第13話 キングラビット
警戒していると、3匹の可愛らしい見た目のラビットが廊下の奥からぴょんぴょんと姿を現した。
あれ?初心者ダンジョンにホーンラビットが出るなんて、アリア様もベルナさんも言ってなかったし、俺も聞いた覚えがない。
言い忘れたんだろうか?
これもFランクとはいえ、角で刺されたら致命傷になりかねないな。
そう思っていると、その愛らしい姿のラビットたちは俺たちの前に無邪気に微笑んでいる。うっ!こんな可愛い姿だが、油断は禁物。オッサンの心は痛むが、結局ず太い俺はその見た目には騙されんぞ!これまで何度となく綺麗な見た目に騙されたことか!いや、今はそんなことはどうでも良い、アリア様がラビットの方へとふらふらと近づいていくのが見えたから焦る。
あのままだとかなりやばいな。どうする俺?両手の剣から斬撃放ったら、ベルナさんはカッコ良いとか思ってくれるかな?俺はしょうもないことをつい考えたなと首を振りつつ、狙いを定める。
俺の位置からなら2体のホーンラビットを狙えるから、取り敢えず振っとこう!やはりずきりと心が痛むが、それでもやっちゃうんだけどね。
ほらよっと!更に ほらよっと!
躊躇なく振るった双剣から放たれた斬撃は、サクッとその首を落とした。やはり精神干渉により罪悪感がないわけではないが、オッサンは図太いので無視だ。
しかし、残りの一体はアリア様に狙いを定め、信じられないほどの速度で飛びかかった。
「お嬢様!」
ベルナさんは咄嗟にメイスを構え、飛びかかってきたホーンラビットを防ごうとした。しかし、その小さな体からは想像もできないほどの衝撃がメイスを通して腕に伝わり、体全体こと吹き飛ばされるように後方へと弾き飛ばされてしまった。
それでも、彼女は驚異的な身体能力で地面に手をつき、辛うじて倒れずに踏みとどまった。
俺だったら無様に転がっていたろうが、格好良いな・・・
そして、着地の勢いを殺すと同時に、バネのような脚力で地面を蹴り上げ、一直線に残ったホーンラビットへと向かって行った。
しかし、アリア様はベルナさんの動きを遮るように、ホーンラビットとベルナさんの間に割って入る。その動きはまるで誰かに操られているかのように不自然で、ホーンラビットを庇うべく両手を広げた。
信じられないことにベルナさんを鋭く睨みつけた。あっ!これは魅了されちゃったんだ。アリア様・・・ちょろい・・・いかん!かなり危ない。
すると、なんとホーンラビットはベルナさんから自らを庇ったアリア様へと牙を剥いたようだ。角の向きからアリアへ跳躍すべく溜め動作に入った。
「危ないっ!」
俺は咄嗟に地面を蹴り、アリア様に向かって跳躍した。ドンピシャで彼女の目の前に着地すると、彼女を抱きしめるべく衝撃に備え腕を背中に強く回し、その細い体を包み込む。次の瞬間、背中に鋭い衝撃が走り、視界がぐるりと回り、何度も地面を転がる。それでも俺の腕の中の温もりは変わらず、彼女が無事であることを確かめると、荒く息を吐いた。
しかし、次の瞬間信じられない言葉と、想定外の行動に一瞬反応の遅れた俺は、レイピアで左腕を深く斬られた。
「この、下品な中年風情がよくもわたくしの胸に触れましたわね!万死に値しますわ!死んで償いなさい」
その間にベルナさんは素早く体勢を立て直し、再び宙を舞う最後の一匹のホーンラビットに対し、渾身の力でメイスを叩きつけて確実に仕留めていた。
しかし、ラビットが絶命しても尚、アリア様の俺に対する非難の声は止まらない。
あの状況で胸なんか触らんぞ!そもそも揉みたいと思える大きさじゃ・・・
「今何か失礼なことを考えましたわね!?汚らわしい下男が!二度とわたくしに近づかないでくださいまし!いえ、死んだほうが世のためですわ!死になさい女の敵!」
その目は憎悪に満ちており、今にも再びレイピアを振るいそうな勢いだ。ベルナさんが慌ててアリア様の前に立ちはだかった。
「お嬢様!落ち着いてください!ジェスロ様はお嬢様を守ろうとして――」
「うるさい!ベルナ!この不埒なエロ親父は、わたくしの胸にいやらしそうに触れたのですわ!早くこの男を討ちなさい!ああ汚らわしい」
「正気にお戻りください!ジェスロ様は確かにオッサンじゃなくて中年ですが、我らより強いのですよ!落ち着いて下さい」
「ならばそこをどきなさい!私一人でもこの女の敵を討ちます!」
アリア様はベルナさんの言葉にも耳を貸さず、支離滅裂に完全に俺を敵と認識しているようだ。いくら魅了されているとはいえ、傷口に塩をねじ込まれているようで、心にぐさりと来るものがある。
アリア様を捕まえようにも、この状況ではアリア様は無傷で済むとは思えない。どうしたものかと焦る俺はダメ元で、もしかしたら水をかけたら正気に戻るかもしれないと考えた。服が濡れれば女性だ、多少なりとも抵抗は弱まるだろう。その一瞬の隙をついて、羽交い締めにでもできれば・・・
そう考えた俺は、咄嗟に片手を前に出し、生活魔法のウォータを発動した。
生活魔法のウォータは、咄嗟に放ったためか狙ったアリア様の顔面だけを捉えきれず、その美しい顔にかかると同時に、白い胸元を盛大に濡らしてしまった。
「きゃっ!」
冷たい水に驚き、アリア様はハッとした表情で動きを止めた。
濡れた衣類が肌に張り付き、一瞬、俺は目を逸らしかけたが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
アリア様の瞳から先ほどの憎悪の色は消え失せ、代わりに深い困惑と、じわじわと羞恥の色が広がっていく。
「わたくし今、何を?ジェスロ様に・・・なんて酷いことを?・・・」
どうやら魅了は解除できたようだが、自分の口から飛び出した言葉と、先ほどまでの自分の行動を理解したのだろう。魅了状態だったとは言え、記憶は残っているようだ。アリア様の顔はみるみる青ざめていく。そして俺の左腕に深く刻まれた痛々しい傷を目にした瞬間、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「ジェスロ様!」
アリア様は震える声で叫ぶとよろめきながら俺に駆け寄り、体に縋り付くように抱きついてきた。顔を俺の胸に押し付けたまま、決して上げようとしない。嗚咽しながら何度も謝罪の言葉を繰り返しているが、泣き腫らした顔を見られたくないのだろう。
「申し訳ございません!ジェスロ様!わたくしったら、なんて酷いことを!・・・どうか許してください!・・・先ほどまで、まるで悪夢を見ていたようですわ・・・ですがこうして改めてお近くでお顔を拝見いたしますと・・・その、とても頼りがいのあるお姿に、わたくしの心臓がドキドキと・・・ジェスロ様のような素敵な、そして強い殿方が、わたくしのような未熟者を守ってくださったのですね・・・感謝してもしきれませんわ・・・」
どう聞いても、それは先ほどの暴言からは想像もできない、年頃の娘の熱っぽい告白そのものだった。勿論勘違いなどしない。魅了されていた影響からまだ心のバランスが戻っていないから、こんな冴えないオッサンもカッコよく見えるのだろう。
もしくは魅了主がホーンラビットから俺に移ったのだろう。
事実ベルナさんが俺を見る目は、今朝のゴミを見るような冷たい目だ。
その様子にベルナさんが明らかに苛立った声で言った。
「アリア様!そちらのドロップの確認をお願いいたします!わたくしは周囲を見張っております!ジェスロ様も、その痛々しい左腕を早く治療なさいませんと、血の臭いに釣られて魔物が寄ってくるかもしれません!」
「ベルナさん悪いんだけどさ、左腕の服を切ってくれないか?ちょっと邪魔で治療出来ないんだ」
俺がそう頼むと、ベルナさんは少し引きつったような表情で頷いた。
彼女は持っていたナイフを取り出すと、躊躇いながらも俺の左腕の服をジョキジョキと切り裂き始めた。今もドクドクと血が出ているのがわかる。
「き、切りましたわ・・・」
ベルナさんは顔を青くしながらもそう言うと、少し安堵したような表情を浮かべた。
「ありがとう!助かったよ」
感謝の言葉を述べると、俺は右手で傷口を強く押さえた。
「ぐっ!」
思わず苦悶の唸り声が漏れたが、俺はすぐにヒールの魔法を使った。
この魔法の利点は、魔法書から習得できることに尽きる。しかし難点は患部に直接触れないと効果がないのと、一瞬で治らないことだ。
傷口の治癒速度は、体感で1mmにつき1秒ほどと遅い。その間ベルナさんは引きつった顔を俺に向けていたな。
しばらくしてベルナさんは心配そうに俺の左腕を両手でそっと包み込んだ。
「ジェスロ殿、大丈夫なのですか?酷いお怪我ですのに・・・それに先ほどはお嬢様をお助けいただき、誠にありがとうございました」
そして少し間を置いてから、ベルナさんは俺の目を見つめて言った。
「ですが、先ほどからのお嬢様の言葉は、全て魅了によるものです。決して勘違いなさらないでください」
「もちろんだ」
俺は即答しキリッとした表情を作りる。
「俺は、ベルナさんのような大人の女性が好きだからな」
これで俺がロリコンじゃないと分かっただろう。しかし、何故かベルナさんは目を丸くして狼狽え始めた。
「わ、わたくしのような!?・・・」
動揺したベルナさんは「お嬢様!」とアリア様の方に駆け寄ろうとしたが、何故か足元がもつれて盛大に躓いていた。
こんなベルナさんは初めて見るかも。
そうか、俺のグロい傷を見てしまったから、気分を悪くしたんだな。後でちゃんと謝ろう。
こんなだからこの歳になっても未だに独身なんだよな・・・
ああ、結婚したい!




