表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第4章 公爵家のおてんば姫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

第19話 不器用な少年

 アンリは今日も午前から座学の授業を受けていた。


「……スカラ先生、妹の、シトラスの様子を見てきたいのですが、構いませんか」


 講師が教本から目を上げ、アンリの目を見つめて答える。


「どうしたのですか? 妹ができたのが、そんなに――」


「スカラ先生、お願いします」


 アンリは講師の言葉を遮り、真剣な表情で告げた。


 その目を見た講師は、ゆっくりとうなずいて教本を閉じた。


「……いいでしょう。では本日の講義はここまでにします」


 教本を片付け、帰ろうとする講師に「ありがとうございます!」と告げたアンリは、部屋から駆け出していた。



 部屋を出たアンリは、途中で侍女を呼び止めて尋ねる。


「シトラスがどこに居るか、知らないか」


「シトラス様ですか? それでしたら奥様の部屋にいらっしゃるかと」


「ありがとう!」


 アンリの足は、まっすぐティベリオの部屋へ向かって駆け出した。





****


 ティベリオの部屋の前で息を整えたアンリが、そっと開け放たれたドアから様子を窺う。


 中にティベリオの姿はなく、シトラスが一人で刺繍を刺していた。


 彼女は鼻歌を歌いながら、一心に刺繍に打ち込んでいる。


 長い亜麻色の髪の毛が、体と一緒に揺れて実に楽しそうだ。


 こうして見ていれば、とても可憐な少女なのだ。


 だが、その動きが突然止まった。


 思いつめるような表情で刺繍を見つめたあと、ため息とともに刺繍枠をテーブルに置いた。


 そして、とても大人びた眼差しで窓の外を眺めていたのだ。


 不思議な少女だと思った。


 天真爛漫な少女に見えるが、大人びた公爵令嬢らしい面も持つ。


 そして時折、こうしてとても悲しい目をするのだ。


 さらに昨日の失神騒動や昨晩の錯乱(さくらん)する様子。


 ――彼女には、何か秘密があるに違いない。


 エルメーテ公爵は、まだその秘密をアンリに教えるつもりがない。そのくらいはアンリにも理解できている。


 だが、その秘密を打ち明けてもらえる日が来るのを、アンリは待ちきれなかった。


 ――シトラスに、あんな目をさせてはいけない。


 ただその一心だった。


 アンリが思い切って口を開く。


「シトラス、どうしたんだ?」


 シトラスが(はじ)けるようにアンリに振り向いた。


「おにい……さま。いえ、なんでもありませんわ。

 それよりお兄様こそ、どうなさったのですか?

 今は講義のお時間ではないのですか?」


 アンリは室内に入り、シトラスのそばに腰を下ろしながら告げる。


「……どうやら気分がすぐれないように見える。

 どうだろう、また馬で走ってみないか」


 十歳なりに、必死に考えた言葉だった。


 シトラスが微笑みながらアンリに答える。


「ポニーは先日、乗せていただいたばかりですわ。

 それに今のドレスでは、馬に乗るのは難しいと思います」


「そうか……なぁシトラス、お前の秘密を私に打ち明けてはもらえないだろうか」


 アンリは思い切って、単刀直入に切り出した。


 不器用なアンリでは、話術でシトラスの心を救う方法などわからなかった。


 シトラスが驚いたように目を丸くした。


「どうなさったのです? 秘密など、私にはありませんわ。

 特別な聖女だそうですから、それで普通の方とは少し違うのでしょう」


 アンリは苦笑を浮かべながら、シトラスに答える。


「あまり私を馬鹿にしないで欲しい。

 確かにまだ子供だが、お前や父上が隠し事をしていることぐらいわかる。

 父上はまだ、私や母上に秘密を打ち明けるつもりがないようだ。

 だが私は、シトラスのそんな悲しそうな瞳を我慢できそうにない。

 話を聞くぐらいなら、子供の私でもできるだろう。

 悩みがあるなら、聞かせてくれないか」


 シトラスはまじまじとアンリの目を見つめていた。


 アンリはその視線を静かに受け止め、シトラスの言葉を待った。


「……お兄様がそんなに饒舌(じょうぜつ)になるだなんて、本当に必死ですのね。

 もっと口下手な方だと思っていましたわ」


「お前の力になりたいんだ。どうか私に、お前の力になる機会を与えてくれないか」


 シトラスは刺繍に手を伸ばし、自分が刺した花を指でなぞっていた。


 しばらくそうして考え込んだ後、再びアンリの目を見つめた。


「……お父様の許可を得ずに伝えてしまえば、あとで私たちが怒られてしまいます。それでも構いませんか?」


「構わない。お前が父上に叱られるようなことになれば、私がお前をかばってみせる。

 私が無理やり聞き出したと言えば、お前が責められることはあるまい」


 シトラスが小さくため息をついた。


「では、少しだけお話しします。

 私は聖神様から、この世界を救うように命じられているのです」


 アンリはぽかんと口を開け、シトラスの目を見つめた。


「世界を救う? どういうことだ?」


「このまま国をシュミット宰相の好きにさせていると、十年後に聖神様の封印が破られ、魔神が復活して世界が滅ぶのです。

 私は聖神様から、洗礼の折にそう告げられました。

 それを阻止するのが、聖女である私の義務であり使命なのです」


 アンリは呆然とシトラスを見つめていた。


 壮大過ぎて信じがたい話だが、シトラスは母親たちの命を救った聖女――そこに間違いはない。


 その聖女が聖神から言い渡されたというのであれば、それは事実なのだろう。


「……それは分かった。だが、なぜそのように悲しい目をしているんだ?

 それほどつらく苦しい使命なのか?」


 シトラスが弱弱しく微笑んだ。


「私は宰相や陛下の治世で、苦しんでいる人々を救わねばなりません。

 苦しんでいる人たちの心に温かな幸福を与えることが、聖神様の封印を強化することにつながるからです。

 今この瞬間にも、苦しんでいる人々が大勢います。

 彼らを少しでも早く、大勢救わなければ、私の使命を果たせないのです。

 そんな私が今、こんな場所で刺繍を刺している――いいわけがありません。

 ですが今は、何をしていいのかもわからない。

 私の力は小さなもの。そんな大それた使命をどうやって果たすのか、途方に暮れておりました」


「お前の力は決して小さくなどない! 現に母上たちの命を救ってくれたではないか!」


 シトラスの微笑みが、少しだけ優しいものに変わった。


「ええ、エルメーテ公爵家を救えたのは何よりでした。

 あのままではお母様たちだけでなく、いつかお父様やお兄様も宰相の手によって殺されていたでしょう。

 今回はそれを防げそうなので、それだけは安心しています」


 アンリが眉をひそめた。


「今、『今回は』と言ったのか? どういう意味だ?」


 シトラスが慌てて口元を手で隠した。


「……今のは、聞かなかったことにしてください。

 まだ『それ』を話すのは、早いと思います。

 少なくとも、お父様の許可が必要な内容だと、私は思うのです」


「なぜだ? そこまで言ってしまったのなら、全て教えてはくれないか」


 シトラスが目を伏せ、悲しげに答える。


「余計なことを知れば、お兄様の身が危険にさらされます。

 敵は、宰相は貴族社会を牛耳る男。子供のお兄様が勝てる相手ではありません。

 宰相に隙を見せることなく追い詰め、国政の場から追放するのが第一の目的なのです」


 確かにアンリが下手な動きをして宰相派閥にでも捕まれば、エルメーテ公爵の足を引っ張る。


 それはシトラスにとっても大きな痛手となるだろう。


 アンリは小さく息をついて尋ねる。


「では、なぜあれほど王族を拒絶したのか、その理由を教えてはもらえないか。

 田舎の農村で暮らしていた七歳の少女が、王族と関わる機会などなかっただろう。

 遠目に見ることすら不可能だ。どこで陛下や殿下たちと面識を得た?」


 シトラスは困ったように微笑んだ。


「それも、いつかお話しできることだと思います。

 ですが今は、どうかお許しください。お兄様」


 アンリは思わず、シトラスの両手を握りしめていた。


 驚くシトラスの両目を射抜くように見つめ、必死に思いのたけを言葉に込める。


「私はシトラスを守りたい。母上たちの命を救ってくれたからじゃない。

 私が『私の意志』で、シトラスという女性を守りたいと強く思ったんだ。

 お前を守るためにも、何があったかを知っておきたい。教えては……くれないか」


 アンリの、精いっぱいの言葉だった。


 自分の人生の中で、これほど誰かを大切に思うことなどあるのかと、自分で驚くほどだった。


 十歳と七歳――子供同士ではあれど、一人の男性として、一人の女性であるシトラスを守りたいと、全身全霊で願ったのだ。


 アンリの目を見つめ返していたシトラスが、ふっと大人びた笑みをこぼした。


「ふふ、五年後には『冷血貴公子』と呼ばれることになるアンリ公爵令息が、そのように暑い言葉を口にするだなんて、とても不思議な気分です。

 わかりました、できる限りお話しいたします。

 ――お母様、そちらにいらっしゃいますね? お母様もこちらへおかけください。長い話になりますので」


 ドアの陰からティベリオが姿を見せ、戸惑いながらシトラスに近寄って行った。


 そうしてシトラスは自分の身に起きたことを、十年前のあの日からぽつり、ぽつりと話していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ