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偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第2章 夜を急げ!

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第5話 言えなかった言葉

 私たちは村の外で嫌な気配の方角を睨んで展開していた。


 すぐに地響きが聞こえ始め、ヴェネリオ子爵が大声で叫ぶ。


「火矢を構えろ! ――撃てっ!」


 兵士たちが地面に撒いていた油に、火矢で引火させる――その明かりで、村に殺到する魔物の群れが照らし出された。


 山でよく見る蛇や犬の魔物が大半。


 だけどその中に、体の大きなイノシシが十頭以上――ブラッド・ボアの群れだ。


 魔物たちは火を気に掛ける様子もなく、村に向かって突進してきた。


 構えている村人たちは腰が引け、盾を構える兵士たちにも緊張が走ったようだった。


 私は即座に祈りの叫びを上げる。


「≪清廉なる壁(セイント・ウォール)≫よ! 村を守って!」


 私の声と共に、魔物の真正面にいくつもの半透明の壁が出現していた。


 殺到していた魔物たちが兵士たちの前で壁に衝突し、その勢いを殺されていく。


 ヴェネリオ子爵が剣を掲げ、兵士たちに叫ぶ。


「今だ! 魔物を蹴散らせ!」


 兵士たちが気勢を上げて魔物に襲い掛かっていく。


 お父さんを始めとした村人たちも、あとに続いていった。


 私の役割は突進するブラッド・ボアの正面に≪清廉なる壁(セイント・ウォール)≫を発生させること。


 そして怪我人に≪慈愛の癒し(セイント・ヒール)≫を与えて傷を癒すことだ。


 お父さんが奮闘する中、兵士や村人たちを守るように≪清廉なる壁(セイント・ウォール)≫を作り上げていく。


 怪我人を見つけては、遠くても頑張って≪慈愛の癒し(セイント・ヒール)≫を祈って傷を癒す。


 かなり目が忙しいけど、私が頑張って加護の力をばらまいてるうちに、魔物の数はどんどん減っていった。


 離れた位置にいる人に≪慈愛の癒し(セイント・ヒール)≫を施すのはすごい疲れたはずなのに、今回はそこまで疲れを感じない。


 前回よりも格段に強い加護を与えられてる――それを実感した。


 最後のブラッド・ボアを、お父さんの剛拳(ごうけん)が沈黙させた。


 大地に崩れ落ちるブラッド・ボアを、お父さんは静かな表情で見下ろしていた。


 こんなに大きなイノシシを素手で倒せる人間は、お父さんくらいだろう。


 辺りを見回しても魔物の姿はなく、兵士たちが剣を鞘に納めていく。


 村人たちはへたり込んで、肩で息をしていた。


「……これで、終わり?」


 隣にいるヴェネリオ子爵が、辺りを見回してからうなずいた。


「魔物の掃討を完了しました。村を無事、守り通せたのです。お疲れ様でした」


 剣を鞘に納めるヴェネリオ子爵の言葉を聞いて、私の膝から力が抜けていった。


 慌てて駆け寄ってくるお父さんの顔を微笑みながら見つめている私の意識は、そこで途切れた。





****


 明るい日差しで目が覚めると、私は自分のベッドで寝かされていた。


 着替えもせずにリビングに行くと、お父さんが粗末なソファに体を(うず)めて寝ていた。


「お父さん、昨日はすごい勢いで戦ってたもんなぁ……」


 いくらお父さんでも、何頭ものブラッド・ボアの相手は体力を使い果たしたのだろう。


 私が近づいても、起きる気配がなかった。


「何を言ってるの。シトラスだって気絶するまで一緒に戦ったじゃないの」


 声に振り返ると同時に、私はお母さんに抱きしめられていた。


「お母さん?! どうしたの?!」


「私たちに心配なんてさせないで。

 聖女様になったとは聞いたけど、あなたはまだ七歳の子供なのよ?

 無理なんてしないで頂戴」


 そっか、加護の力を限界まで使って力尽きちゃったのか。


 私もお母さんを抱きしめ返しながら、噛み締めるように告げる。


「お母さん……ただいま」


 『前回の人生』、十年前には遂に言えなかった言葉を私は口にした。


 それと同時に涙がポロポロとこぼれてきて、声を上げて泣いてしまっていた。


 お母さんは優しく私を抱きしめながら、頭を撫でてくれていた。





****


 気が付くと、お父さんの手も私を撫でていた。


 私の泣き声で起こしちゃったのかな。


 なんだか照れ臭くて、慌てて涙を袖でぬぐった。


「その……心配させてごめんなさい」


 お父さんは小さくため息をついてから私に告げる。


「お前が無事なら、それでいい。

 それより、お前のおかげで大きな怪我人も出さずに済んだ。

 もしお前が帰って来なければ、夜間に襲われたこの村は抵抗する間もなく滅ぼされていただろう。

 お前がこの村を救ったんだ」


 私は言葉に詰まった。『そんな未来から戻ってきたんだよ』と言いたくて仕方がなかった。


 辛くて寂しくて、死んでしまいそうになる夜を何度も超えた先に、私は陰謀で殺されたんだと泣いて訴えたかった。


 でも、そんなことをお父さんたちが知ってしまったら……あの亡者が巣食う世界に巻き込んでしまう。


 どんなに腕力が強くても、あの世界では無力だ。


 前回の私のように、陥れられて殺されるのが落ちだろう。


 お父さんたちを、そんな世界に巻き込みたくなんてない。


 私は黙って思いを胸に秘めて、静かに微笑みを返していた。


 だけど、お父さんとお母さんは、とても悲しそうな表情で私を見つめていた。


「シトラス、遠慮なんてしなくていい。

 そんな苦しそうな笑顔を見るために、昨晩死力を尽くしたんじゃない。

 言いたいことがあれば、素直に言いなさい」


 私の目からは、再び涙がこぼれていった。


「……言えるなら言いたい。でも、言ってしまったらお父さんたちも宮廷の貴族たちに陥れられて殺されちゃう。

 あんな人たちにどうやって立ち向かったらいいかなんて、今の私には分からない。

 でも、今度こそお父さんたちを私は守りたいんだ。生きていて欲しいんだよ」


 お父さんの目が、何かを見定めるように私を見つめていた。


「……お前は本当にシトラスなのか?

 この村を出発する時も、魔物の集団発生(スタンピード)のことを言っていたな?

 実際、お前が言うとおりに魔物が発生した。

 何がお前にあったんだ? 言える範囲で良い、教えてはくれないか」


 その優しい瞳に、私はたまらずお父さんに抱き着いていた。


 すべては多すぎて言えない。でも、少しだけ事情を告げていった。


 聖女として認定された『前回の人生』、宰相にいいように使われた十年間。


 最後に陥れられて、殺されたことも。


 お母さんが抱きしめてくる腕の力が強くなり、お父さんが深いため息をついた。


「――そうか。実際に魔物の集団発生(スタンピード)を言い当て、聖女としてお前が村を守った。

 お前が言うことに間違いはないのだろう。

 そしてお前が言うように、私では貴族たちに抗うことなどできない」


「やっぱり……そうだよね。大丈夫、私は――」


「だが、私にも貴族の伝手(つて)くらいはある。

 聖女として認定されたなら、孤児でなくとも貴族へ養子縁組に出されるはずだ。

 お前を預けるならば、その相手ぐらいは私が選びたい。

 決してエリゼオ公爵などに渡すものか!」


 お父さんの顔を見上げると、その目には断固たる決意の炎が灯っているようだった。


「お父さん、怒ってるの?」


「当たり前だろう。時間が巻き戻ったとはいえ、娘を陰謀で殺されたんだぞ?

 シュミット宰相か。いけ好かない人間だとは思っていたが、そこまで腐っていたとはな。

 シトラスを食い物にした報い、必ずや与えてやろう」


 鬼気迫る勢いでお父さんは言葉を絞り出していた。


 聞いている私の背筋にも寒気が走りそうなくらいだ。


「お父さん、怖いよ……それより、貴族の伝手(つて)なんていつ作ったの?」


 お父さんの雰囲気が柔らかくなり、少しだけ微笑んでくれた。


「兵役時代、仕官しないかと言ってくれる人が何人もいてな。

 その中の一人になら、お前を預けられるはずだ」


「……その人の名前は?」


「宮廷で生きていた記憶があるなら、お前も知っているだろう――ヴァレンティーノ・アデルモ・エルメーテ公爵だよ。

 宰相と戦うなら、彼の元に引き取られるのが最も手堅いだろう」


 私は心の中で、絶叫をほとばしらせていた。


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