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偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第4章 公爵家のおてんば姫

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第23話 おてんば姫のお披露目(2)

 ある貴族の書斎に、年老いた侍従が姿を見せる。


「旦那様、シュミット伯爵家から伝書が届いております」


 貴族の男性が視線を上げ、グレーの封筒を受け取った。


 辞去していく侍従を見送った後、男は封筒を開け中の手紙に目を通す。


 いつも通りの内容と――追加の便箋。


 それに目を通した男の目が薄く細められた。


 ――『聖女をエルメーテ公爵家から追い出せ』、か。報酬は悪くないがな。


 彼女の噂は男も聞いていた。追い出す方法も、思いつかなくはない。


 男は引き出しの奥に隠してある黒い帳簿に手紙をはさみこむ。


 机上にある書類から、所定の率をかけ、残った分を黒い帳簿に記していった。


 書類に記載されているのは、採掘量の記録だ。


 貴金属の採掘量、その一部をシュミット伯爵家に売り渡し、キックバックを受けとる。


 表の帳簿には税金がかかる。だが裏帳簿なら、税金の分だけ利益が上がる。


 売りさばくルートは全てシュミット伯爵家が手配してくれている。


 男はただ、横流しするだけでいい。なんとも簡単な商売だ。


 黒い帳簿を引き出しの奥に大事にしまい込むと、男は納品物を手配する書類にペンを走らせた。





****


 夜会当日の午前、お父様が公爵家に戻られた。


「ただいまティベリオ。シトラスに問題はなかったかい?」


「ええ、大丈夫よ。夜会の手配も抜かりはないわ」


 お父様たちが話をしている間、私はその顔を見上げていた。


 やっぱりお忙しいのだろう。疲れているのが、見ていても分かってしまう。


 おそらく満足な睡眠時間も取れてない。


 お父様の視線が私に寄越される。


「シトラス、夜会には参加できそうかい?」


「はい、問題ありません。それより――≪慈愛の癒し(セイント・ヒール)≫!」


 私の祈りに応え、(まばゆ)い光がお父様を包み込んでいた。


 驚くお父様の顔から、みるみる疲労が抜けていく。


「――ふぅ。どうでしょうか、少しは体が楽になりましたか?」


 お父様が戸惑いながら答える。


「あ、ああ。少し驚いたけどね。

 だけど、こんなところで聖女の奇跡を使ってしまって、夜会に影響が出たらどうするつもりだったんだい?」


 私はにっこり微笑みを返す。


「私が倒れても、『病弱な令嬢』と噂されるだけで済みます。

 ですがお父様は、今倒れられてしまうと問題が多く生まれます。

 ならば、迷うことはないと思いました」


「そうか……だがやはり顔色が悪い。

 夜会までは部屋で休んでいなさい。

 食事も部屋でとって構わないよ」


「はい、わかりました。お言葉に甘えさせていただきますね」


 お父様が部屋に戻るのと同時に、私も自分の部屋に向かう。


 階段を上る途中、隣を歩くアンリ兄様が不安げな表情で私を見ているのに気が付いた。


「大丈夫です、お兄様。社交界も慣れたものなんですから」


 なんせ十年間、一応は参加してきた世界だ。


 ずっと独りぼっちだったけどね!


「ならなぜ、そんなに顔色が悪いんだ。

 不安なんだろう? 無理をすることはない。

 気分が悪くなったら、すぐに言うんだ」


 アンリ兄様はこの二日間、私を見てきてる。


 日に日に不安で押しつぶされそうになっていく私のことを。


 私は黙って微笑みながらうなずいた。





****


 夕方になり、夜会の支度が始まる。


 ドレスに着替え、子供用の化粧を施していく。


 ……なーんで子供にまで化粧を施すのかなぁ?


 正直言って、化粧は苦手だ。


 息苦しくなるし、顔がべたべたするのも気持ち悪い。


 これだけは十年経っても慣れることはできなかった。



 日が落ちて外がにぎわってきた。


 窓から様子を眺めると、公爵邸への道に馬車の行列ができてる。


 来賓か。かなりの大人数だ。


 ドアがノックされ、そちらに振り向く――アンリ兄様。


「そろそろ控室の方に移動しよう」


 私は静かにうなずいた。





****


 公爵家の大ホール、その控室に私とアンリ兄様はいた。


 お父様とお母様は、来賓対応だ。


 遠くから聞こえてくる楽団の奏でる音色が、私の嫌な記憶を呼び覚ます。


 レイチェルが私に水の入ったコップを差し出してきた。


「お嬢様、顔色がお悪いですよ」


「大丈夫よレイチェル。ありがとう」


 少しだけ水に口を付けて一息つく。


 私はソファに座りながら、手に掻く嫌な汗を握りしめていた。


「どのくらいの方が来ているのかしら」


 アンリ兄様が私に答える。


「領内の貴族とその家族、二百人ほどが参加するはずだ。

 だがほとんどは下位貴族。

 王都からやってきている高位貴族もいるらしいが、数は多くないと聞いている。

 お前のことは事前にグレゴリオ最高司祭が『聖女である』と宣告し、その後にお前が登場する段取りだ」


 私は驚いて目を丸くした。


「――え?! グレゴリオ最高司祭が来てらっしゃるの?!」


 あの方だって忙しい人のはずだ。


 そんな人までが、私のお披露目なんかに?


 アンリ兄様がうなずいた。


「ああ、この夜会のために来てくださった。

 今はまだ、国が正式な布告をする前だ。

 お前が確かに聖女であると、聖教会の司祭が認めなければならない。

 司祭の手配を頼んだら、グレゴリオ最高司祭が名乗り出たそうだ」


「そんな……あの方にまでご迷惑をおかけしてしまったのね」


 お母様は、私の町での行動を『恥じるべきところはない』と言ってくれた。


 だけど私の軽率な行動でお父様やグレゴリオ最高司祭に無駄な労力と時間を使わせている。


 これからはアンリ兄様やお父様が言う通り、公爵令嬢らしい行動を心掛けた方がいいのかな。


 私が落ち込んでいると、アンリ兄様が優しい声で告げる。


「そんなに落ち込むな。母上が言う通り、悪を憎む心は公爵家の人間として誇らしいと思う。

 今回はただ、時機が悪かっただけだ。

 お前はお前らしくあれば、それで構わないだろう」


 見上げると、優しい眼差しのアンリ兄様の微笑みがあった。


 ……いつか、アンリ兄様にも迷惑をかけてしまうかもしれない。


 そうならないよう、やはり公爵令嬢らしくするべきなのだろう。


 私は微笑んで告げる。


「ありがとうございます、お兄様」


 アンリ兄様の微笑みが曇った。


「そんなに悲しい笑顔を見せないでくれ。

 私たちは、お前に明るい笑顔でいて欲しいんだ」


 笑顔、失敗してたか。


 私はうつむいて表情を隠した。


 だんだんと時間が迫ってきている。


 指先の震えを、握りしめてごまかした。


 深呼吸をして時計を見る――午後六時。開宴から一時間だ。


 ホールの方から、大勢の人間がどよめく声が聞こえた。


 ……グレゴリオ最高司祭の宣告が終わったのかな。


 つまり、出番だ。


 ドアがノックされ、お母様が姿を見せた。


「さぁシトラス、行くわよ――アンリ、しっかりエスコートしなさい」


 私は目の前に差し出されたアンリ兄様の腕を取る。


 ソファから立ち上がると、膝が笑っているのを自覚してしまった。


 あれほど覚悟を決めたのに、まだ怖いのかな。


「大丈夫だ、私がそばにいる」


 顔を上げると、アンリ兄様が優しく微笑んでいた。


「……はい、よろしくお願いします」


 私はアンリ兄様にエスコートされ、ゆっくりとホールに向かった。





****


 ホールへのドアを抜けると、大勢の貴族たちの視線がこちらへ集中した。


 人数は多くないけど、その奇異の目だけで私の全身が総毛立ち、背中を冷たい汗が流れ落ちる。


 ――ああ、十年前の夜会を思い出す。


 あの時は、所作も満足にできなくて、嘲笑が聞こえてきたっけ。


 そのままゆっくりとお父様の元へ歩いていく。


 その間も、貴族たちの視線を浴び続けた。


 私は自分を奮い立たせ、貴族の微笑を顔に貼り付ける。


 お父様の元へたどり着くと、お父様が私にうなずいてから、来賓に告げる。


「この子が新しい娘、シトラスだ。

 先ほどグレゴリオ最高司祭が告げたように、稀代の聖女として聖教会から認定されている。

 先日、病床に臥せっていた妻を癒したのも、シトラスの力だ。

 彼女が間違いなく聖女であると、私もここに宣言する。

 ――さぁシトラス、自己紹介を」


 お父様に背中を押され、私は一歩前に出てカーテシーで挨拶する。


「シトラス・ファム・エストレル・ミレウス・エルメーテですわ。

 これから貴族社会の一員として加わります。

 皆様、よろしくお願いします」


 顔を上げると、周囲の貴族たちは呆然としているようだった。


 ……なんで? 私、何も間違ってないよね? やっぱりなんかやらかした?


 こういう時はとっとと引っ込むのが一番だ。


 一歩下がり、お父様の後ろへ控える。


 お父様が来賓に向けて告げる。


「では夜会を続けよう!」


 お父様の合図で、楽団が演奏を再開する。


 それと同時にお父様の元へ、周囲の貴族たちが集まり始めた。


 次々と私に挨拶を告げに来る貴族たちの顔と名前を覚えながら、言葉を交わしていく。



「フランコ・デルス・グランデ子爵です。

 稀代の聖女に会える僥倖、神に感謝いたします」


「まぁ、グランデ子爵? あなたの領地はバラの香水が有名だそうですわね。

 今度試してもよろしいかしら。お勧めの香りを教えてくださらない?

 ――まぁ! ではその香水をお母様にお願いしておきますわね」



「アンドレア・ボニフ・メローニ伯爵です。

 シトラス様は本当に二週間前に公爵家に来たばかりなのですか?」


「ええ、その通りですわよ?

 メローニ伯爵と言えば、良質の綿素材の産地をお持ちだそうですね。

 私、先日からお母様に教わって刺繍を始めましたの。

 よろしければ糸と布を試させてもらえるかしら。

 ――ええ、楽しみにしていますわ」



「ジョン・デルソ・バッフィ伯爵です。

 あなたは本当に七歳なのですか? とてもそうは見えません」


「間違いなく、七歳ですわよ?

 お疑いなら、ジルベルト伯爵領のベイヤー司祭をお尋ねください。

 彼が私に洗礼を施してくださいましたの。

 バッフィ伯爵と言えば、公爵領でも有数の精強な私兵団をお持ちだそうですわね。

 お父様も常々、頼りにしていると口になさってます。

 豚や馬の産地としても有名だとか。普段から愛用させていただいてますわ」



 多い! 貴族の数、多すぎる!


 私は必死に頭を回転させて受け答えを続けていく。


 貴族たちは感心するようにうなずき、去っていった。



「ギド・デアル・ソロカイテ伯爵だ。

 なるほど、二週間でよくぞここまで仕込んだものだと感心しましょう。

 だが所詮は農村生まれ。下賤(げせん)な血が公爵家に入るなど、エルメーテ公爵は正気なのですかな?」


 私の体温が急激に下がったような感覚に陥った。


 一瞬視界が暗くなったけど、気合でなんとか踏ん張った。


 アンリ兄様が私の前に出て背中でかばい、何かを叫ぼうとした――それを、私が手で止めた。


 この人は、アンリ兄様が口を出しちゃダメな人だ。


 私はソロカイテ伯爵に微笑みながら告げる。


「私の生まれが農村なのは確かですが、お父様を侮辱するのはやめていただけるかしら。

 そしてあなたの発言は、私に聖女の力を授けてくださった聖神様も侮辱するに等しい行為。

 その言葉を訂正しないのであれば、聖神様の名において、あなたを『神に対する反逆者』としてグレゴリオ最高司祭に告げなければなりません。

 それでも構いませんか?」


 ソロカイテ伯爵が意地の悪い笑みで答える。


「ふふ、小娘がいっぱしの口を。

 反逆罪を問われるのは本意ではない。先ほどの言葉は訂正させてもらおう。

 ――だが、まともな婚姻を貴族社会で結べると思うなよ?

 どうやって司祭をごまかしたのかは知らんが、こんな小娘が稀代の聖女などとは笑わせてくれる。

 私を納得させたければ、聖女の力とやらを見せてみろ」


 お父様が苛立たしそうにソロカイテ伯爵に告げる。


「ソロカイテ伯爵! 口が過ぎるぞ!」


「果たしてそうかな? エルメーテ公爵も目を覚まされてはいかがか。

 噂では町でも大暴れしたと聞く。とても聖女や公爵令嬢がとる行動ではあるまい?

 今からでも遅くはない。エルメーテ公爵家から放逐してはいかがか」


 私は微笑みの奥で奥歯を噛み締めた。


 ソロカイテ伯爵領は貴金属の産地として有名だ。


 貴金属は宝石類と並んで、貴族社会で最も重宝される品。


 そんな彼の発言力は、公爵領でも群を抜いているはずだ。


 お父様が強く出られないと分かってるんだ、この男は!


 だけど! ここまで侮辱してくる相手なら戦わないと!


 前回の人生では、ここで逃げていたから状況が悪くなっていった。


 同じ轍を踏むわけにはいかないのだから!


 私は祈りをソロカイテ伯爵のカフスに向けた。


「≪無垢なる妖精(セイント・フェアリー)≫! 知っている秘密をすべて打ち明けて!」


 驚いているソロカイテ伯爵のカフスから、ふわりと小さな女の子が浮き上がっていた。


『ソロカイテ伯爵は裏帳簿を付けているよ! 税金をごまかしてるんだ!

 それと領内に若い愛人が二人いるよ! これは夫人にも秘密なんだ!』


 驚くほどペラペラと、妖精が明るく秘密を暴露していった。


 隣にいたソロカイテ伯爵夫人が、眉を逆立ててソロカイテ伯爵の襟元をつかんだ。


「あなた! 愛人が二人もいるってどういうことかしら?!」


「待てパオラ! 話せばわかる! こんなもの、小娘のまやかしだ!」


 夫婦喧嘩が始まりそうなところで、お父様が間に割って入った。


「その話し合いは、帰宅してから続きをしてほしい。

 ――それより、裏帳簿の件について詳しく聞かせてもらおう。

 貴公は脱税をしていると、そういうことなのだな?

 その金の行き先も詳しく吐いてもらおう」


 お父様が眼光鋭くソロカイテ伯爵をにらみつけた。


 領主たちにも、国に納めなければならない税金はある。


 悪質な脱税だった場合、死罪だって有り得る重罪だ。


 すっかり青い顔になったソロカイテ伯爵が、あわてて身をひるがえした。


 お父様が大きな声で叫ぶ。


「その男を捕まえろ! 国家反逆罪だ!」


 走り去っていくソロカイテ伯爵がホールの入り口に差し掛かると、その入り口を一人の大男がふさいでいた――お父さんだ。


 お父さんは鬼のような形相で怒りをほとばしらせている。


「貴様、よくもシトラスを侮辱してくれたな」


「――そこをどけ!」


 ソロカイテ伯爵がお父さんをはねのけようとした。


 お父さんはそれより素早く剛拳(ごうけん)でソロカイテ伯爵の顎を下から撃ち抜いていた。


 天井に叩きつけられたソロカイテ伯爵が、糸の切れた操り人形のように落ちていった。


 そのまま床に激突する寸前、お父さんがその服をつかんで激突を回避していた。


「ふん! 小悪党風情が粋がりおって!」


 ……うわぁ。お父さん今、本気で殴ってた。


 ブラッド・ボアを倒しちゃうパンチだよ? 殺してないよね?


 私はソロカイテ伯爵に息があるのを遠目で確認すると、大きなため息をついた。


 緊張の糸が切れた私の意識は、その記憶を最後に途切れた。


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