第10話 大人の密談
人払いがされた応接室に、エルメーテ公爵とグレゴリオ最高司祭の姿があった。
閉め切られたドアがノックされ、外からギーグが姿を現す。
「用事とはなんだ? 私に何か相談事か?」
エルメーテ公爵がふっと笑みをこぼして答える。
「まぁ座ってくれ。シトラスに関することだ。
父親であるお前も、聞く権利がある」
ギーグが小さく息をつき、ドアを閉めてソファに腰かけた。
「よくこんな短期間で養子の話をまとめられたな。
周りの兵士たちも、『これほど早急に話がまとまるのは聞いたことがない』と驚いていたぞ」
グレゴリオ最高司祭が人の好い笑みで答える。
「そこは最高司祭の権限を最大限活用させてもらいましたとも。
エルメーテ公爵と力を合わせれば、このぐらいは何とかなります。
陛下に承認させたのはエルメーテ公爵のお力。私はそれに言葉を添えただけです」
エルメーテ公爵が微笑みながらそれに答える。
「なに、グレゴリオ最高司祭が『シトラスがどれほど稀有な聖女なのか』を説いてくれたからこそだ。
外では言えんが、陛下は暗愚だからな。
権威ある者が力説すれば、素直に従ってしまわれる。
今はそこをシュミット宰相にいいように突かれているが、今回は我々がそれを行っただけだ。
せめて周りを固める重臣に確かな者を置ければ、現陛下でも国政で困ることはないのだが」
グレゴリオ最高司祭が眉をひそめて告げる。
「しかし、シュミット宰相をつぶしたからと言って安心はできますまい。
現陛下の御代が続けば、いずれ新たな奸臣が台頭してくるだけでしょう」
エルメーテ公爵が顎に手を当てて考え込んだ。
「……確かにシュミット宰相以外にも気にかかる臣下は多い。
宮廷の大掃除をするにしても、現陛下の御代では時間が足りないだろう。
ならば重臣と共に、現陛下にもお下がりしていただくのが手っ取り早いかもしれんな」
ギーグがエルメーテ公爵に告げる。
「だが次代となると、ラファエロ殿下ですら九歳だ。ダヴィデ殿下も六歳。
即位させるには十年単位の時間が必要になるぞ?」
「十年ならば準備期間として申し分がない。
どちらにせよ、今すぐどうこうできる話ではないからな。
――この際、シトラスを王子に嫁がせるという手もあるのだが、どう思う?」
グレゴリオ最高司祭がため息をついて答える。
「ラファエロ殿下は陛下に似て暗愚の気配があります。彼では同じことの繰り返しでしょう。
ダヴィデ殿下は気弱なところがおありで、自己主張ができません。
今からきちんとした教育を施せば、あるいは賢王になるやもしれませんが……。
それよりは、アンリ様はいかがですか? 彼なら素質は充分。
エルメーテ公爵は母君が王族出身ですから、血筋でも文句は出ますまい」
エルメーテ公爵が大きくため息をついた。
「それは最後の切り札だな。私が王家を乗っ取ると言われかねない。
シトラスを別の家に養子に出す必要もあるし、今はまだそんな隙は見せるわけにもいかない。
シュミット宰相が片付き、ダヴィデ殿下に王の目がないとなったら考えてもいいが」
ギーグが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「シトラスの夫は私が認められる男であって欲しいと願っている。
軟弱な男に愛娘を預ける気にはなれん」
エルメーテ公爵がふっと笑みをこぼした。
「その様子では、認められない男が相手なら夜襲も辞さず、といったところか?」
ギーグがニヤリと笑みを返した。
「シトラス一人背負えない男が、国家を背負えるとは思えん。
そんな軟弱者の根性を叩き直すのも、臣下の役目だろう?」
グレゴリオ最高司祭が人の好い微笑みで告げる。
「シトラス様は望む相手と結ばれるのが一番よろしいでしょう。
彼女の人生を犠牲にして国を救うのは、最後の手段とするべきかと」
エルメーテ公爵が小さく息を漏らした。
「それもそうだな。彼女には幸福になってもらいたい。
処刑された記憶を持つ彼女に、これ以上の苦役は与えるべきではないだろう。
だが聖女の婚姻相手か。それも頭が痛い話だ。
――そういえば、シトラスには複数の能力があるという話だったな」
「ええ、道中で簡易鑑定を施しましたが、確かに複数の加護をお持ちです。
今なら正式な鑑定もできると思いますので、確かめてみると良いでしょう」
エルメーテ公爵がうなずいて立ち上がり、応接室の外へ向かった。
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お父様に呼ばれ、私は応接室に向かった。
閉め切られたドアをノックして中に声をかける。
「シトラスです。お呼びでしょうか」
「入りなさい」
中からお父様の声が聞こえたので、ドアを開けて応接室に足を踏み入れる――お父さん?!
グレゴリオ最高司祭までいる。なんでこの三人が?
混乱する私に、グレゴリオ最高司祭が告げる。
「シトラス様、こちらへ来ていただけますか」
私は小さくうなずき、グレゴリオ最高司祭のそばまで近寄った。
彼の手が私にかざされ――あ、これ鑑定魔法か。
グレゴリオ最高司祭の手から放たれた光が、淡く私を包み込む。
「……わかりましたぞ。シトラス様は現在、三つの加護をお持ちです」
私はきょとんとしながら尋ねる。
「どんな加護なのですか?」
「まず一つ目、≪慈愛の癒し≫をお持ちです。
これは病や怪我をたちどころに癒してしまう神の奇跡。
ですが消耗が激しいので、多用はお勧めいたしません」
これは『前回の人生』でも与えられた奇跡だから、消耗が激しいのはよく知ってる。
私がうなずくと、グレゴリオ最高司祭が告げる。
「次に守りの奇跡、≪清廉なる壁≫をお持ちです。
邪悪な者が決して踏み越えられない障壁を好きなところに好きなように設置できます。
拳にまとえば、相手を殴る武器にもなりますぞ? 緊急時に役立つ小技ですな」
思わず頬がひきつった。聖女が拳で殴り合うとか、絵面がひどい。
「相手を殴り倒せと、そうおっしゃるの?
まぁお父さんの技を使えばできなくはないでしょうけれど。
他に何があるのですか?」
「最後に隣人の奇跡、≪無垢なる妖精≫。
これは任意の『もの』に意思を宿らせ、妖精として顕現させる奇跡です。
どのような妖精になるかは、条件次第でさまざまに変化します。
寂しいときの話し相手に便利な奇跡ですな。
これは特に消耗が激しい奇跡ですので、お気を付けください」
そんなに疲れながら話し相手を作るって……しょうもない気がする。
「それだけですの? 特別な聖名の割に、加護は三つだけですのね」
「与えられた聖名が三つですから、加護が三つなのでしょう。
加護の影響で『邪悪なものを察知する力』や、『危険を察知する力』も常人より優れているはず。
どれもとても強力な奇跡です。使いどころを間違えないようにご注意ください」
うーん、最後の≪無垢なる妖精≫だけはよくわからないな。
試しに使ってみるか。
私はテーブルの上にあったワイングラスに向かって祈りを捧げた――聖神様、≪無垢なる妖精≫の奇跡を!
すると目の前に、手のひらサイズの小さな女の子が現れていた。
赤いドレスを着た人間――というか、私自身の姿と変わらない気がする。
「うわ……これが妖精?」
『そうだよ! 私はワイングラスの妖精!
私に姿を与えてくれてありがとう!』
「あなたは何ができるの?」
ワイングラスの妖精が、眉をひそめて悩んでいた。
『ん-、難しいことを聞くんだね。
私にできるのは……エルメーテ公爵たちが何を話してたか知ってるぐらい、かな。
シトラスの結婚相手の話をしていたよ?』
「――結婚相手?! お父様、本当ですか?!」
慌ててお父様を見ると、少し気まずそうに鼻の頭を掻いていた。
「まいったな……こんな力があるのでは、密談などできなくなる」
お父さんが楽し気な笑みで妖精を見つめて告げる。
「それにしても小さくて可愛らしい妖精だな。まるでシトラスのようだ」
妖精がもじもじしながら答える。
『可愛らしいだなんて当たり前のこと……もっと言ってください! 自尊心が満たされます!』
あ、この子案外いい性格してるな?
グレゴリオ最高司祭が楽しそうに微笑んだ。
「ちなみに妖精の性格はシトラス様の人格の一部を借りる形になります。
つまりこの性格は、シトラス様がお持ちの一面ということですな」
「私はこんな性格してませんわよ?!」
「ほっほっほ。人格というのは複雑怪奇、様々な要素が折り重なってその人を作り上げています。
ですがシトラス様の中に、確かに自信過剰で愛されたがる一面があるのは確かですぞ?」
私は恥ずかしくなって、顔が火照るのを自覚しながら両手で顔を隠した。




