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第8話 お上の威厳

どの手段が一番効率的で確実で道徳的か。


武上は散々悩んだが名案は思い浮かばず、結局「お上の威厳を発揮する」という、

最もナンセンスな方法を選んだ。



「ここに立って、下校する生徒を見てればいいんですか?」

「はい。お願いします。生徒にはできるだけ厳しい顔をして下さい。

でも、教師が来たら『パトロール中なんですよー』みたいな愛想のいい顔をして下さい」

「はあ?」


武上に強引に借り出された派出所の巡査は首を傾げるばかり。

だが本庁の刑事に逆らう訳にもいかないし、

「先日起きた殺人事件の捜査なんです」と言われれば、胸がときめかないこともない。



この平和な町で初めての殺人事件!

しかもその捜査に巡査である自分が加われるなんて!



巡査は不謹慎とは思いながら、ワクワクした。


しかしこの刑事の要求はよくわからない。

とにかく「『お巡りさん』を見て怯える生徒を探したい」と言うのだ。


そういう訳で、巡査は当たり前だが警察の制服を着て、

怖い顔で下校中の南部小学校の生徒達を見ていた。

そして、教師が来たら、愛想よくする・・・結構難しい。


しかも、いくら怖い顔をしていても、「お巡りさんだー」「拳銃持ってる?」と、

無邪気に近寄ってくる子供も少なくない。

いつもならそんな子供達にも親切な巡査だが、

ことは殺人事件の捜査だ!

今日ばかりは怖いお巡りさんで通さねば!




武上はそんな巡査の横で、彼に負けないほど険しい顔で子供達を見ていた。

「お上の威厳を発揮する」というのは、早い話が、

「悪いことをした子供は、お巡りさんを見たら怯えるはず」という、至ってシンプルな発想のことである。


もちろん多少度胸のある子供なら、お巡りさんごときに怯えたりはしないだろうが。



巡査とは違い、スーツ姿の武上は子供達からは「お巡りさん」と認識されるはずもないのに、

それでも険しい顔になってしまうのは、やはりこの子供達の中にラパンがいるかもしれないからだ。


殺人を扱う捜査一課の武上は、普段子供を相手に仕事をすることはほとんどない。

だからこうやって本物の小学生を間近で見ると、こんな子供が犯罪を犯しているなんてとても信じられなかった。

しかし現実に、ラパン事件以外にも小学生が起こした事件はたくさんある。


気を抜いてはいけない。



和彦には「そんなんで見つけられるのか!?」と馬鹿にされたが、

確かに自分でも名案だとは思わない。


巡査を見て、うまく真っ青になる子供なんているかな?

そう、あの子みたいに・・・


「ん?」

「武上さん」


二人は同時にその少年に気づいた。


ちょうど校門から出てきた、4,5年生くらいの男の子なのだが、

巡査を見た瞬間、文字通り真っ青になったのだ。


武上と巡査は頷き合って、その男の子に近づいた。

男の子は、青い顔のまま立ち尽くし、今にも泣き出しそうだ。


巡査が声をかける。


「君、ちょっといいかな」

「・・・」


男の子は口を真一文字に閉じたまま、両手を握り締めて小さく頷く。


「名前は?」

「・・・」


武上は名札を見た。

「5年2組 山村遼」と書いてある。


これが大人なら、その場ですぐに職務質問、となるのだが、

相手は小学生、しかも下校時間真っ只中の学校の前と来ている。

すでに注目の的だ。


武上は巡査を学校の前に残し、山村遼を人目のつかない場所へ・・・

学校の裏の畑の方へ連れて行った。


「山村君だね?僕は刑事の武上って言うんだ」

「・・・」


一応警察手帳を見せる。

山村遼はもうじゅうぶんに怯えているから、今更「お上の威厳」は必要ないが、

子供相手でもきちんと身分を証明しないといけないと思ったのだ。


「ランドセルの中、見せてくれないかな?」


山村遼は、素直に従った。



もう、アレはランドセルに入っていない。

昨日の手荷物検査で懲りた。

アレを学校に持ってくるのはやめたんだ。



山村遼がランドセルの蓋を開けると、

武上は中をしっかりと確認した。

教師の加山の手荷物検査とは訳が違う。



が、武上の予想通り、怪しいものは何もなかった。

しかし刑事としての武上の直感は「この子だ」と言っている。



「見つかって困るような物は何もないね」

「・・・はい」


安心してやっと声が出た。

それでもかろうじて聞き取れるくらいの小さな声だ。


「昨日、ここの先生が殺されたのは知ってるね?」

「はい」

「テレビでは報道されてないけど、そこにラパンのカードがあった。犯人が置いて行ったんだ」

「・・・え?」


武上は何の前置きもなく、いきなりラパンの話題を、

しかも殺人事件の話題を出した。


小学生相手に、優しいとはいいかねる態度だが、これは成功した。

山村遼はますます青くなり、急にペラペラと話し出したのだ。


「ぼ、僕知りません!本当です!殺人事件なんて・・・僕はただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・・その・・・カードを・・・」

「カード。ラパンのカードだね?あれは君が作ったのかい?」

「・・・」

「作っただけじゃないよね?カードを使って、色んな物を盗んだんだよね?」

「・・・」


認めれば自分が犯罪者になることくらい、山村遼にもわかる。

簡単には頷けない。



仕方がない。

武上は更に続けた。


「そして、原先生も殺したのかい?」

「ち、違います!僕、原先生を殺したりしません!本とかを盗っただけです!」


山村遼は「しまった!」とばかりに両手で口を押させた。

そんな仕草は本当に子供っぽい。


これが、ラパンの正体か。

まさか本当に小学生だったなんて。


武上はため息をついた。


「じゃあ、窃盗・・・物を盗んだことは認めるんだね?」

「・・・はい」

「でも、人殺しはしてない」

「はい!してません!」


山村遼は必死で訴えた。

武上としても、元々窃盗と殺人は別の犯人だと思っていたし、

実際に山村遼を見ても、とても人殺しをできるような子には見えなかった。


だが、犯罪は犯罪だ。

きちんと罪を償わないといけない。



武上は重苦しい気分で、山村遼の腕を取った。








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