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お姉さま。お久しぶりです

「本当にさあ。一体、どう躾られたらあんな魔女みたいな女ができあがるわけ?」

「エラ! 声が大きいわ」

「だって。見てよ、あたしのこの足。アルシェビエタさまに窓から突き落とされたのよ。なのに精霊石一個しか使わせてくれないからまだ治んなくてさ。ヘアメイクの時に、櫛が少し引っかかったからって指を切り落とされた子もいるんだよ」

「……指を切り落とす?」

「そう、さすがに精霊石三個くらい使ってくっつけてもらってたけど。相当痛かったみたい。当たり前だよね。みんなあの魔女が怖いからって辞めようかって話してんだよね」


 そう吐き捨てるように言うと、悔しそうに口元を引き結ぶ。

 レインはあまりの話に言葉を失ってしまう。いくらなんでも嫁ぎ先でまでそこまで傍若無人に振る舞うとは思わなかった。


(あの子はどこにいてもあの子なんだ)


 ここまでメイドたちに嫌われてしまったら居づらくなるのは想像できるだろう。アプソロン家のご両親の視線もあるのに。


「ここは田舎で働き口が多いわけではないし、私達、できればここをやめたくないの。……辞めた後に報復されるって噂もあるし」

「あの魔女を追い出してくれるなら、あたしたちいくらでも協力するから」

「二人に復讐するために、レインさんはここに来たんでしょう?」

 立て続けにまくしたてられて、レインはようやく彼女たちの態度が腑に落ちた。


 元婚約者がメイドとしてこの家に再び現れる。


 この異常な状況に、納得をしている者はあまりいないのだろう。半端な情報で好奇心を刺激された彼女たちは、憶測を言い合い、噂話を膨らませていたに違いない。

 加えて新しくきた女主人アルシェビエタの暴虐不尽さへの恐れと不満、それらの愚痴も入り混じり、レインが救世主というとんでもない結論になってしまったのだ。


「あの、妹とは話してみますが、昔からその、私の話を聞く子ではなくてですね」

 家でレインの味方をする者は誰もいない。圧倒的に妹に有利な環境は、やがて二人の立ち位置を決定的なものにした。

 自分でも情けないと思いながらしどろもどろになって言うと、エラはカミラの耳元に口を寄せた。


「ねえ、確かにいい人そうだけど大人しすぎない? あの魔女に勝てると思う?」

「そうね。魔女の上位互換版がくると皆怖がってたのにね……。こうなってみるとそっちの方がまだ戦えたのかしら」

 二人は少し考えた後、同時に肩を落とした。こうもあからさまにがっかりされても、任せてくださいと言えない自分が情けない。


「もうっ、そもそもこうなったのも全部エルマハルトさまのせい! 本当にとんでもない人連れてきてくれたわよ。全く」

「本当にね」

 そう言いながらも、カミラは頬を染める。

「がっかりよね? 無口でミステリアスで、情熱を内に秘めてる感じ、ちょっと良かったんだけどなあ……」

「はあ? カミラって男の趣味悪い。あんなの顔だけじゃない」

「あ、あの、妹のことは私がなんとかします。でも今更エルマ……ハルトさまと私は、その無理というか」

「そうね、無理に決まってるじゃない」


 話が妙な方向にそれ始めていたその時、不意に後ろから声がした。二人は真顔になりいっせいに背筋を伸ばす。聴き慣れた声にレインが恐る恐る振り向くと、


「彼は私しか見えていないもの。私を見つめる時の顔を見れば分かるでしょう?」


「アルシェビエタ、さま」


 階上から降りてくる淑女がひとり。

 真紅のドレスの豊かな裾を段上に静かにおろす。光を散りばめた精霊石の靴がきらめいては流れるように裾が隠した。


 久しぶりに会った妹は、美しかった。

 プラチナブロンドの巻き毛を豊かな胸に流し、長い睫毛に包まれた膵瞳の奥は計り知れない。彼女が頬をもち上げにっこりと微笑むと、気難し屋の哲学者でさえ魅了される。アプソロン家の娘と言えば、誰もがアルシェビエタを思い出す。


「ねえ、お姉さま。お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「まさか、今さら彼とどうこうなるだなんて、思ってないでしょう?」

「はい……」

「早速だけど付き合って欲しい所があるの。掃除なんてそれに任せて。さあ、行きましょう」


 レインの手をとりにっこりと微笑むと、耳元で「特別にアルシェのままでいいわよ」と囁いた。振り向いて、怯えている二人にチラッと視線を突き刺した。それから促すようにレインを見る。


 実家でのレインの役割は決まっていた。アルシェビエタが悪く見えないよう、嫌われたりしないようにするために、更に悪態をつくことだ。


「仕事中に私語を交わすのはやめてください。私はアルシェビエタさまを裏切るようなことはいたしません。それでは失礼いたします」


 そう踵を返しながら、これほど困っているメイドたちをどう救えるかを考えて、その方法の少なさに頭痛を覚えるのだった。

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