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偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第3章 エルメーテ公爵家

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第8話 南向きの部屋

 レイチェルが案内してくれたのは、白塗りの大きな部屋だった。


 大きな窓、ベッドルームやリビング、小さなダイニングキッチンまでついてる。


 うわ、あれはウォークインクローゼットかな。


 エリゼオ公爵家で私が詰め込まれてた、ベッドがあるだけの小さな部屋とは大違いだ。


「うわぁ、すごいですねぇ。こんな立派な部屋が私の部屋に?」


 レイチェルがおかしそうに口元を隠して微笑んでいた。


「ええ、その通りです。仮にも公爵令嬢なのですから、このぐらいの待遇は当然ですよ」


 その当然の待遇さえ与えられなかった『前回の人生』は、いったい何だったのか。


 そっか、最初から『使い捨ての駒』か。あはは……。


 愛想笑いを浮かべていると、レイチェルが私に告げる。


「まずは採寸をしてしまいましょう。

 聖女の法衣がお好みでしたら、そのままでも構わないと伺っています。

 ですがやはり、公爵令嬢たるもの着る物にも気を配る必要がありますから」


 前回の人生ではいつも聖女の法衣――つまり今の服だった。


 十年間着慣れた、落ち着く服だ。


 こちらの方が正直に言えば好みなのだけど、着替えた方がいいなら従うまでだ。


「では採寸をお願いいたします。どの部屋に行けばよろしいでしょうか」


 レイチェルがおかしそうに、また口元を隠して微笑んでいた。


「貴族たるもの、使用人や従者に敬語など使わぬものですよ?

 ただ命じればよろしいのです。

 元々平民だったお嬢様には、まだ難しいかもしれませんが、ゆっくりと慣れてください。

 ――採寸はこの部屋で行いますので、お嬢様はこのままお待ちください」


 ああ、ついエリゼオ公爵家での『癖』が出ちゃったか。


 あの家は下手(したて)に出ないと、みんな言うことを聞いてくれなかったんだよなぁ。


「分かりました。ではこの部屋で待っています」


 レイチェルが部屋を辞去していった。


 私はリビングの木椅子に腰を下ろし、窓からの眺めを視界に納めていた。


 二階の角部屋で南向きの窓。


 明るい陽光がさんさんと部屋に降り注いでいた。


 そんなお日様の光を、レースのカーテンが遮っている。


 見下ろす庭には花壇があって、庭師が手入れをしている最中のようだ。


 比較的寒いこの地方では、まだチューリップが見頃だ。


 赤や白、黄色い花が花壇をにぎわせていた。


 ぼーっと窓の外を眺めていると、開け放たれたドアがノックされて振り向いた。


 ノックした人物の顔を見た途端、私の思考は停止していた。


「おにい……さま」


「少し話をしたいのだが、構わないか」


 アンリ兄様はまだ十歳の子供だけれど、面影は充分にあった。


 『前回の人生』で私を睨み続けていた青年が今、目の前にいる。


 汗ばむ手をごまかしながら、私は返事をする。


「ええ、構いませんわ。どんなご用でしょうか」



 アンリ兄様は無表情なまま無造作に近寄ってきて、私の近くの木椅子に腰かけた。


「先ほどはきちんと挨拶ができなかったからな。

 改めて自己紹介しよう。アンリ・デディオム・エルメーテだ」


 充分、嫌というほど存じ上げておりますとも!


 でも、挨拶はさっき済ませたのに、本当に何の用だろう?


「シトラス・ファム・エストレル・ミレウス……エルメーテですわ。

 それでお兄様は、どんなお話でこちらにお見えになったのかしら」


 アンリ兄様は少し言いづらそうに告げる。


「その『お兄様』という呼び名なのだが……」


「ああっ! もしかしてお気に障りましたか?! ではこれからはアンリ様と――」


「いや、お兄様で構わない。だが両親が健在なのに、突然養子にもらわれただろう?

 シトラスの正直な感想を聞きたい。違和感などないか」


 そんなことを言われても、『前回の人生』では不本意な相手を『お父様』だの『お兄様』だのと無理やり呼ばせられていたし。


 今回は少し怖いけど、不本意とは言い切れない『マシ』な相手だ。


「違和感がないと言えば嘘になります。

 ですが聖女として認定された以上、貴族社会に身を置くのがこの国の習わし。

 それに不満を言っても仕方ないと、理解はしていますわ」


 何よりお父さんやお母さんも、この屋敷に住み込みで働くことになった。


 二人が生きてそばにいてくれるなら、それだけで大抵のことは我慢できる。


「そうか、シトラスは大人なのだな。

 私だったら意地でも父や兄などとは呼ばなかっただろう」


 アンリ兄様は無表情なまま、私にそう告げた。


 なんとも感情の読みづらい人だ。


 『今どんな感情で言葉をつむいでいるのか』がさっぱり見えない。


 そこでアンリ兄様が黙り込み、会話が途切れてしまった。


 ……ああもう! 会話が重たい!


 黙って私の顔を見てないで、何か話題を振ってほしいんだけど?!


 そうやって感情のない眼差しを向けられてると、『前回の人生』のトラウマが刺激されて落ち着かない!


 私が困り果てて愛想笑いを浮かべていると、レイチェルが侍女たちを従えて戻ってきた。


「あらアンリ様、お嬢様と会話をお楽しみでしたか?」


 たの! しんで! ない!


 私は思わず心の中で、無言の突っ込みを入れていた。


 レイチェルがアンリ兄様に優しく微笑んで告げる。


「これからシトラスお嬢様の採寸を行います。

 男性であるアンリ様は、室外へ出ていただかなければなりません。

 七歳とはいえお嬢様も淑女、あとはお分かりですね?」


「……わかった、今回はこれで失礼する」


 そう告げると、アンリ兄様はさっさと部屋からいなくなった。


 嫌なプレッシャーから解放された私は、思わず大きなため息をついていた。


「まったく……何がしたかったのかしら」


「え? 会話をお楽しみではなかったのですか?」


「最初に少し言葉を交わしたきりで、あとはひたすら無言で睨まれていただけでしたわ。

 空気が重たくて、どうしたらいいのか途方に暮れてましたのよ?」


 レイチェルが半笑いで私に告げる。


「アンリ様は社交場でも言葉が少なく、ご令嬢方を困らせていると耳にしたことがあります。

 見目麗しく文武に秀でた方なのですが、その影響で婚約話の一つも上がってこないのだとか。

 しかし、それほど長く見つめられていたのですか? そのような話はさすがに初耳ですが」


 私はもう一度ため息をつきながらうなずいた。


「きっと農民の娘が公爵令嬢になって、珍しいのですわ。

 でも私の顔などを見て、何が面白いのかしら」


 レイチェルがまじまじと私の顔を見つめてつぶやく。


「なるほど、お嬢様もご自覚がおありでないタイプですのね。

 これは中々に男泣かせな女性になりそうです」


 私は小首をかしげてレイチェルに尋ねる。


「それは、どういう意味でして?」


「いえ、そのままの意味ですが、お気になさらず。

 ――さぁ、採寸を始めましょう」


 男泣かせの意味は分からないけど、女泣かせという言葉ぐらいは知ってる。


 確か、不誠実な男性をそういうのだと、『前の人生』で聞いたことがある。


 その逆の意味だとすると、結構失礼な言葉じゃない?!


 私は唇を尖らせながら、レイチェルたちに手伝ってもらいつつ服を脱いでいった。





****


 廊下を歩くアンリが、壁に手をついてため息をついた。


「……失敗した。あの場合、何を話したらよかったんだ。

 だが女子が好む話題など、私には何も分からないし……」


 頭を振ったアンリが、壁から離れて再び廊下を歩きだす。


 アンリの脳裏に、シトラスの亜麻色の髪の毛と琥珀のような瞳が思い出された。


 小さな顔に、愛らしい微笑み。まるで妖精が現れたかのような衝撃だった。


 ――次こそは、きちんと話せるようにならなければ! 私は兄なのだから!


 ひそかな決意を胸に、アンリはシトラスの顔を思い浮かべながら部屋に戻っていった。


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