婚約破棄の現場で~前世の歴史漫画を思い出した場合~
王子が浮気相手を腕にぶら下げてドヤ顔で婚約破棄を宣言しているのを見て、公爵令嬢は前世の記憶を思い出した。
ただし、それは薩摩藩の幕末を描いた漫画だった。思い出した前世の知識はそれだけだった。
だが、それで充分だった。
藩主一族を島津様と敬って呼び、身分差や男尊女卑が非常に強い薩摩藩の文化は、この国とは似て非なる物だ。
それで充分だった。
身分差の激しい国というのは、国王以外は身分が同じ国ということだ。国王にとっては我が子である王子ですら、親もわからない孤児と同じ身分だ。王子も国王襲撃を計画した時点で処刑されるのである。
国王以外は統治の為に役割を身分として徹底されている。
それが身分差が激しくなる要因だ。
だから、王子が国王の決定を破るということは――
「陛下の決定を破ろうとする叛逆者共を捕らえなさい!」
騎士たちは公爵令嬢の言に従った。
公爵令嬢が情や道理を説いたのなら、こうは上手くいかなかっただろう。
公爵令嬢の一言で、王子の反乱が認知されたのだ。
そう。王子は反乱を企てたのだ。
本人にその気はなくても、国王が決めた婚約を破棄することは、クーデターの一種である。
篤姫は藩主の養女になって、好きになれるかどうかもわからない将軍に嫁いだ。すべては藩主の望みを叶える為だ。
婚約者に対する好き嫌いで国王の決定を破ろうとする王子など叛逆者以外、何者でもない。
騎士たちは王子たちを武力制圧した。
現代でも、ただのストライキやデモですら、放水や警棒、銃によって武力制圧される。
王子が国王の命令に反して武力制圧されないようにするには、猶予という名の時間稼ぎと、些細な点の変更だけだ。弱腰とは見られても、反乱とは見做され辛い方法なので、国王が命じない限り、武力制圧されることはない。
だが、誰の目にも明らかな国王への反乱と見做された婚約破棄王子たちは武力制圧の対象だった。
「離せ! 何をする?!」
「お前たち、何をしているのか、わかっているのですか?!」
「こんなことして、許さないんだからね~!」
取り押さえられながらも、王子たちは口々に恫喝した。
「徒党を組んで詰問するのも、衆人環視で女に恥をかかせるのも、男が胸を張って言えることですか?!」
「お前は罪を犯したんだ!」
「虐めをやったくせに、デカい顔をしないでください!」
「チージャを泣かせたくせに!」
公爵令嬢は王子たちの戯言を無視して笑顔で言った。
「そんなことは、女でも許されないことですよ!」
「「「ひぃっ」」」
その笑顔はめちゃくちゃ怖かった。蟀谷には青筋が立っていて、ピクピクと動いている。
「ああ、そうでしたね。婚約者との交流はすっぽかす。他の女性に贈り物はしても、婚約者には贈り物をしない。エスコートもしない。淑女への礼儀を忘れた騎士はただの傭兵。貴族ならただの賊でしてよ。恥を知りなさい!」
「「「・・・っ!」」」
公爵令嬢に言われて、ようやく、王子たちは気付いた。自分たちの所業を。
騎士の教えも、文明国の共通マナーでも、淑女は敬う対象である。たとえ、敵の一族だろうと、淑女だけは無傷で解放しなくてはいけない。
それが騎士や貴族の矜持だ。
それができないのであれば、公爵令嬢の言う通り、傭兵か賊でしかない。
王子や貴族を名乗るなら、賊のような振る舞いは許されない。
しかも、国王が最上で、次期国王である王太子ですら、国王の気分次第で死地に追いやられるような身分社会である。
国王が定めた婚約を破棄するなど、叛逆者と呼ばれても申し開きは許されない。
仲間内ならともかく、不特定多数の前でだ。この場にいる者全員の口を封じなければ、叛逆者の烙印は消し去れない。
だが、王子たちは既に取り押さえられており、公爵令嬢の口から叛逆者だと明言されている。
終わっていた。
詰んでいた。
騎士たちに連れていかれながら、「違うんだ!」「叛逆の意思はない!」と言っても、誰も信用しない。
「婚約者を試しただけだ!」とも聞こえたが、試された公爵令嬢は「浮気相手と末永くご一緒に」としか、言わなかった。
王子たちは幽閉されて、一月も持たなかった。
大切な一人息子が~、ともなりそうだが、今度は弑逆するかもしれない王子をまた野放しにする国王など、世界中を探しても見つからないくらい酔狂な存在だ。自分に危害を加えないと思っているから、国王が決めたことを破っても、許してしまう親心が動くのである。
危険を齎す者にはそれ相応の対処を。
しかし、息子の馬鹿さ加減を民衆には知られぬように。
貴族たちは家の存続を望んでいるので、沈黙を選ぶ。
こうして、婚約破棄の出来事は、日記にのみ記されることとなった。
その日記が見つかれば処罰を受ける。それでも、日記に書いてしまう者の日記だけに。
後世では、婚約破棄王子は闘病の甲斐なく病死。と、書かれている。




