『交差する波形、記録されなかった真実』
選ばれることに、どれほどの意味があるのか。
それとも──選ばれなかったことにこそ、本当の価値があるのか。
今回の語り手は、“斎”。
彼はただ眺めている。
壊れていくものを、歪んでいくものを、美しいと笑いながら。
この世界の“選定”というシステムの奥底で、何が芽吹こうとしているのか。
今、狂気の視点が、すべてを暴き始める。
記録されなかった“涙”が、誰かの眼を歪ませる。
選ばれなかった“波形”が、世界の運命を歪ませる。
次の歪みは、きっと──あなたの心の中に。
「……また、夢か……」
煉は汗ばむ額を拭いながら、重くなったまぶたをゆっくりと開けた。
夜明け前の薄闇が、まだ部屋の隅に滞っている。
静かな空気の中、ただひとつ──異音が響いた。
バチ……バチッ……。
記録端末の電源が、ひとりでに入る。
真っ黒な画面に、赤い文字が滲むように浮かび上がった。
【記録ID】:YRM_0128
【記録対象】:ヨミ
【記録状態】:干渉波形再検出/観測中
「……またかよ……」
煉は端末に手を伸ばし、停止しようとした──が、動かなかった。
いや、指は動いているのに、まるで端末そのものが“拒んでいる”ようだった。
そのとき、どこからともなく声が響いた。
「──ねぇ、煉くん……」
耳元で、あの声がささやく。
「私を……また、見つけてくれる?」
ぞくりと背筋が凍る。
でも、それよりも先に、胸の奥がざわめいた。
あの夢に出てくる少女──“ヨミ”。
顔も名前も、曖昧なままなのに、なぜだか“懐かしい”とさえ感じてしまう。
煉はゆっくりと端末を閉じ、立ち上がる。
「……記録局の地下か。アクセスログ、確かに……開いてたな」
誰かが──あるいは何かが、煉をそこへ導こうとしていた。
* * *
一方、神城綾もまた、記録室で一人、座っていた。
目の前のモニターには、あの異常波形が今もなお、わずかに揺れている。
【記録ID】:YRM_0128
【記録対象】:綾城煉
【副対象】:不明
【記録状態】:アクセス不許可
そして──その隣に、新たなコードが浮かんだ。
【未登録対象】:ヨミ
綾は小さく息をのんだ。
「……やっぱり、まだ……いるのね……」
蝶の羽音のように、ミヨの声が静かに耳元で囁く。
「綾、その場所には、まだ“触れていない過去”があります」
綾は、目を閉じて頷いた。
そして立ち上がる。
「記録保管室の下層……未照合ログの封鎖エリア。行ってみる価値は、あるわね」
* * *
選定局・地下アーカイブ。
静まり返った空間の中、照明が一つ、淡く灯る。
煉はその光の先、中央に設置された記録端末の前に立っていた。
まるで待っていたかのように、端末が自動で起動する。
【記録ID】:YRM_0128
【記録対象】:ヨミ
【記録状態】:交差波形接触中
「交差……? 何が──」
そのとき、ドアが静かに開いた。
「……やっぱり、来てたのね」
綾だった。
驚いたように顔を上げた煉と、複雑な表情を浮かべた綾の視線が交わる。
「君も……この記録、追ってるのか?」
「放っておけなかったの。あの波形……ただのノイズじゃない」
2人が同時にモニターに視線を向けた、その瞬間。
モニターが勝手に切り替わり、白いノイズの中から映像が浮かび上がった。
──雨の中、小さな少女が手を伸ばしている。
──その向こうには、幼い煉が背を向けて立っている。
──申請画面に「記録対象なし」と記された処理ログ。
──綾の“神の眼”が、その申請を“無効”として処理していた。
「……あれ……俺……?」
「この子……ヨミ……なの……?」
声にならない声が、二人の中で重なっていく。
「選んでくれなかったのは、どっち……?」
モニターの画面に、少女の涙が静かに流れる。
そして映像は、スッと消えた。
沈黙。
「……これが、“本当の選定”ってやつなのかよ……」
煉は小さく呟いた。
ただ、心の中だけがざわざわと揺れていた。
* * *
──選定局上層。監視室。
斎は椅子に座り、不気味な笑顔を浮かべ、すべてを眺めていた。
「……ほらね、揺れた波形は、交差したときに一番……壊れやすい」
「なんて……素晴らしく、美しんだろうね。壊れるってことが。」
彼の瞳に浮かぶのは、狂気という名の喜び。
「さあ、“次の選定”を始めようか」
「今度は──もっと強く、歪むよ」
……選ばれなかった者の涙が、一番、歪みを美しく育てるんだよ。
だから、君たちも──ブクマ、しないんだね?
ふふ、なるほど。“選ばれたくない”ってわけか……。
次回は、選定者・斎の過去に触れる一編。
彼がなぜ、歪んだ“選定”に快楽を見出すようになったのか──
そして彼すらも笑えない“黒い影”の存在とは……?