閑話休題:冒険者になれなかった男の始まり
その年の夏は例年より暑かった。
ジェスロは15歳になったばかりだ。
街中が毎月行われる通称【ギフトの儀式】の話題で持ちきりだった。誰もが己の内に秘めた可能性に胸を膨らませ、選ばれし人、わずか2割の人間しか授からないと、ギフトを得るか得られないかに一喜一憂する特別な日。
人生がガラリと変わると言っても過言では無い。
ジェスロもまた、その選ばれし2割の中に入れることを信じ、いや、淡い期待を抱いていた。もしギフトを授かることができれば、憧れの冒険者として、いつか英雄と呼ばれるような存在になれるかもしれない――そんな夢が、幼い頃から胸の中に確かにあった。
例えギフト得た場合としても戦闘系を得られるとは限らない。
その日、ジェスロと同じ月に15歳になった若者たちが、神殿に集められた。厳かな雰囲気の中、神官の導きで一人、また一人と女神像の前に進み出る。女神像に手をかざすと、その者の体が淡く光り輝き、ギフトを授かった証となる。次々と光る者たちを見て、ジェスロは固唾を飲んで自分の番を待った。そして、ついに彼の番が来た。緊張しながら女神像に手をかざす。すると、まばゆい光がジェスロの体を包み込み、他の誰よりも強く、そして長く輝いた。その一瞬の出来事に、周囲の何人かは目を奪われたが、あまりに突然のことに「気のせいか」と首を傾げるに留まった。
ジェスロ自身は、ただ喜びの涙を流した。ついに、自分も「選ばれた」のだと。
ギフトを授かった者たちは、光が消えると神官の指示で祭壇の前に集められ、居並ぶ人々の方へと向き直った。国や騎士団、そして様々な組織からスカウトのために派遣された人々が、彼ら一人ひとりに与えられたギフトを鑑定し、読み上げていくのだ。周囲から「おぉ!」という感嘆の声が上がるたび、ジェスロの胸の期待は高まっていった。
そして、彼の番になった。鑑定士がジェスロの額に手をかざし、目を閉じる。数秒の沈黙の後、鑑定士は目を開き、どこか困惑したような表情でジェスロを見つめた。
「『勇猛応報』駄目なやつだな」
鑑定士が俯きながら呟いたが、その直後、張り上げられた声が神殿に響き渡る。ジェスロは、記憶の隅にその呟きを留めたが、意味がわからなかった。
「ジェスロ・ウィリアムズに授けられたギフトは・・・【鑑定】だ」
その言葉を聞いた瞬間、神殿にどよめきが起こった。それは、期待外れという感情が込められた、小さくもはっきりとした波紋だった。【鑑定】は確かに希少なギフトだ。しかし、それは戦闘に役立つものではない。肉体的な強さや魔法の才能とは無縁の、地味な能力。憧れの冒険者とは程遠い。
ギフトを得ること自体は大変名誉なことであり、人生の勝ち組の仲間入りすることもあり周囲から「おめでとう」という声が聞こえた。しかしこの時のジェスロには嘲笑にしか聞こえなかった。
ギフトを授かったという喜びに浸る間もなく、ジェスロは深く絶望したのだ。これで冒険者への道は閉ざされたと。彼は知る由もなかったが、この鑑定士はまだ若く、かつて国を滅ぼしかけた者が取得していた【勇猛応報】の加護をどうするのか判断つかなく、安易に告げずに隠蔽することにした。それもあり数年に一人という稀有な2つのギフト持ち、すなわち加護持ちにしか得られないを見落としたのだ。
【反復集中】という二つ目のギフト、そしてその真価が本人に伝えれることがなかった。
上級冒険者になれるどころか、英雄にすらなれる可能性を秘めたその真の加護とギフトは、見過ごされたまま、鑑定士の記憶の片隅に追いやられた。
神殿からふらふらと出たジェスロは、悔しさと絶望で顔を歪ませ、思わず口から愚痴をこぼした。
「勇者になりたかったのに、なんだよこの鑑定って!」
その声に、不意に声がかけられた。
「なんだ、兄ちゃん。そんななきっつらしてよ、若いのに元気がねぇな」
振り返ると、そこに立っていたのは20代半ばらしき一人の青年だった。彼はライオネルと名乗るベテラン冒険者で、先ほどの儀式でジェスロの光り方に微かな違和感を覚えていたという。ライオネルはジェスロの顔を覗き込むと、豪快に笑った。
「そうかそうか。ま、人生はままならねえもんだ。だがな、勇者になる道は、何も魔法や剣の腕だけじゃねえんだぜ」
ライオネルはそう言って、自分の腰に差していた使い込まれた剣を抜き、庭先で素振りを始めた。その動きは決して派手ではなかったが、無駄がなく、流れるようだった。
「毎日1000回、素振りをしろ。笑いながらな。そうすりゃ、お前さんでも勇者になれるさ!」
ライオネルはジェスロが口にした「勇者(勇気ある冒険者)」という言葉を、子供が夢見るような「英雄である勇者」と勘違いしていた。だが、その勘違いが、ジェスロの人生を大きく変えることになる。
ライオネルは勇者の加護については、その行い次第では初心者ダンジョンで得られる【能力玉】にて得られる可能性があり、目の前の少年に運命を感じ、その可能性から手助けした。
ギフトを持たなくても、数年の研鑽で技術が身につけば冒険者になれなくもないからだ。
ライオネルは剣の基本を教えるべくさらに続けた。
「1週間ばかりこの街にいるから、その間でよければ剣の稽古をつけてやるよ。今の段階で冒険者になれなくても多少なりとも剣を使えるなら身を守れるからな。あとお前さんは鑑定ギフト持ちだろ。それなら冒険者に接する仕事なんかどうだ?ギルドで重宝されるだろうさ」
そして驚くべきことにギルドへの紹介状まで渡してくれたのだ。
その封書には蝋で封をされ、印まで押されていたがどこの家紋かまで気にしなかった。
その日からジェスロの毎日は一変した。1週間はあっという間で、基本的な武器の扱いを教えられた。その後は当初は仕事が終われば時間を見つけては庭で木剣を振っていた。だが、採用された冒険者ギルドにて魔法書を渡されてからは、早朝に素振り、夜は魔法書の勉強という生活に切り替わった。
雨の日も風の日も、雪の日も、暑い夏の日も、彼はひたすら木剣を振り続けた。時には手が豆だらけになり、時には体が軋むような痛みに襲われた。だが、ライオネルの言葉を胸に、彼はただひたすらに、毎日1000回以上の素振りを続けた。
若かったジェスロは、やがて大人になり、そして気づけば「オッサン」と呼ばれる年齢になっていた。
約20年。木剣を振った回数は、いつの間にか1000万回を超えていた。その途方もない反復運動は、彼が鑑定士の儀式で見過ごされたもう一つのギフト【反復集中】を知らず知らずのうちにカンストへと導いていた。
さらに人知れず振り続けた素振りは、彼に【スラッシュ】というスキルを後天的に習得させていた。また、毎日の素振りで、上位スキルに進化させることになるとは、素振りを指示したライオネルは予測したわけではない。
また、加護も反復集中により進化していくのだが、オッサンと呼ばれる年になっても、実は数年に一度見るか見ないかの加護持ちであることを知らなかった。
もちろんそれらの真の力がどれほどのものなのか、ジェスロ本人が気づくことはなかった。ただ、素振りの際に「何かが出るような感覚」や、「音が大きくなった」ことにも、彼は特に気に留めることはなかった。
素振りをすれば風切り音がする、振りが速くなり、それに伴って音が少し大きくなった、わずかだが成長してるよな?程度の認識だった。
それが規格外の力を放っていたとは夢にも思わなかったのだ。
彼はただ、今日も明日も、受付という平穏な日常の中で淡々と木剣を振り続けるだけだ。
あの日2人の女性と出会うまでは・・・




