『神の眼を、揺らしたのは誰?』
「神の眼」と呼ばれる異能者、神城綾。
彼女にとって未来の選定は、ただの作業だったはずだった。
でも──
あの“少年”の眼を見た時、確かに、私の中で何かが揺れた。
これは、“選ぶ側”の少女が、
初めて“選べなかった想い”に触れた夜の記録。
――選ぶだけ。見るだけ。
それが、“神の眼”の宿命だと思っていた。
そうやって、私は“神の眼”としての役割を、
ただ淡々とこなしてきた。
でも――
あの時。
あの視線。
あの声。
私の“中”で、何かがひび割れた気がした。
「……絶対に、あんたに見えるはずないのに……」
「……神の眼を、揺らしたのは──この人だよ」
ミヨの声は、ふわりと風に溶けた。
だけど、私の心の中では、鋭い刃のように響いていた。
選ぶことに、意味など求めなかった。
見ることに、痛みを覚えることもなかった。
それが、“神の眼”の宿命だと、私は信じていた。
でも──
あの時、あの声、あの目。
綾城煉の“何か”が、私の中の深い場所を震わせた。
祖母の言葉が、ふいに脳裏に甦る。
「綾城市には、神に選ばれた血族がいる。
未来と魂の狭間を見る、異形の眼を持つ者だよ」
……私は、ただの“選ぶ器”だったはずなのに。
あの子を見た時、“選ばれなかった未来”が、確かに私の胸に刻まれていた。
ミヨは私の肩に止まりながら、静かに微笑んでいた。
神の眼が揺らいだのは、たぶん――
最初で、最後だった。
パチッ。
指を弾く音が、静かな部屋に響いた。
モニターが切り替わる。
御國 斎は、笑っていた。
白いスーツに身を包みながら、
どこまでも汚れない笑顔を浮かべたまま、
指先で“ある閲覧記録”を繰り返し再生していた。
──綾の異能波形。
「……面白いね。君、揺れたんだ」
モニターの隅、暗がりの中で何かが蠢いた。
別室モニターに映る“グレイヴ”が、また微かに啼いた。
……ピィィ……キィ……
その音は羽音ではなかった。
まるで誰かの“喉の奥から漏れた悲鳴”のようだった。
斎は、モニターの奥を見つめながら笑った。
「そうか。やっぱり、見えてるんだ──“あの蝶”が」
その声はやけに嬉しそうだった。
斎の笑みが、わずかに深くなる。
「神の眼ってやつも、揺らぐことあるんだね。」
「じゃあさ──もっと壊しちゃおっかな……」
「壊れたら、すごく美しいんだろうね?」
斎はそう言って──たまらず笑った。
無邪気な子供のように。
……その笑いは“誰かの破滅”を心から楽しんでいる音だった。
彼は、閲覧許可権限に自分のコードを入力した。
モニターに、綾城煉の“閲覧優先対象”が浮かび上がる。
「さあ……次の一手、打ってみようか」
机の上に置かれた白いカードの束。
斎はその中から、一枚を抜き取った。
そこに記された名前は──
【綾城 煉】。
「神の眼が揺らいだ日を、“選定記録”に残そうじゃないか」
ウィン。
数ミリ移動するデータが、手元の統合コンソールに表示されていく。
本日の選定案件。
要選定機関:第6特区 選定局第4課。
コードネーム:AYR-1034。
パチン。
静まり返った部屋に、爪を弾く音だけが響く。
斎はゆっくりと立ち上がり、モニターを見下ろしていた。
画面には、選定履歴とアクセスログが連なっている。
その一つに──微かに揺れる“異常波形”が表示されていた。
「……やっぱり、揺れたんだ。君」
それは、綾の波形だった。
正確無比、冷徹にすら見えたあの選定者の“揺らぎ”が、波として現れていた。
斎は楽しげに、黒く光るモニターを指でなぞる。
「“神の眼”が、感情で乱れるなんて。ああ、なんて美しい異常」
その笑顔は、どこか子供のように無垢だった。
けれど、その無垢さの奥にあるものは──
“破壊を楽しむための純粋さ”だった。
部屋の隅、別室のモニターに映し出されるのは、斎の父の研究室。
その中で、グレイヴが静かに羽を閉じていた。
── ……キィィ……ィ……。
微かな啼き声。
それは、まるで“許可”を告げる合図のようだった。
「うん、わかってる。ちゃんと、“綾”にも触れてみるさ」
斎は、自分のIDコードを再入力した。
画面が切り替わり、次の申請者情報が表示される。
──申請記録:AYR-1034──
【選定者】綾城 煉
【申請者】匿名(仮登録)
■ 第一未来:綾のかつての訓練同期・司が事故死。代償なし。確率:78%
■ 第二未来:煉の通う選定局第7課の女性スタッフが視覚障害を負う。司は生存。確率:62%
■ 第三未来:煉自身が“記憶の一部”を喪失。司もスタッフも生存。確率:91%
斎の口元がわずかに吊り上がった。
「さあ、“煉”に仕掛けてみよう。
あの眼は……綾を通じて、揺らぐかもしれない」
彼は申請書の中から、一枚を抜き取った。
その紙は、どこか不自然に湿っていた。
──まるで、誰かの“執着”が染みこんでいるかのように。
「神の眼を、揺らすなら──
まず、心の“鎧”を剥がしてやらないとね」
その瞬間、モニターの光が再び波打った。
新たなデータが走る。
“対象者:綾城 煉”
“調整中:申請適合率 92.8%”
斎はにやりと笑い、椅子に腰を落とした。
「ほんと、神の眼ってやつも……壊れるんだね」
「さあ、“ゲーム”の…….はじまりだ」
そしてまた──“あの声”が、深く、冷たく響いた。
……ピィィ……。
グレイヴが、笑うように啼いた。
それは、“狩り”のはじまりを告げる合図だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回の第5話では、神城綾の心に生じた“揺らぎ”と、
御國斎がその“異常”を嗅ぎつけて動き出す、
物語の大きな転機を描いています。
“神の眼”は壊れるのか?
壊したいと願う少年の“狂気”は、何を導くのか。
次回──煉の記憶にある“選ばれなかった未来”が、静かに目を覚まします。
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