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転生したら薬屋の娘でしたが、隣の王子に毎日薬を求められて困っています。  作者: 和三盆


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第8話 聖女の残響と“未来の王”

 影の消えた世界は、静かだった。

 けれど、その静けさは死ではなく、再生のための眠りのようだった。


 王都の空には雲一つなく、朝の光が新しい季節の訪れを告げている。

 崩れた神殿から戻って三日。

 紗夜はようやく目を覚ました。


「……ここ、は……」


 見慣れた天井。

 王宮の医務室の窓から、柔らかな光が差し込んでいる。


 ベッドの傍らで、椅子に腰掛けたレオンが眠っていた。

 疲れ切った顔――けれど、どこか安堵の色も見える。


 紗夜はそっと手を伸ばし、彼の髪に触れた。


「……ありがとう、レオン」


 その声に反応するように、彼が目を開けた。


「紗夜……! 目が覚めたか」

「うん……心配かけたね」


 レオンは深く息をつき、微かに笑った。


「三日間、ずっと寝てたんだぞ。

 医師は奇跡だと言っていた。お前の心臓は、一度止まっていたらしい」


「……そう。あの時、リシェルに会ったの」


 その言葉に、レオンの表情が変わる。


「聖女に?」

「うん。光の中で、彼女が言ってた。

 “あなたが選んだのは、滅びじゃなく、再生です”って」


 紗夜は胸の上に手を置いた。

 もう、そこに紋章はない。

 けれど、不思議と心は穏やかだった。


「影は消えたわけじゃない。

 この世界のどこかに溶けて、また新しい命として生まれ変わるんだって」


「……そうか」


 レオンは小さく頷いた。

 彼の瞳には、わずかな涙が滲んでいた。


「カイルのこと、覚えてる?」

「もちろんだ。

 最後の瞬間、あいつは俺に微笑んだ。

 “兄上、これでようやく自由になれる”と――」


 レオンの手が震えていた。

 紗夜はその手を握り、優しく包んだ。


「彼は救われたんだよ。あなたがいたから」


 沈黙のあと、二人はしばらく何も言わなかった。

 ただ、窓の外の光が二人を照らしていた。


 数週間後。


 王都では、“影の災厄”の終結を祝う式典が行われていた。

 花が舞い、鐘の音が響く。

 民衆の中では、異界の薬師――“癒やしの聖女”の名が広まっていた。


「……あんなに人が集まるなんて」

 紗夜は少し照れくさそうに笑った。


「お前はこの国を救った英雄だからな」

 レオンが隣で笑う。

 その装束は王の衣をまとっていた。


「王、ね……」

「いや、まだ“仮”だ。

 この国をどう導くか、民と共に決めるつもりだ」


 レオンの横顔は、もう“孤独な王子”ではなかった。

 民を見つめ、未来を見据える瞳をしている。


「レオン王、かぁ……似合うね」

「じゃあ、聖女紗夜。

 お前はどうする?」


 紗夜は少し考え、笑った。


「私は――この国の薬師として、人を癒やすよ。

 影も、光も、両方受け入れられるような場所を作りたい」


「それが、お前の“祈り”なんだな」


「うん。

 リシェルが残した“祈り”を、次の時代へ繋ぎたいから」


 レオンは静かに手を伸ばした。

 指先が、そっと紗夜の頬に触れる。


「この世界に来てくれて、ありがとう」

「ううん、私こそ。

 あなたと出会えて、本当によかった」


 二人は互いに微笑み合い、ゆっくりと抱き合った。


 その瞬間、空から一筋の光が降り注いだ。

 まるで、聖女リシェルが微笑んでいるようだった。


『ありがとう。

これでようやく――影も、光も、ひとつになれた。』


 その声が風に溶けて消えたとき、

 空には大きな虹が架かっていた。


 王都の人々が歓声を上げる。

 そして、紗夜とレオンは手を取り合い、

 新しい世界の始まりを見つめた。


エピローグ


 ――それから数年後。


 城下町の一角に、薬草と本に囲まれた小さな診療所があった。

 扉の上には、木製の看板が掲げられている。


「癒やしの工房ルクス・ノア


 扉を開けて入ってくる子どもに、紗夜は優しく微笑んだ。


「いらっしゃい。今日はどこが痛いの?」

「お腹……でも、もう平気!」


 笑う子どもを見て、彼女も笑う。

 窓の外では、金の鎧を纏った青年――レオンが民に囲まれていた。


「また人気だね、王様」

「……もう、名前で呼んでくれ」


「ふふ、はいはい。レオン王様」

「まったく、敵わないな」


 二人の笑い声が、穏やかな風に溶けていく。


 その風の中に、微かに聖女の声が響いた。


「世界は癒えた。

だが、祈りは続いていく。

光と影――その狭間で、生きる人々と共に。」


 空に浮かぶ月が静かに輝く。

 それは、永遠の見守りのようだった。

第1部は終わりになります。

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