第9話 貴族令嬢の戦闘力
「――もう法衣を着ていただいて結構ですよ。
仕立て直したドレスは、明日までにご用意させていただきます。
それまではその法衣でお過ごしください」
レイチェルに言われ、私は肌着のままうなずいた。
自分の胸をまじまじと見下ろす――十七歳になれば立派な双丘になるのに、七歳の今は大平原だ。
なんだか懐かしいなぁ。
思わずぺたぺたと胸を触っていると、レイチェルがクスリと笑みをこぼした。
「心配なさらずとも、大人になればきちんと大きくなりますよ」
『知ってます』とは、言えないしなぁ……。
愛想笑いでごまかしつつ聖女の法衣を着込み、私は小さく息をついた。
「そんなこと気にしていませんわ。
第一、女性的な体つきになっても、私の役には立ちませんもの」
『前回の人生』では社交界で孤立していた私に、縁談のたぐいはやってこなかった。
戦場を治療薬代わりに走り回るのに忙しくて、それどころじゃなかったともいう。
気が付いた時にはラファエロ第一王子の婚約者にされていたけれど、婚約者らしいことをした覚えもないし。
十七歳の記憶なんて言っても、女性の魅力の使い方なんて、知らないまんまだ。
レイチェルが微笑みながら私に告げる。
「そんなことありませんよ? これからお嬢様は公爵令嬢として扱われます。
女性的魅力を発揮する場面はいくらでもやってくるでしょう。
我々もお嬢様の美貌を磨くため、誠心誠意努めさせていただきます」
なんだか変な言葉を聞いたぞ? 『美貌』? 私の?
「私を磨いても、生粋の貴族令嬢のように輝いたりはしませんわ。所詮は農村の村娘ですもの。
みっともなくならない程度に整えてくだされば、それで充分ですわ」
周囲の侍女たちが楽しそうに微笑んでいた。
はて? 何かおかしなことを言ったかな?
レイチェルが口元を隠して微笑んだ。
「やはり、ご自覚がおありでなかったのですね。
全く手入れをされていない素顔のままでも、お嬢様は立派な戦闘力をお持ちですよ?」
『戦闘力』、とは。
お父さんじゃあるまいし、拳と拳で殴り合うなんてことを貴族令嬢がするわけがないし。
「レイチェルの言ってることが全く理解できないのですけれど。
貴族令嬢は何と戦うというのでしょう?」
「貴族令嬢は美で競い合うものです。
ゆくゆくは嫁ぎ先競争につながる、人生を左右する戦いとなります。
お嬢様なら、ラファエロ第一王子に嫁ぐ未来も夢では――お嬢様? どうされたのです?」
――おっと、思わず全身で拒絶オーラを出していたのに気づかれたか。
慌てて真顔に戻し、淑女の微笑を顔に乗せた。
「いえ、ラファエロ殿下と婚姻するぐらいなら、私は世界と共に滅びる道を選びたいなと、心から思ってしまいましたわ」
体感時間で一か月前にさんざん嫌な思い出を作ってくれた相手だ。拒絶感が半端ない。
それまでもいい思い出はなかったし、王子という地位に魅力も感じない。
そんな人に嫁ぐことになったら、全力で逃げてやる!
レイチェルが戸惑いながら尋ねてくる。
「いったいラファエロ殿下と何があったというのですか?
申し上げにくいですが、平民だったお嬢様と王族である殿下に、今まで接点などございませんでしょう?」
う、答えにくい質問を……。
「そうですわね……『生理的に受け付けない』といったところでしょうか。
ご尊顔は以前、どこかで見たのかもしれませんが、忘れてしまいましたわ」
「生理的に、ですか……そのような理由であれば仕方ありませんね。
ですが不敬となりますので、王族の前でその言葉は慎んでください。
いくら聖神様の加護が強い聖女とはいえ、相応の処罰が与えられても不思議ではありませんから」
聖女の発言力は王族に匹敵する、らしい。グレゴリオ最高司祭から聞いただけで、実感したことはないけど。
だけど上回るわけじゃないから、不敬を働けば普通に不敬罪だ。
「それは重々承知していますわ。
さすがにご本人の前で口走ったりなどしません。
ですが私は、社交界から距離を置きたいと思っています。
なるだけあの世界には関わりたくないのです。
これはお父様もご承知くださっていることですので、問題ありませんわ」
レイチェルが小さくため息をついた。
「承知いたしました。
ですが、それですとお嬢様の嫁ぎ先を決めるのが遅れてしまいますよ?
よろしいのですか?」
「私は婚姻などまだ考えられません。
今はただ、聖女としてきちんと生きていきたいと思っています。
頭がお子様なだけなのかもしれませんけどね」
「そんなことありませんよ、お嬢様。
お嬢様は七歳にしてはとても大人びた方です。
おそらく聖女としての使命感で、許容量があふれてしまわれているのでしょう。
いつかお嬢様が嫁ぎ先を探したいと思われたとき、困ることがないように我々が誠心誠意サポートさせていただきます」
私はレイチェルに微笑みながら答える。
「では、レイチェルたちの思うように支えてください。
私には貴族のなんたるかがわかりません。頼りにしています」
レイチェルたち侍女が、そろって私に恭しく頭を下げた。
****
立派な壁時計に目をやると、時刻は十時を回ったところだ。
「お父さ……じゃない、ガストーニュ夫妻はどこにいらっしゃるのかしら」
レイチェルがふっと優しい微笑みで答える。
「ご両親にお会いしたいのですか?」
十年前に死別した両親だ。たった一か月一緒に居ただけじゃ、全く足りなかった。
だけど今の私の『両親』はエルメーテ公爵夫妻。
これじゃあ『けじめをつけられない人間』だよなぁ。
それでも私は、おずおずとうなずいた。
「お仕事の邪魔かと思うのですが、どのように働いているのかを知りたいと思ってしまって」
「お気持ちはご理解いたしますが、本日は雇用初日です。
お二方も環境に慣れるため、忙しい時間を送っておられると思います。
会いに行くのは、後日にした方がよろしいかと存じます」
「そうですか……」
胸が重たい。これからどうしたらいいんだろう。
初日なのは私も一緒。やるべきことはたくさんあるのに。
だけど頭は働かなくて、何気なしに机の上を指で撫でていた。
「焦らずとも、近いうちに必ずお会いする機会はございます。
――さぁ、お屋敷の中をご案内いたします」
私は顔を上げてうなずき、レイチェルの背中を追いかけた。
****
廊下を歩いていくと、アンリ兄様が向こうから歩いてきた。
すれ違いざまにアンリ兄様の口が開く。
「あ……」
ん? 何か言ったかな?
「どうなさいましたの? アンリ兄様」
しばらく顔を見つめても、アンリ兄様から感情を読み取ることはできない。
そんなに冷たい眼差しで見つめられても困ってしまうし、何も言ってくれないし。
でもなんだか手を必死に動かして、とても困っているみたいだ。
「よくわかりませんが、お邪魔みたいなのでこれで失礼いたしますね」
軽く会釈をしてから、アンリ兄様の横を通り過ぎる。
背後から鈍い音が響き、驚いて振り向いた。
アンリ兄様が壁に頭をぶつけて、うなだれてるみたいだった。
「……どうなさったのかしら、アンリ兄様」
レイチェルがクスリと微笑んで私に告げる。
「そっとしておいてあげてください。アンリ様も色々とおありなのです」
思春期……にはまだ早いよなぁ? 確か、まだ十歳のはずだし。
男子の悩みとか、私にはさっぱりわからない。
私は再びレイチェルの背中を追いかけながら、アンリ兄様から遠ざかっていった。




