『神の眼は、涙を選ばない』
※この作品は【集英社WEB小説大賞】エントリー作品です。
人は、“未来”を選ぶことができるのか。
そして、“選ばれなかった命”に、誰が責任を負えるのか。
今回の物語では、「選定者」として生きる少年たちの中でも、特に異質な存在――御國 斎に焦点が当たります。
彼の静かな狂気が浮かび上がる一方で、
神城綾と綾城煉、ふたりの“選定”が交差したとき、未来は静かに確定へと進みます。
あなたが選ばなかった命を、どうか見届けてください。
「……魂って、どんな味がするか考えたことはあるか?」
静かな独り言だった。
それなのに、その言葉の“温度”だけが、
部屋の空気を確かに一度、冷やした。
斎は、喉を鳴らした。
ゴクッ。
モニターの中に映る部屋は、ほとんどがモノクロームだった。
ただ、一つだけ。
机の上に置かれた“潰された果実”だけが、異様なほど鮮やかな“赤”だった。
果実というより、潰された肉塊のようにさえ見えた。
その甘い香りに誘われるように、黒い蝶──いや、蛾たちが群がっている。
…ガサッ…ガサガサッ….
しだいに部屋のスピーカーから、果汁を啜る音が微かに響き始めた。
その音に混じって、羽根が擦れ合う音が流れ込む。
誰もいないはずのモニターの向こうから人のような笑い声が聞こえた気がした。
(…気のせいか、あの人がいるわけないか)
斎は少し安心した。
久々に、息が吸えた気がした。
そして。あの赤が、もう少し熟れていたら。
きっと、もっと美味だったのに――そんなことを考えていた。
……次は、もっと綺麗に潰れてくれよ。
パチン。
モニターが切り替わる音。
コンコン──
「……失礼します」
ノックに返答はなかったが、自動開閉のシステムが作動し、扉が静かに開いた。
少女の手には、申請書がぎゅっと握られていた。
指先はかすかに震え、紙は汗で湿っている。
一歩、足を踏み入れた瞬間──彼女は息をのんだ。
相変わらずの、無機質な白の世界。
壁も、天井も、床も。すべてが完璧すぎるほど白い。
その中心に座っていたのは、雪のようなスーツに身を包んだ“選定者”だった。
御國 斎。
人々のあいだでは、“白スーツの悪魔”と呼ばれている。
「ようこそ。……“選ぶ覚悟”はできてる?」
柔らかく笑いながら、斎は申請書を受け取る。
少女は言葉を返せず、ただ小さくうなずいた。
斎は書類に目を通すと、モニターを起動する。
立ち上がったシステムの画面に、選定情報が表示された。
【選定案 提案者】神城 綾
【選定案 承認者】綾城 煉
「……へぇ」
斎は眉をわずかに持ち上げた。
口元が、楽しげに歪む。
「この組み合わせ……久しぶりに“当たり”かな?」
鼻歌をまじえながら、斎は自分のコードを希望閲覧者欄に入力した。
システムが数秒沈黙した後、モニターが3つの未来を表示する。
──数時間前、選定案が承認される直前の会話。
「……神城綾の提案、見直すべきじゃないか?」
煉の声は低く静かだった。
彼は端末に映る選定案を見つめたまま、表情を変えない。
それに対し、神城綾は一歩も引かず、はっきりと言い返した。
「煉、あなたは本当に“あるべき形”を見逃している」
「これは……最も正しい“未来”の形よ」
綾は、まるで“この世のもの”ではない何かのように、まばたきひとつせず、その未来を語った。
まるで、“神託”のように。
だけど、それは誰の祈りにも応えない言葉だった。
ましてや──目の前の少女のような者にさえ。
煉は何も返さなかった。
だが心の奥で、彼は確かに思っていた。
(……こいつ、一体何者なんだ)
神城綾。
この組織において、彼女の選定精度は圧倒的だった。
だが彼女の“選び方”には、何かがあった。
“何か”が、決定的に、他の選定者たちと違っていた。
それが何か、煉にはまだ、わからなかった――
少女の視線が、震える指でタッチされた画面に向けられる。
モニターの中には、こう表示されていた。
□ 第一案:依頼者の母親が死亡。代償なし。
□ 第二案:依頼者が記憶障害を負う代わりに母親は生存。
□ 第三案:依頼者の恋人が代償として選定され、母親も依頼者も生き残る。
(……それでも、承認したのは俺だ)
“神の眼”と呼ばれる綾に抗えなかったのは、俺の弱さか、制度の限界か。
だが今、この選択肢を前にした依頼者の顔を見て、煉は確かに揺らいでいた。
これは、本当に正しいのか?
正しさとは、“誰にとっての”正しさなんだ──と。
「うわぁ……」
斎は感嘆の吐息を漏らした。
「どれ選んでも、泣くんでしょ? なら、楽しく選ぼうよ」
斎は微笑んだまま、モニターの未来を見つめる。
「家族・記憶・恋人。壊れ方にバリエーションがあると……飽きなくていいね」
彼の声は、甘いのに底が冷たい。
少女の肩が小刻みに震えた。
モニターの前で、斎は微笑んだまま尋ねる。
「……これ、本当に、私が選ぶんですか……?」
その瞬間、斎がにっこり微笑んで答える。
「うん。“君の犠牲”を、君に決めてもらう制度だからね」
「──さあ、選ぼうか。君の未来の“犠牲”をさ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回描かれたのは、“選ばれなかった未来”。
誰かが救われる裏で、確実に誰かが“切り捨てられている”という事実。
そして、その選択肢を作るのも、選ぶのも、“人”であるということ。
御國斎の狂気が際立つ一方で、神城綾の冷徹さ、
そして煉の“揺らぐ正義”も、物語の中で静かに動き始めました。
次回は、「なぜ神城綾は母親を選定案に入れたのか?」
その理由の一端が、少しずつ明らかになります。
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今後も、あなたの“選ばなかった未来”の続きを、お届けします。
それではまた、次の話でお会いしましょう。