第4話 夜が来る!
私たちは翌日、早朝から強行軍を再開した。
途中で眠気や空腹で落馬しそうになるのを、ヴェネリオ子爵に助けてもらいながらの道中だ。
どう頑張っても七歳の体、やっぱり体力も子供並みだ。
昼食すら省いて急行した私たち一団は、日が落ちてかなり経ったころにヅケーラ村に到着した。
私とヴェネリオ子爵は兵士たちを村の外に待機させ、村長さんの家に向かった。
扉をノックすると、中からお婆さん――村長さんの奥さんが顔を出した。
「あら、貴族様? ――と、シトラスちゃんじゃないの?!
あなた、洗礼を受けに町に行ったんじゃなかったの?!」
私はニコリと微笑んで答える。
「こんばんは。村長さんはまだ起きてますか?
急いで相談しなきゃいけないことがあるの」
村長さんの奥さんがおずおずとうなずいた後、家の中に引っ込んでいった。
少し待っていると、代わりに出てきたお爺さん――村長さんが戸惑いながら私たちを見た。
「これはいったい、何事ですか?」
ヴェネリオ子爵が、軍人らしいキビキビとした声で答える。
「近日中に魔物の集団発生が発生すると報告を受け、こちらに急行した。
シトラス様の話では、おそらく今夜から明日にかけて、この村が襲われる。
村長は急いで村の男手を集め、対応を進めてほしい。
こちらも兵を一千人、連れてきたが、対応しきれるかは分からん」
村長さんが目を見開いて答える。
「魔物の集団発生と申されましたか……。
わざわざ一千人もの兵士を連れてくるとは、それほど大規模なのですか?」
私はたまらず横から話に割って入る。
「村長さん! 今はのんびりしてられないんだよ!
嫌な気配がどんどん近づいてきてる!
この様子だと、夜の暗いうちに魔物の群れが村を襲うよ!
急いで明かりをつけて対応しないと、村が全滅しちゃう!
相手は大型のブラッド・ボアが何頭も混じってるから、お父さんでも手に負えないんだよ!」
ブラッド・ボアは体長三メートル前後にも及ぶ凶悪なイノシシの魔物だ。
突進して相手を圧し潰し、その血で体を染め上げるので『ブラッド・ボア』と呼ばれる。
一頭くらいならお父さんでもなんとかなると思う。
でもそれが何頭もいたら、さすがにお父さんでも対応は無理だ。
私の剣幕と、真剣な表情のヴェネリオ子爵に気圧された様子の村長さんが、ゆっくりとうなずいた。
「分かりました、緊急事態なのですね。
――おいお前、鐘を鳴らせ! 魔物の集団発生だ!
村のみんなを起こすんだ!」
村長さんの奥さんが、あわてて家の外にある警報用の鐘を叩き始めた。
すぐに村が騒がしくなり、明かりを持った村人が「なんだなんだ」と言いながら集まってきた。
村長さんの家の周りにやってきた村人に、ヴェネリオ子爵が大きな声で告げる。
「魔物の集団発生がすぐ近くまで迫ってきている!
かつてない大規模な群れだ!
私はヴェネリオ子爵! 兵一千人を援軍として連れてきたが、村民にも協力してもらいたい!」
その一言で、村は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
あちこちにかがり火が灯され、男たちは思い思いの武器を手に持っている。
騒ぎを聞きつけて遅れてやってきた人の中に、お父さんとお母さんの姿もあった。
「――シトラス! なんでお前がここに居るんだ?!」
「そんな話は後回し! お父さん、ブラッド・ボアの群れが来るよ!
お父さんは何頭の相手ができる?!」
お父さんが難しい顔で私に答える。
「ブラッド・ボアか……厄介だな。
いくら私でも、一頭を相手にするのが限界だろう。
群れともなれば、すべてを相手にするのは不可能だ」
ヴェネリオ子爵に振り返ると、彼も難しい顔で私に告げる。
「兵士たちに相応の装備はさせていますが、ギーグ殿でもなければブラッド・ボアの突進は受け止められないでしょう。
夜間ですので、弓の効果も期待できません。
どうしますか、シトラス様」
前回と同じような聖名なのだから、今回だって癒しの力――≪慈愛の癒し≫は使えるはずだ。
私はヴェネリオ子爵にうなずいて答える。
「怪我をしても、死んでいなければ私が癒せます!
多少の無茶をしても大丈夫です!
――そうだ、獣除けのトラップを村の外に配置してください!
多少は群れの勢いを抑えられるはずです!」
お父さんがうなずいて、すぐ近くの村人に指示を飛ばした後、私に向き直った。
「シトラス、お前は母さんと早く避難しなさい。
あとのことは私と兵士に任せるんだ」
私は首を勢いよく横に振った。
「私はもう洗礼を受けた聖女なの!
避難する側じゃなくて、みんなを守る側の人間だよ!
少なくとも今の私には、怪我をした人を治癒する力がある!
前線で一緒に戦わないと、すぐに治癒できないよ!」
お父さんが険しい顔で答える。
「だがお前は七つの子供だ。危険すぎる」
ヴェネリオ子爵がお父さんに告げる。
「シトラス様は、私が命に代えても守ろう。
だからギーグ殿は安心してブラッド・ボアに専念してもらいたい。
それより、トラップだけでは心もとない。
何かもう一つくらい決め手が欲しいが……」
こんな時、グレゴリオ最高司祭がいてくれたらなぁ。
私に授けられたという『前回より大きな加護』も、彼なら鑑定魔法で知ることができたはず。
――そうだ!
「ヴェネリオ子爵! 牧師さんのところに行きましょう!
聖教会の関係者なら、何か知ってるかもしれません!」
私は村の教会を目指して駆け出した。
****
「――なるほど、『新しき原初の聖女』ですか。なんとも強力な加護を授けられたものです。
その名前ならば、おそらく多数の加護を授けれているはず。
その中に、初代聖女が使えたという≪清廉なる壁≫があるかもしれません」
私はうなずいて目をつぶり、聖神様に祈りを捧げる――≪清廉なる壁≫をお与えください!
目を開けると、空中に半透明の卵の殻のような壁が生まれていた。
「これが……≪清廉なる壁≫?」
牧師さんがうなずいて答える。
「その壁は魔物が決して踏み越えられぬ障壁。強力にして強固な盾です。
初代聖女はそれを身にまとうことも、好きな位置に出現させることもできたと伝承にあります。
これならば、ブラッド・ボアを受け止めてもビクともしないでしょう」
私はヴェネリオ子爵と視線を交わしてうなずいた。
嬉しそうなヴェネリオ子爵が私に告げる。
「ようやく勝ち筋が見えてきましたな。
シトラス様、あなたの故郷、守り切って見せましょう!」
「当然です! その程度ができないなら、戻ってきた意味などありませんから!」
****
私はヴェネリオ子爵と共に、かがり火のそばで携帯食を食べていた。
もう間もなく魔物が来る。のんびりと食事をしてる時間はないけれど、空腹で戦うこともできない。
兵士たちも手早く食事を済ませ、村の外で戦いに備えている。
固いパンと干し肉をお湯でふやかしながら、私はついぼやく。
「やっぱり軍隊の食事は味気ないですね――どうしたんですか? ヴェネリオ子爵」
「いえ、あまりに食べなれてるご様子だったので。
やはり昨晩のお話は真実だった、ということでしょうか。
時を遡るなど、いくら聖神様の奇跡とはいえ、にわかには信じがたい」
私は苦笑を浮かべながらヴェネリオ子爵に答える。
「私自身が信じられないのですから、ヴェネリオ子爵が信じられなくとも仕方ありません。
ですが今度こそ、私は魔神復活を阻止しなければ。
聖神様は『最後の力』とおっしゃってました。二度目の奇跡はありません」
ヴェネリオ子爵が神妙な顔で私を見つめてきた。
彼が何かを言おうとしたとき、物見台の上から男性の大声が響き渡る。
「来たぞー! 魔物の集団発生だー!」




