまでもないと思うが・・・」
俺は何も言えずただ視線を落としたが、アリア様がベルナさんの話を遮った。
「ベルナ、言い過ぎよ・・・」
「お嬢様のためです」
アリア様はベルナさんをたしなめたが、彼女は表情を変えず短く返すだけだった。
隣でメイド服の美丈夫の言葉を聞いていたニーナは、申し訳なさそうに俺に小さく頭を下げた。
彼女はベルナの言葉を不快に感じているのかもしれない。
俺は深いため息をついた。思った以上に、この冒険は険しいものになりそうだ。
馬車の揺れの中、再び重苦しい沈黙が続いていた。ベルナさんの冷たい視線が、まるで獲物を定める猛禽のように俺を射抜いている。
やはり美人は怖いと言うか、苦手だし相性がどう見ても最悪だ。
そんな中疑問点があり、意を決して俺は口を開いた。
「ベルナ様、失礼ですが、そのお召し物からはあまり戦闘をするようにはお見受けしませんが・・・いかがでございましょうか?」
その瞬間、ベルナさんの顔が歪んだ。まるでゴミを見るような冷たい視線が俺を射抜く。次の瞬間、彼女は突然スカートをたくし上げた。現れた白い脚には小型のメイスがベルトで固定されている。何が起こったのか分からず一瞬ドキリとしたが、ベルトの巻かれた脚は細いも、中々鍛えられ無駄な肉が無いなと感じた。
ベルナさんはすぐにスカートを直すと冷淡に答える。
「これでも戦闘系のギフト持ちで、見ての通りメイスを武器としている」
アリア様が微笑みながら言った。
「ええ、そちらのメイスはわたくしがギフトで作ったもので、ベルナは愛用してくれているのです」
少し照れたように続ける。
「作った側としては嬉しいのですが、まだ最近武器を作れるようになったばかりで、あまり強力なものは作れなくて・・・ベルナにはもっと良い武器を買いましょうと言っているのですが、首を縦に振らないのですわ」
しかしベルナさんは先ほどまでの冷たい態度から一変し、熱を帯びた声で話し始めた。
「何をおっしゃいますか、アリア様!このメイスはアリア様がわたくしの為に心を込めて作ってくださった、何よりも大切な宝物でございます!最近お作りになられ始めたとはいえ、その込められたお心遣いは、どんな名工の作った武器にも勝るとも劣りません!わたくしにとって、このメイスは命と同じくらい大切なのですわ!」
ベルナさんについて短い時間ながら思ったのは、普段は必要なこと以外ほとんど口を開かないタイプで、感情の起伏も少ないように見える。口調も硬く、少し女騎士のそれだったが、今は饒舌に、しかも令嬢のようになっている。彼女の地の口調はなんなんだろうか?俺に対する話し方とは打って変わり、信じられないほどの熱量でアリア様への感謝とメイスへの愛情を語り始めたのには正直驚いた。
「へー、なかなか熱いな」
かなりの忠誠心なんだなと、俺はその意外な熱意に内心驚きながら呟やくとニーナの方を見たが、二人して苦笑いを浮かべるしかなかった。
馬車が止まるまでの間、ベルナさんは熱心にアリア様の素晴らしさと、贈り物であるメイスへの深い思い入れを語り続けたが、毒づかれるよりはマシだなと、俺たちは聞き入ることにした。




