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偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第4章 公爵家のおてんば姫

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第18話 花の刺繍

 お父様が私兵団を連れて出立するのを、お母様と見送った。


 遠くにかすみ始めるお父様たちの姿を見ながら、これからを考える。


 ……これからどうしよう。


 今の自分にできることを考える――聖女と言っても、まだ七歳の女の子だ。


 一人で旅をできるわけでもない。


 『王都に行って悪事を暴く』なんてことも、当分はできないだろう。


 それでも、一歩でも人々の救済に動き出したかった。


「ん-、なにをしようかな」


 私のつぶやきにお母様が答える。


「あら、やることが見つからないの?

 あなたに付ける講師の手配は、まだ時間がかかるわ。

 そうね……一緒に刺繍でもしましょうか」


 おっと、勘違いをされたかな?


 私は『暇をつぶしたい』わけじゃなく、『この時間を少しでも使命を果たすことに使いたい』のだけど。


 でもせっかくのお母様のお誘いだし、断れないよね。


「刺繍はやったことがありません。私でもできるものなのですか?」


 お母様が柔らかく微笑んだ。


「すぐにできるようになるわ。貴族令嬢のたしなみよ?

 ――さぁ、私の部屋にいらっしゃい。教えてあげる」


「はい、お母様」


 私はお母様の後を追って、屋敷の中へ入った。





****


 エルメーテ公爵領から王都へ戻っている、兵士を連れた馬車の一群――国王たちだ。


 その馬車の中で、国王が不機嫌そうに外を眺めていた。


「私を追い返すなど、エルメーテ公爵め……つけあがりおって」


 ダヴィデ王子が小さな声で答える。


「ですが、聖女様が倒れられたのですよ?

 聖女様に何かあれば、父上が責任を問われます。

 あれは帰るしかありませんよ」


 ラファエロ王子も、機嫌が悪そうに口を曲げていた。


「聖女ごときがなんだというのだ。我らは王族だぞ?

 聖教会の連中が大きな顔をしているのは気に食わんな。

 ――父上、奴らをどうにかできないのですか」


 国王が小さく鼻を鳴らした。


「聖教会の影響力は強すぎるのだ。

 下手(へた)をすれば、我ら王家よりも力を持つ。

 信徒どもに叛乱(はんらん)されたら、我が王家でも潰されかねん。

 たかが農民の娘ごときに気を遣わねばならんとは……なんとも腹立たしいことよ!」


 そんな村娘でも、王家に迎え入れなければ別の家に王統を奪われかねない。


 だからこそ、いち早く聖女に会って婚姻の話をまとめようとした。


 わざわざ早めに王都を出立し、聖女がエルメーテ公爵家に引き取られる日に合わせた。


 そこまでして会ったというのに、あの聖女は王族との婚姻話を失神するほど拒絶したのだ。


 具合が悪いのも嘘ではないだろうが、明らかに王族を拒絶しているのが見て取れた。


 あの様子では、妃として王家に嫁がせるのは無理だろう。


 このままでは他の有力貴族が聖女にアプローチし、婚姻話をまとめてしまうかもしれない。


 そうなれば王統の争奪戦となるが、グレゴリオ最高司祭が『伝承でも聞いたことがないほど稀有な聖女だ』と力説した。


 聖教会の信徒たちは、聖女の肩を持つだろう。


 聖女の伴侶であれば王位継承権を持つ。


 その男が王位を望めば、簡単にそれが手に入るのだ。


 現王家の終焉が間近に迫っているように思え、国王は内心で焦っていた。


「……なんとかせねばならん。

 無理にでもラファエロに嫁がせられれば良いのだが、エルメーテ公爵のガードが堅い。

 その線も難しいだろう」


 ラファエロ王子が考えをめぐらしながら告げる。


「……父上、あの女が『稀代の聖女』であるから話がややこしいのです。

 あれが『偽りの聖女』であるとすれば、話が変わるのではありませんか?」


 国王の目が、興味深そうにラファエロ王子を見た。


「どういうことだ? 言ってみろ」


「あの女はどうやら、私や父上をひどく恐れています。

 そんなわれらの前で、聖女の奇跡を使わせるのです。

 失神するほど恐れるわれらの前では、奇跡を成功させることなどできないでしょう。

 それをもって、『あの女が偽物である』と広く宣告するのです。

 そして国家を混乱させた罪人として、(すみ)やかに処刑してしまいましょう」


 彼らは暗愚(あんぐ)だが、他人の弱みを見出すことにかけては不思議と()けていた。


 国王が満足げに口角を上げた。


「……なるほど、悪くない案だ。

 だがこういったことは宰相が巧い。奴に計画を詰めさせよう。

 私に無駄足を運ばせた罪、命であがなわせてやるとするか」


 ダヴィデ王子は黙って国王たちの会話を聞いていた。


 彼は国王たちの浅知恵が巧く行かないことを知っている。


 だが忠告をしても、『生意気だ』と怒鳴られて終わるのが常だった。


 これで()りてくれればいいのにと、心の中で思っていた。


 聖女に迷惑をかけることになるが、きっとエルメーテ公爵やグレゴリオ最高司祭がなんとか対応してくれるだろう。


 それで王家が断絶しようと、父親たちの自業自得だと諦めていた。





****


「――できました!」


 私は声を上げながら、木枠で固定されたハンカチを掲げていた。


 そこには小さく赤いチューリップの刺繍が刺されていた。


 ちょっと不格好になったけど、立派にチューリップに見えるのでよしとする!


 お母様が嬉しそうに、私の手の中の刺繍を見つめていた。


「初めてにしては上出来ね。どう? 簡単だったでしょう?」


 私は微笑みながらうなずいた。


「はい! お母様に教えていただいた通りにしたら、とっても簡単でした!

 次は何を刺しましょう?」


「焦らないで。もうしばらく簡単なモチーフを刺して慣れた方がいいわ。

 慣れてきたら、紋章でも刺してみる?

 花に次いで、貴族令嬢が贈り物に刺す定番のモチーフよ?」


 ああ、そういえばそんなことも少しだけ習ったっけ。


 『前回の人生』では使うことがなかったから、すっかり忘れてた。


「お父様やアンリ兄様の紋章は、どんなものなのですか?」


 お母様が部屋の隅から本を取り出し、ページを開いて見せてくれた。


 どうやら、貴族たちの紋章カタログのようだ。


「エルメーテ公爵家の紋章はこれよ」


 大きな盾の両隣に竜がいる、ちょっとかっこいい紋章だ。


 盾が結構複雑で、いくつもの模様が重なっている。


 『紋章は長い歴史を持つ大きな家ほど複雑になる』と、『前回の人生』で教わったっけ。


「……大変そうですね」


 お母様が楽しそうに口元を隠して笑みをこぼした。


「ふふ、きっちりこの通りに刺さなくても大丈夫よ――ほら、このくらい簡素にしてもいいの」


 お母様が懐からハンカチを取り出し、刺繍の部分を見せてくれた。


 それはかなりざっくりと簡略化してあって、『このくらいなら私でも刺せそうだな?』と思えるものだった。


 まぁそりゃそうか。こんな小さな範囲にこんな複雑な模様なんて刺せないよね。


 きっちり模様を再現しようとしたら、ハンカチ全面を使うことになっちゃうもん。


 お母様が本を置いて立ち上がった。


「それじゃあ私は少し、コルラウトやエルベルトの様子を見てくるわね。

 あなたはもう少し、花のモチーフで練習しておいて」


「はい、お母様!」


 次男のコルラウトは四歳、三男のエルベルトは一歳だ。


 基本的に乳母が世話をしているらしいのだけれど、やはりちょくちょくお母様も顔を見せて世話をするそうだ。


 弟たちは私の癒しの奇跡ですっかり元気になったらしく、『やんちゃで困る』と乳母がうれしい悲鳴を上げてるみたい。


 私は気分よく、今度は同じ図面で黄色いチューリップを刺していった。


 そうして鼻歌を歌いながら刺繍を刺している手が、ぴたりと止まった。


 ――こうしている間も、苦しんでいる人たちが大勢いることを私は知っている。


 この領地はお父様が管理しているから平和だけど、前回の人生で見聞きした宰相派閥の領地は、重税にあえいだ民衆たちが今日食べる物にも困るような生活をしていた。


 一年後の開戦を目指して宰相派閥が動いているなら、もう重税は始まってるはずだ。


 戦争の準備で農家の働き手が兵役に連れていかれ、軍の食糧を仕入れることで市場の食料品が値上がりしている頃だろう。


 もちろん、そんな問題を私が解決する方法なんて知らない。


 『前回の人生』でも、何もできなかった。


 だけど苦しんでいる人たちがいると知っているのに、今の私はのんきに刺繍を刺している。


『聖女様、どうかお助けください!』


 何年も聞き続けた、苦しむ民衆たちの救いを求める声が耳にこだまする。


 記憶にある彼らの目が、今の私を責めたてる。


 だからって、私に何ができるというの?


「――ふぅ」


 私は刺繍枠を机の上に置いて、窓の外を何気なく眺めていた。


「シトラス、どうしたんだ?」


 声に驚いて振り向いた先に、アンリ兄様の姿があった。


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