第28話 魔石鑑定
街に入った後は特に何もなく、馬車はゆっくりと進んでいったが、あっという間に冒険者ギルドの建物が視界に入ってきた。
俺、ニーナ、ベルナさんが降りると、アリア様は執事のグラハムと数言言葉を交わした。
そして手招きしたベルナさんに何やら話すと、そのまま馬車は去っていった。
また、ベルナさんが俺を逃がさないとばかりに腕を組むようにし、俺の腕をしっかりと掴んでいる。その腕がやわらかい胸に当たっているが、やはりデカい。
その幸せな感触に、にやけないようにするのが精一杯だったが、なぜか隣にいたニーナに足をふまれた。
「あいたっ!」
「ジェスロ殿、どうかされましたか?」
思わず呻くと、ベルナさんが不思議そうに尋ねてきたが、ニーナが横から口を挟む。
「石でも踏んづけたんでしょ。どうせ私はそんなに大きくないですもん!」
何故かベルナさんから俺に対しての問いに、ニーナが答えたが、大きくって何のことだ? それよりベルナさんが俺を逃がすまいとするようにしているが、こんな何の取り柄もないオッサンのどこに需要があるんだろうか?自分でつぶやいていて悲しくなるが、お貴族様には逆らえない。
まあ、話からすると、俺が得たギフトに期待しているようだから、まあ、ギフトに用があるんだろうな。
「ジェスロ殿、参りましょう」
そうして俺は半ばベルナさんに引きずられるようにギルドの建物へと向かう。
ギルドの扉を勢いよく開け、俺は珍しく受付カウンターの奥にいたギルドマスターの元へとまっすぐ向かった。やや憤慨気味に声を荒げるようにまくし立てた。
隣には静かにベルナさんが控えている。
「マスター!一体なんなんですかあのダンジョンは!あんな危険な場所に戦闘系のギフトを持たない俺を何だと思って送り込んだんですか!おかげで死ぬところだったんですよ!」
マスターは冷静な表情で俺を見下ろした。
「ジェスロ、何か文句があるのかね?これで冒険者が何と戦っているか分かったろ?死にかけたって、冒険者は皆命を張ってるんだぞ。それにちゃんと帰ってきたじゃないか」
淡々としたその内容はぐうの字も出ないほどで、俺はあっさり言い含められた。
「確かに冒険者って凄いと思いましたよ。しかし・・・」
俺の言葉を遮るようにしてマスターが続ける。
「まあいい。それよりもだ——」
その時、近くの受付カウンターにいたいつも冷たい視線を送ってくる受付嬢が小さく呟いた。
「死ねば良かったのに・・・」
「やっぱり俺ってそこまで嫌われてるんだ。ハァ・・・」
俺はその言葉に項垂れたが、隣にいたニーナはその言葉を聞いて明らかに怒りを滲ませ、わなわなと体を震わせていた。今にもその受付嬢に食ってかかりそうなのを察し、俺はそっと肩に触れて制止した。ニーナが憤慨したまま振り返った時、俺は静かに首を横に振った。
マスターは受付嬢の呟きには頓着せず、落ち着いた声でベルナさんとニーナに告げた。
「従者殿、ニーナ。ジェスロと二人だけで話がある。悪いが少し外してくれ」
ベルナさんは即座に反応した。
「畏まりました。そこの席でニーナ様とお待ちしております」
マスターは頷くと踵を返し、ギルドの二階へと続く階段を上り始めた。俺も少し遅れてその背を追う。
階段を上がっている最中、階下からニーナの明るい声が響いてきた。
「先輩、これから王都に行くんで頑張ってくださいね!」
その声に、階下の受付嬢の1人は顔を顰めているのが見えた。
「何を言っているのですか?ただでさえ忙しいのに、王都に遊びに行くなんて大した身分だこと」
「お貴族様のお供ですよ!ジェスロ先輩と一緒ですが、よかったら代わりますよ!」
ニーナの無邪気な(?)提案に、その受付嬢は盛大なため息をついた。
「はぁ・・・何故私のような美しい受付嬢があのような枯れたオッサンと・・・それより貴族とのゴタゴタに巻き込まないでくださるかしら?」
「じゃあ、そういうことで!」
ニーナはそう言ってにこやかに手を振ると、受付嬢はさらに不機嫌な顔でこちらを睨みつけた。主にマーヤと話しているな。
俺はそんなニーナと受付嬢たちとのやり取りを呆れたように見つめ、小さく『なにやってんだかな・・・』と呟いた。
そのまま階段を上り切り、マスターの後を追って執務室へと入る。
執務室に入ると、マスターはすでに自分の机の前の椅子に座っていた。俺も促されるまま、その向かいの椅子に腰を下ろす。
「ふむ。それで、アリア様と従者殿の鑑定はしたのか?」
俺は頭をかきながら答えた。
「はい。アリア様は【付加価値】という、物に既存の価値以上の何かを付与する能力でした。従者のベルナ嬢は【メイドの嗜み(メイド・マナー)】という、素手での戦闘技能や周囲の物を武器として活用する能力でした」
ギルドマスターはフン、と鼻を鳴らした。
「ほう。どちらも強力なギフトだな。アリア様のは珍しいが、で、お前さんのはどんなだ?」
俺は途端に言葉に詰まった。
自分のギフトのこととなると、どうにも歯切れが悪い。
「それが・・・鑑定前に砕けてしまって、まだ分からないんです」
そう答えた瞬間、ギルドマスターの目がスッと細まった。
「ジェスロ、やはりお前もボス部屋に入ったのだな?」
その言葉に俺は「あっ!」と声を漏らした。
俺は先々面倒になると思い、ボス部屋に入ったことを伏せるつもりだったのだ。それなのに、マスターの初歩的なカマ掛けにまんまと引っかかってしまい、自ら暴露してしまった。俺の顔はさぞかし見事なほどに、ポカーンとした顔になっていたことだろう。
ギルドマスターはそんな俺の表情を見て、小さく笑った。
「ふむ。それで、鑑定のためにアリア様たちと王都に行くのだろう?自分自身は鑑定できないからなぁ」
「は、はあ、そうなんですが、どうしましょう?」
俺が思わず愚痴のようにそう口にすると、ギルドマスターは腕を組み直して言った。
「お前なぁ、お貴族様の要望を断るほど愚かでもあるまい。そうだな、ニーナも連れて行け」
俺は驚いて聞き返した。
「え?ニーナもですか?」
マスターはフッと小さく笑うと、俺の肩をポンと叩いた。
「お前だけだと、世間知らずな上に変な女に引っかかってしまわないかと不安だからな。ニーナがいれば良い目付けになるだろう。それに、これまでろくに休みをとらなかっただろ?良い機会だ。丁度王都のギルドマスターに渡したい書類もあるし、ニーナの見識を深める良い機会にもなる。王都観光でもしてこい」
「良いんですか?」
ギルドマスターはそんな俺の言葉にフッと笑みを浮かべた。
「うむ。ちょうどいい。人物鑑定はできんが、武具やアイテムの鑑定ができる鍛冶職のギフト持ちが職員になりたいと来たからな。本来はあの混雑を緩和するべく登用するはずだったのだが、お前さんの穴埋めとしてはちょうどいいだろう。魔石の鑑定は難しいものだけ魔道具で見るとするか」
マスターはそう言いながら、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「お前さん、実は高ランクの魔石以外は能力を使わず鑑定してたろ?受付嬢連中より精度が高いが何かコツがあるのか?」
ギルドマスターの言葉に、俺の心臓はドキンと大きく跳ねた。ギルドマスターが知るはずのないことだ。しかし、この時の俺はマスターの言葉が俺の動揺を見抜いてのカマかけだとしか思わなかった。ニーナを王都に連れていきたいと俺からは切り出さずに済んだと、ひたすら運が良かったとしか思えなかった。
「魔石の鑑定は、手持ちの道具を使ってます。持ってきましょうか?」
俺は平静を装ってそう答えた。だが、ギルドマスターはすぐに首を横に振る。
「いや、それを受付嬢の誰かに貸してやることは出来ないか?」
「別に良いですが・・・嫌がりませんか?」
なぜそんなことを?と疑問に思いつつも、俺は頷いた。
「嫌がる?むしろ感謝するだろうさ。じゃあ早速使い方を教えてやれ。時間はかかるのか?」
「5分もあれば」
「なら早速引き継ぎを兼ねてやってくれ。下に降りたら従者殿とニーナを呼んでくれ。ニーナに王都行きの話をし、従者殿にニーナを同行させたい旨を頼まねばな」
「はあ・・・で、誰に渡したらよいですか?」
俺が尋ねると、ギルドマスターはニヤリと口の端を上げた。
「わしに聞くな。自分で考えろ。好みのやつはいないのか?」
「ニーナ以外の受付嬢から嫌われているのを知っていますよね?」
「うむ。そうだな、わしなら胸が一番大きいやつに渡すな」
「ハァ・・・」
俺は思わずため息をついたが、エロ親父に聞いたのが間違いだったと心底思った。
そのため息を聞いたマスターは、フッと笑いを引っ込めて真面目な顔つきになる。
「真面目な話、意趣返しはどうだ?それを渡されて一番驚きそうなやつに渡して、その驚く顔を見るのも面白そうじゃないか?」
ギルドマスターの言葉に、俺は思わず頭の中で受付嬢たちの顔を連想した。
(一番驚く・・・意趣返し・・・胸が一番大きいやつ・・・)
そこで、ふと一人の受付嬢の顔が浮かんだ。見た目だけはベルナさんに匹敵する美人で、俺に対して常に高飛車でマウントを取ろうとするのだ。新人の頃は今のニーナのように、少しだけなついていたのに、今ではなぁ・・・お察しである。
オッサンは女心が分からず、特にベロニカのような美人は苦手なんだよな。どこで嫌われるようなことをしたんだろうか?・・・わかりましぇん・・・
これで許してくれたら御の字だな。怒っている顔も悪くないが、ポカーンとした顔は・・・よし、ベロニカにしよう!




