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偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~  作者: みつまめ つぼみ
第4章 公爵家のおてんば姫

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第16話 心の傷

 貴賓室(きひんしつ)に足を踏み入れると、上座には忘れたくても忘れられない、壮年の男性が座っていた。


 他人を下に見ることだけは得意な、妙に陽気なひげ面の男性――国王だ。


 国王は、私の全身を舐めるように見ていた――その視線だけで、私の体が硬直した。


「お前が稀代の聖女とやらか。

 グレゴリオ最高司祭があれほど言うのだ。

 せっかくだから、この場で特別な力とやらを見せてみろ」


 お父様が私をかばうように前に出た。


「陛下、先ほど述べたようにシトラスは昨日、我が家族を救うために非常に消耗しました。

 まだ充分に回復しておりません。

 そのような無理難題をおっしゃらないでいただきたい」


 国王は方眉を上げ、つまらなそうに告げる。


「結局そうなるのか? ――まぁ、無理をして死なれても仕方ない。

 では本題に入る。そこの聖女も座るがいい」


 私は震える膝でなんとか踏ん張り、お父様の背中に隠れるようにしながら、必死に足を動かした。


 視線は極力、国王たちを見ないようにしていた。


 なのに、彼らがこちらを凝視(ぎょうし)しているのだけは分かってしまう。


 それでも何とかお父様の横、その陰に身を隠すように腰を下ろした。


 隣にいるお母様が、私の手にそっと手を重ねてくれる。


 そのぬくもりを必死に心の支えにしていた。


 国王の傲岸な声が聞こえる。


「ふむ……緊張しているのか?

 農村の娘が王族の前で緊張するのも分からなくはないが。

 お前はこれから公爵令嬢となるのだろう?

 少しは慣れてくれんと、我々としても困ってしまうな」


 国王の言葉が頭を素通りしていく。


 彼が何を言っているのか理解できない。


 私は黙って下を向いて、膝を手で握りしめていた。


 お父様の声が聞こえる。


「陛下、『困る』というのはどういうことでしょうか。

 それに本題とは、どういう意味ですか?

 本日は『シトラスの顔を見たい』という趣旨だったはず」


 その警戒する言葉に、国王はあっけらかんと答える。


「聖女は王族と婚姻するのが慣例だ。稀代の聖女なら、なおさらだろう?

 だからラファエロとダヴィデを連れてきたのだ。

 ――どうだお前たち。この娘をどう見る?」


 気取った少年の声が聞こえてくる。


「彼女なら、我が妃として問題がないでしょう。

 稀代の聖女が第一王子に嫁ぐ――ごく自然な成り行きだと思います」


 このしゃべり方は、ラファエロ王子だな。


 今この場のどこに自然な成り行きが転がっているのか、教えてもらいたいものだ。


 自分勝手で浅はかなところは、子供の頃から変わらないってことか。


 怖いもの見たさで、わずかに視線を上げる――彼は私のことをいやらしい目つきで舐めるように見ていた。


 ――この親子は、女子をぶしつけな視線で見てもなんとも思わないんだな。


 そこは『前回の人生』と同じか。


 相手が七歳だろうと、『女』として値踏みする男たちだったというわけだ。いよいよ気分が悪くなってくる。


 優しげな少年の声が聞こえる。


「父上、聖女様は本当に具合が悪そうです。今日はここまでに――」


「何を言っておるのか。お前の婚姻相手探しでもあるのだぞ?

 まぁ、ラファエロが乗り気だから、お前は予備ということになるがな」


 国王に(さえぎ)られた少年は、ダヴィデ殿下かな。気弱なところは変わらないか。


 気が付くと、私の歯が小さくカタカタと音を鳴らしていた。


 我ながら滑稽(こっけい)だけど、それほど恐ろしくて仕方がないらしい。


 お父様の手が、私の背中を優しくさすってくれていた。


「陛下、シトラスは本当に具合が悪いのです。

 その話は後日ということにして、本日はお引き取り願えませんか。

 これ以上、彼女に無理をさせたくありません。

 彼女に万が一のことがあれば、陛下でも責任問題となります。その覚悟はおありですか」


 お父様の声がとげとげしい――だけど私は知っている。目の前の男たちは、そんな機微(きび)にひどく疎いということを。


「緊張しているだけであろう? すぐ慣れると思ったが、まだ緊張が解けぬのか?

 ともかく、ラファエロは乗り気だ。今日この場でお前たちの婚約を決めてしまうとしよう」


 その国王の言葉で、私のトラウマが強烈に刺激されていた。


 ――ああ、この暗愚(あんぐ)な男は『今回の人生』でも、私を滅茶苦茶にして最後は殺しに来るんだ。


 そう実感してしまった私の意識は、急速に暗闇の中に沈み込んでいった。


 どこか遠くでお父様とお母様、そしてアンリ兄様が私の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。





****


 私の首が断頭台の上にある。


 遠目には国王とラファエロ王子の姿。そして憎しみのこもった怒声が場に満ちている。


 そばにいる首切り役人がロープを剣で断ち切り、刃がゆっくりと私に向かって落ちてくる。


 私はこの憎悪が渦巻く空間で、これから最後の血の花を咲かせるのだ。


 十年間、人々のために走り回ったつもりでいた。


 だけど結局、聖玉は砕けてしまった。


 もう人々を救う手はない。救いたかったはずの人間たちから悪意を叩きつけられながら、私の人生は幕を下ろす。


 何も成せない人生だった。ただ悪意ある人々に顎で使われ続け、疲れ果てていた。


 私の人生は何だったのか。聖女なんて、ならなければ――。





****


 公爵邸のリビングで、エルメーテ公爵とティベリオがソファに座っていた。


 ティベリオが不安げな顔でエルメーテ公爵に尋ねる。


「ねぇバレンティーノ、シトラスはなぜあれほど陛下たちを恐れているの?」


「今はまだ、何も言えない。すまない。

 だがあの子が抱える闇は大きすぎる。それが今日、痛いほど分かってしまった。

 彼女の心の傷が癒えるまで、どうか支えてやって欲しい」


「それは構わないけど……ねぇ、シトラスに婚約を押し付けることにはならない?」


 エルメーテ公爵がしっかりとうなずいた。


「それは陛下にもくぎを刺しておいた。

 今の状態で、私が婚約にうなずくことはないよ。

 私はこれでも陛下の従兄弟だ。強引にことを進めることはできない」


 ――不意に、二階から少女の叫び声が聞こえた。


 エルメーテ公爵とティベリオが青い顔で立ち上がり、エルメーテ公爵が告げる。


「お前はここに残っていなさい!」


 駆け出したエルメーテ公爵は、迅速にシトラスの部屋を目指した。





****


「あああああああああああ!!」


 自分の叫び声で目が覚めた。


 叫び声を上げる私を、誰かが強く抱きしめていた。


「大丈夫、大丈夫だシトラス! 落ち着くんだ!」


 しばらく叫び声をあげて、私はようやく正気を取り戻せた。


 涙でにじんだ視界の中で、私を抱きしめているのがお父様だと分かった。


「お……とう……さま?」


「ああ、そうだ。私だ。陛下たちはもう帰った。だから大丈夫だ」


「かえ……った? もう、いないのですか?」


「お前が倒れてすぐ、陛下たちには帰ってもらった。

 あれから二時間、お前は意識を失っていたんだ。

 もう王族はいない。だから、落ち着きなさい」


 お父様を見上げる私の目から、涙があふれてきた。


 そのままお父様の胸に飛び込み、もう一度思い切り声を上げ、涙を流した。





****


「少しは落ち着いたかい?」


 お父様の声に、私は鼻をすすりながらうなずいた。


「ごめんなさい、お父様の服を汚してしまいました」


 大声で泣きすぎて、すっかりのどが枯れていた。


 私はレイチェルに顔を綺麗にぬぐってもらったあと、おずおずとお父様の顔を見上げた。


 お父様は静かに、優しく微笑んでいた。


「服など、いくらでも替えはある。

 だがお前に替えはいないんだ。シトラスが無事でよかった」


 ……こんなことになるなんて、自分でも予想外だったな。


 この一か月間、悪夢は何度も見たけど、ここまでひどいことにはならなかったのに。


 気絶する前のことを思い出し、恐る恐るお父様に尋ねる。


「お父様、陛下がおっしゃっていた、婚約の話は……どう、なったのですか」


「それなら安心しなさい。しばらく棚上げということにしておいた。

 シトラスがこれほど陛下たちに拒絶反応を示すのであれば、私が婚約にうなずくことはない。

 どんな手を使ってでも、必ず阻止してみせる」


 そっか……ひとまず、最悪の人生にならずに済んだのかな。


 私は目線を落としながら、静かにうなずいた。


 お父様が「人払いを」と告げ、部屋の中には私とお父様だけになった。


「シトラス、本当に大丈夫か?

 お前にとってはわずか一か月前の出来事だ。

 心の傷が癒えるには、まだ時間が足りないだろう」


 私はうつむいて、自嘲の笑みを浮かべた。


「我ながら、これほど自分が弱いとは思っていませんでした。

 国王陛下とラファエロ殿下を前にすると、どうしても処刑された日のことを強烈に思い出してしまって。

 処刑台で首を落とされた瞬間ですら、ここまで取り乱したりはしなかったんですけど……不思議ですね」


 そっと顔を上げると、お父様が優しい目で私を見つめていた。


「その時には失意と絶望で疲れ果て、心がマヒしていたのだろう。

 今のお前の反応が、本来の姿なのだ。

 それほどお前の心は傷付き、癒しを必要としている。

 その傷が癒えるまで、お前は静養しなければならない。

 そのくらいは、自分でも理解できるね?」


 癒し、か。癒しの奇跡を使える聖女にこそ癒しが必要とか、何の冗談だろう。


「ですが、時間は待ってくれません。

 ぐずぐずしていたら再び聖玉に亀裂が入り、いつか砕けてしまいます。

 私はできることをやっていかねばなりません。

 今度こそ、失敗するわけにはいかないのです」


「しばらくは大人たちが踏ん張って見せる。

 シトラスの力が必要になれば、その時には力を貸してもらうことになる。

 だがそれまでは、七歳の子供として穏やかに過ごして欲しい。

 時間が経てば、その心の傷も少しずつ癒えていくはずだ」


 私はうつむいて考えていた。


 本当にそれでいいのだろうか。


 そんなに甘い考えで国を、世界を救えるのだろうか。


 失敗はもう許されない。


 宰相は今も国を私物化して、人々を苦しめてる。


 そうした行いが聖神様の封印を弱め、聖玉の崩壊へつながっていく。


 私は少しでも早く、多くの人々を救わなきゃ。


 ……でも、お父様にこんなことを言っても、止められるだけだよね。


 私はお父様の顔を見上げて微笑んだ。


「わかりました。ではお父様たちにお任せしますね。

 私はお父さんやお母さんたちと、ゆっくり時間を過ごしていきます」


 お父様の目は、とても悲しげだった。


「……どうか、その言葉通りに過ごしておくれ。これは私からの願いだ」


 そう私に告げて頭を撫でたあと、お父様は身をひるがえして部屋から出ていった。


 私はその手の感触の余韻を味わいながら、再びベッドに倒れこんだ。


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