『選べ。生かすために、殺せ。』
※この作品は【集英社WEB小説大賞】にエントリー中です。
“未来”を「選ぶ」ことが正義だと、誰が決めた。
国家が未来を閲覧し、選定する制度が存在する世界。
主人公・綾城 煉は、3つの未来から“選ぶ”異能《選定》を持つ少年。
一方、“白スーツの悪魔”と呼ばれる少年・御国 斎は、
他人の未来を金と引き換えに奪わせる異能者。
生き残るために、誰かの命を“選ぶ”世界で、
正しさの在処を問う、静かで残酷な物語。
第1話──
選ばなければ、失われる。
『選べ。生かすために、殺せ。』
――僕は、誰かの未来を殺して、生きている。
“未来”を「選ぶ」ことが正義だと、誰が決めた。
その制度が生まれた都市の名は――第六特別市(元・綾城市)。
12年前、この都市は“静かに地図を書き換えられた”。
名前だけが変わった。だが、それだけではなかった。
──正午、突如届いた“選定報告書”。
そこには、煉の両親の名前が刻まれていた。
「第六特別市・選定対象:綾城世帯。未来排除処理済・結果:安全率89.6%」
綾城市が“第六特別市”と呼ばれるようになったのは、
煉の両親が死んだ直後だった。
それを知ったのは、12歳の冬。
その瞬間、煉は理解した。
──この世界は、正しい顔をした地獄だ。
綾城市には、昔から言い伝えがあった。
“選定能力”に加えて、“未来に抗う異能”を秘めた血族が存在すると。
今ではただの都市伝説として語られるそれは、
誰もが笑い話として忘れかけていた。
だが、もしその末裔が、
“選ぶ者”として生き残っていたとしたら……?
綾城煉。
彼の名を冠したこの街の異常は、すでに始まっていた。
彼はまだ知らない。
両親が命と引き換えに託した“あるもの”を、
その身に宿していることを。
──そして彼こそが、この選定制度に支配された世界で、
唯一、“未来そのもの”を書き換える存在となることを。
“未来”ってのは、人の数だけ“犠牲”でできてる。
笑顔の裏で、誰かが泣いてる。
幸せの陰で、誰かが死んでる。
この世界では、“選ばれる”ってことは、
そいつ以外の誰かが“選ばれなかった”ってことだ。
それを知ったのは、12歳の冬だった。
両親の名前が、“選定報告書”に記されていた。
「第六特別市・選定対象:綾城世帯。未来排除処理済・結果:安全率89.6%」
僕はそのとき、知ったんだ。
──この世界は、正しい顔をした地獄だってことを。
だから僕は、“選ぶ側”に回った。
選ばせるな。誰かに。
僕が、選ぶ。
例え、その未来に“血”が流れるとしても。
午後三時。
第六特別市、未来閲覧局・第7課。
一枚の静かなドアが、ノックされた。
「……失礼します」
入ってきたのは、制服姿の少女。
無表情の奥に、不安と後悔をかき混ぜたような目をしている。
「兄を……助けてください」
静かに差し出された申請書。そこにはこう書かれていた。
【対象申請名】三上 輝
【希望閲覧者】綾城 煉
【希望未来】生存
煉は、紙を受け取ったまま表情を変えない。
「何パターン、みますか」
「……三通りで」
机上の閲覧端末に指を滑らせると、ディスプレイに未来映像が走る。
モノクロの画面。誰かの命が、静かに終わっていく記録のような未来。
■“選定”の始まり
第一未来:兄・輝は通学中の事故で死亡。代償なし。確率78%。
第二未来:少女が進学を諦める代わりに、兄は軽傷で済む。確率64%。
第三未来:少女の恋人・矢野が事故死する代わりに、兄は助かる。確率92%。
煉は静かに息を吸った。
「あなたは、どれを選びますか」
「……それって、私が選ぶんですか?」
「選ばなければ、第一の未来が確定します」
少女の唇が震える。
「私……わからない。こんなの選べるわけない」
その瞬間。
廊下から、コツン、と靴音が響いた。
コツン──コツン……
廊下から響いたのは、無機質な石床にヒールのような音が鳴る、違和感のある靴音だった。
少女が振り返る。
そして、ドアがノックもなくゆっくり開いた。
……白。
頭から爪先まで、雪のように真っ白なスーツに身を包んだ少年が、にこりと笑って入ってきた。
「ねえ、君──選べないんだよね?」
少女が震える。煉が視線だけを上げる。
「……部外者の立ち入りは禁じられている」
「あ、ほんと? ごめんね。
でも──ほら、困ってる人を見てると、黙ってられなくてさ」
少年は、懐から金色のコインを取り出した。
表には天秤、裏には目隠しをした天使の刻印。
「未来を“選ぶ”なんて、そんな不確かなことより──
“確実な取引”って、安心すると思わない?」
少女の手に、コインがそっと乗せられる。
「名を言って」
その瞬間、部屋の温度が一度、下がったような錯覚があった。
「……名を言えば、その人の未来は消える。
君の願いは、成立する」
「ま、未来を……消す……?」
「そう。殺すって言葉が苦手なら、便利な言い換えだよね」
御国斎は微笑んだまま、白いスーツの袖口に血のような汚れをひとつ見つけて、ゆっくりと拭い取った。
「……名を、言え」
少女の唇が、震えた。
「……た、助けたい……兄を……でも……」
コインが手の中で震え、指先から落ちそうになる。
その視線の先には、白く微笑む御国 斎。
「……ほら。名を言え」
息をのむ音が、部屋に響いた。
その瞬間──
煉の視線が……静かに、少女に向けられた。黒い衣の奥、深く静かな瞳が、わずかに細められる。
声は低く、しかし鋭く突き刺さるように放たれた。
「……選ばせるな。他人の手で、誰かの命を終わらせるな」
御国が初めて、わずかに表情を歪めた。
「へえ……」
白いスーツの悪魔は、微笑みながら呟く。
「不思議だよね。誰かが死ぬと、必ず誰かが安心する。
安心って……他人の死でできてるのかもね」
煉は無言のまま、一歩踏み出した。
黒い靴音が、床に静かに響く。
その足元で、未来閲覧端末の画面が明滅する。
三つの未来のうち、一つが──確定する。
――終わる命の上にしか、未来は存在しない。
だが、誰がその命を“選ぶ”のか。
煉の瞳が、少女に向けられる。
その視線には、どこか哀しみが滲んでいた。
「……君は、自分の未来を守るために、“誰の未来”を殺す?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、「未来を選ぶ」という行為に潜む、
倫理と暴力、正義と狂気の境界を描いていきます。
第1話では、世界観と主人公・煉の“選ばれざる決意”、
そしてライバル・御国 斎の“静かなる悪意”を描きました。
次回──
名を告げられたその瞬間、未来は一つに絞られる。
そこに残るのは救いか、それとも――。
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続きも全力で執筆してまいります。
それでは、また第2話でお会いしましょう。