第25話 能力鑑定の始まり
ベルナさんが馬車を止めるように告げると、セバスチャンは手綱を引き、街道の脇に馬車を静かに停止させた。
そしてセバスチャンは直ぐにドアを開け俺の方を見る。
「念のため私が周囲を警戒いたします」
セバスチャンはそう言うと俺に手を差し出した。
「もしよろしければ、貴殿の剣をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか?業物と聞き申しましたので」
状況はよく分からないが、セバスチャンの真剣な表情に俺は腰に差した二本の剣のうち、一本を迷いなく手渡した。セバスチャンは無言で頷き、馬車から降りて周囲の警戒を始めた。
馬車の中には俺とベルナさん、アリア様の三人だけが残された。アリア様は、窓の外を心配そうに見つめ、僅かに眉をひそめている。
「あの・・・ベルナさん、アリア様が少し不安そうなのですが、もしかしたら何かあったのでしょうか?」
俺が小声で尋ねると、ベルナさんは短く答えた。
「先ほどのお祖父様の取り乱したご様子にあきれ、もとい、まだお心を痛めていらっしゃるのでしょう。まったく良い歳をして・・・・」
アリア様は俺たちの会話に気づいたのか、静かに首を横に振った。
「いいえ、そんなことは・・・私がどの様な能力を賜われるのかと、期待と不安が有るだけですから気にしないで下さい」
「そうですね。では早速ですがお嬢様の鑑定からお願いします」
ベルナさんがそう言うと、アリア様は少し緊張した面持ちで右手に持った半透明の玉を俺に差し出した。町まで待てないのか?馬車を止めさせてまで今この場で鑑定か・・・余程冒険者をしたいのかよく分からないが、これまでの様子から戦闘系をやたらと求めていたな。
「お、お願いします」
俺は少し挙動不審なところがあるアリア様から受け取ると、能力玉に右手を慎重に翳した。
これまで散々鑑定してきたのと同じだ。
2人は加護の習得を強く絶望していたが、これは残念ながら加護玉ではない。
これまでに2度お目にかかったが、これには加護玉の特長が見えない。
期待しているので今の段階で言わないけど、能力玉で得られる能力はピンキリで、ハズレと言われるのから、加護を超えるほどのギフトも無くはない。
さて、鑑定準備をしますか・・・
玉の中心部に直接触れることはできないが、すぐ近くに感じる淡いぬくもり。集中すると玉の内部から情報が流れ込んでくるような感覚があった。
「・・・準備ができました」
俺がそう小さく言うと、ベルナさんは俺の左手を取り自身の手に重ねた。するとその上へアリア様がそっと左手を添えた。三人の手が重なり、不思議な一体感が生まれる。
一番下がベルナさん、俺の手、最後にアリア様の手と、俺の手は女性2人にサンドイッチされている。
(なるほど、俺の方から触れてるんじゃなく、向こうから触っている形か。これなら情報共有した鑑定できるな。こちらからお貴族様の、それも女性に触れるのは不敬になるからな)
情報は俺の意識へと徐々に流れ込んで来る。重なり合った手から女性特有の柔らかさが俺の意識に入り込み、集中を乱す。
このままだと初心者程度の情報しか鑑定できないから、意識をアリア様とベルナさんの手から切り離し、目の前の能力玉に集中する。すると鮮明に能力玉の情報が流れ込んできた。
それを鑑定能力で2人が理解可能な内容に変えていく。
「アリア様のギフトは・・・『付加価値』です。何かしらの物に対し、既存の価値以上の何かを付与する能力ですね。経験を積めば物質的な価値だけでなく、魔法的な効果や隠された潜在能力を引き出すことも可能でしょう。武具創造のギフトと組み合わせることで、通常の武具を遥かに凌駕するアーティファクトを生み出す可能性を秘めています。これは・・・まさに、極めて稀で非常に強力なギフトです」
鑑定結果を告げると、アリア様は驚いたように目を大きく開いた。先ほどの不安げな表情は和らいだものの、「加護ではなかったのですね・・・」と、小さな落胆の色を滲ませた。
「ありがとうございます・・・ジェスロ様」
次にベルナさんが自分の番だとばかりに、俺の目を見ながら逆の掌をそっと開いた。そこには淡く白い光を放つ小さな能力玉が現れた。
「私の能力玉です。鑑定をお願いします」
ベルナさんは能力玉を慎重に俺に差し出した。アリア様と同じように、俺はベルナさんの能力玉に右手を慎重に翳した。集中すると情報が流れ込んでくる。左手の感触は気にしないことにした。気にしたら負けだ!何にって?何だろうね・・・
「ベルナさんのギフトは・・・『メイドの嗜み(メイド・マナー)』」
ギフト名に集中すると、説明文が頭に入り込んでくる。直接的な戦闘能力ではない。しかし、主や仲間を守る場面で絶大な効果を発揮する。特に素手での戦闘技能、そして周囲のあらゆる物を即座に武器として活用する能力——これらは通常の冒険者を遥かに超える。鈍器に限らず、その場にあるものを最適な武器として使いこなせる適応力を備えている。
「これは・・・極めて実用的なギフトです」
ベルナさんは俺の言葉を静かに聞いていた。その表情からは、特別な喜びは読み取れないどころか、どこか悲壮感が漂っているように見えた。能力玉の鑑定結果には間違いがない——つまり、これが彼女の得た紛れもない力なのだという認識があるからだろう。
その時アリア様が突然ハッとした表情で俺の方を向き直った。
「そうですわ!ジェスロ様は!?何か素晴らしい能力を得ているかもしれませんわ!」
「え?俺ですか?」
突然話題が自分に向いたことに戸惑う俺。だが、アリア様の目はすでに期待に満ちていた。
「ジェスロ様は人物鑑定ができるとおっしゃっていましたね!まずはご自身のことを鑑定してみましょう!」
「いや、それが・・・実は鑑定士は自分の鑑定ができないんです」
アリア様は少し肩を落としたものの、すぐに決意を固めたような表情になり、信じられないほどの勢いで俺に顔を近づけてきた。ち、近い!
「でしたら、王都に一緒に鑑定を受けに行ってもらえますよね!?」
俺はその迫力に何も言い返せず、反射的に「は、はい」と答えるしかなかった。
この小さな体のどこにこれほどの迫力を持っているのか・・・流石お貴族様といったところか。
またしても流れに飲まれてしまった・・・
しかし、このまま彼女たちの勢いに押し切られるわけにはいかない。何とか一つだけでも主張を——。
「あのう・・・その前に一つだけお願いがあるのですが・・・」
俺が小さな声で言うと、アリア様は俺の顔のすぐ近くで不思議そうに首を傾げた。
「なんでしょうか?」
「えっと・・・やはり、お二人のギフトについては、一度ギルドに報告だけはしておきたいんです。これは、冒険者ギルドと国との間で決められた決まりなので・・・」
俺がそう言うと、アリア様は少し不満そうな表情を浮かべた。
「確かに、それは決まりですね」
アリア様に代わりベルナさんが小さく頷き同意する。
「分かりました。でしたら、まずはギルドに立ち寄りましょう。ですが報告が終わったらすぐに王都へ向かってもらいますからね!」
アリア様の強い視線に、俺はまた「はい」と答えるしかなかった。
その時、セバスチャンが馬車に戻ってきた。
「周囲に怪しい影はありませんでした。剣をお返しします」
そう言って剣を俺に返すセバスチャン。
話が終わるタイミングがよく分かったな。
「では、ギルドへ向かいましょう」
ベルナさんがセバスチャンに出発する旨を伝えると、セバスチャンは馬に優しく声を掛けると馬車はゆっくりと動き始めた。
しばらくの間、車内には静かな空気が漂っていたが、その沈黙を破るようにアリア様がそわそわと窓の外を眺め始めた。
「ジェスロ様・・・ギルドでの報告を終えたら、すぐに王都へ向かわなければなりません。よろしいですわよね?」
「まあ、約束したしな。ただ、上司のギルドマスターの許可を得ないとです」
俺が軽く答えると、アリア様は唇を噛んで考え込む。ベルナさんはそんな彼女の様子を見つめながら、穏やかに言う。
「アリア様、誰かが何か言う前に、まずはギルドで報告を済ませましょう。その後はどうするかについて改めて決めればよいのでは?」
アリア様はため息をつきながらも、小さく頷いた。そうして馬車は順調に進み、粛々と目的地へと向かっていく。
しばらくしてベルナさんがふと俺を見た。
「ジェスロ殿・・・何か気になることでも?」
「いや・・・ただ、王都に行ったことないから、大丈夫かなってさ」
俺がそう言うとアリア様が俺の顔をじっと見つめた。
「王都の神殿にて正式な鑑定を受けて頂きます。ジェスロ様の力が何か判明すれば・・・それが運命を左右するかもしれませんわ」
その言葉に俺は肩をすくめる。
「俺はただのギルド職員ですよ。そんな大層なことになるとも思えないのですが」
アリア様は微笑む。
「わかりませんわよ。運命は時に思いがけない形で動くものですから」
その意味深な言葉が残る中、馬車は街へ向けて石畳の道を進む。




