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第六話 果たされぬ約束


 次の日。私はアシェン様が騎士団の訓練場から執務室へ戻る途中を待ち伏せていた。彼の姿を見ると、すぐさま彼の元へ駆け寄る。


「アシェン様! 明日開催される『聖剣武闘祭』、参加されるのですか?」


 私は熱のこもった声で尋ねた。聖剣武闘祭は、王国の騎士たちが技を競い合う、年に一度の盛大な大会だ。特に第一騎士団長であるアシェン様は、毎回優勝候補の筆頭であり、彼の試合は常に注目の的である。

 アシェン様は、眉一つ動かさず私を一瞥した。


「当然だ」


 その言葉に、私は満面の笑みを浮かべた。


「そうなのですね! 私も必ず見に行きます! アシェン様の勇姿を、この目に焼き付けますから!」


 私の言葉に、アシェン様はわずかに目を細めたように見えた。しかし彼はすぐにいつもの表情に戻り、そっけなく答える。


「好きにしろ」


 そう言って、アシェン様は足早に去っていった。


 絶対に、見に行く。アシェン様の、最高の勇姿を。

 心の中で強く誓う。


 最近、体調の悪化は顕著だ。手足の痺れが一日中続くようになり、階段を上るだけでも息が切れる。それでも私の心は、聖剣武闘祭を見るという目標で満たされていた。




 そして、聖剣武闘祭の当日。

 私は、震える足でベッドから下りた。空は高く澄み渡り、祭りの喧騒が遠くから聞こえてくるような気がする。今は何時だろう。祭りはもう始まっているのだろうか。


 行かなきゃ……アシェン様が、待ってる……。


 待っている、というのは私の一方的な思い込みだと分かっている。アシェン様が私のことを気にするはずがない。


 それでも、私は約束したのだ。彼の勇姿を見に行くと。

 しかし私の体は、部屋の中を歩くことさえ困難だった。全身から力が抜け、指一本動かすことも億劫だ。意識も朦朧とし、思考もまとまらない。


 だめだ……体が、動かない……。


 ぼやける視界の先で、窓から差し込む光がやけに明るく見える。きっと今頃、アシェン様は剣を振るっているのだろう。

 彼の華麗な剣技、研ぎ澄まされた集中力。勝利を確信するような、あの自信に満ちた瞳。


 その光景を想像するだけで、私の頬には、一筋の涙が伝った。約束を果たせない悔しさと、アシェン様の勇姿を見られない悲しみが、私の心を覆い始める。


 見に行けなくて、ごめんなさい、アシェン様……。


 声にならない謝罪の言葉を呟き、私はゆっくりと、意識を手放した。


 


 

 聖剣武闘祭の会場は、熱狂に包まれていた。騎士たちの雄叫びと観客の歓声が響き渡る。

 アシェンは、決勝戦に向けて闘技場の待機所で精神を研ぎ澄ましていた。彼の隣に歩いてきたライナーが、肩をポンと叩く。


「いよいよだな、アシェン。今年も優勝は間違いなしだ」


 ライナーの言葉に、アシェンは軽く頷いた。しかし、彼の心は、どこかもやもやとした感情に囚われている。


(……おかしい)


 試合開始の合図を待つ間、アシェンは無意識のうちに観客席に視線を走らせていた。ざわめく人々の顔、顔、顔。その中に、見慣れた、やかましいはずの顔が見当たらない。


(ルーナが、いない……)


 昨日、「必ず見に行く」と高らかに宣言していたルーナの姿が、どこにも見当たらないのだ。彼女が約束を破るなど、今までのことからは考えられないことだった。どんなに冷たくあしらっても、彼女は決まって彼の前に現れる。それがアシェンにとって、もはや当然のことになっていた。


「何かあったのか、アシェン?」


 ライナーが訝しげに声をかける。アシェンはハッと我に返り、首を振った。


「いや、なんでもない」


 そう答えたものの、胸の奥のもやもやは晴れない。

 闘技場のアナウンスが、決勝戦の開始がもうすぐであると告げる。アシェンは雑念を振り払い、剣を握り直した。


(くだらない。どうでもいいことだ)


 自分にそう言い聞かせた。騎士団長として、目の前の試合に集中しなければならない。

 しかし、剣を構えたその瞬間も、アシェンの意識の片隅には、ルーナの姿があった。



 試合は、アシェンの圧勝で終わった。観客の嵐のような拍手喝采が、闘技場を揺らす。しかし、アシェンの心は、いつものような高揚感に満たされなかった。

 遠くの観客席から、ライナーが笑顔で手を振っているのが見える。その隣には、他の騎士たちも集まっている。皆が彼を称賛している。


 しかし、ルーナはいない。


(なぜ、来なかった……?)


 勝利の余韻に浸ることもなく、アシェンの胸には、漠然とした不満が広がっていた。必ず見に行くと行っていた彼女が来ていないだけでこんなにも心が動かされるなんて、考えもしていないことだった。

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