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第4話 差し入れ

「あの!和彦さ・・・KAZUに差し入れを持ってきたんですけど」


忙しそうに動き回るスタッフの一人を捕まえて、寿々菜はなんとか声をかけた。

だが、そのスタッフは無碍に、


「ああ。じゃあ、向こうに置いといて。君、見学の人?こんなとこまで入ってきちゃダメだよ」


と言い、忙しいんだから声かけるんじゃねー、と背中で語りながら行ってしまった。


CMの撮影現場なのだから、みんな忙しくて当然だ。

それに、「見学の人」というのも間違っていない。

和彦を「見学」しに来たのであって、仕事しに来たのではないのだから。



だけど・・・

一応私だって芸能人なんだから!



心の中で文句を言ってみるが、これはスタッフが悪い訳ではない。

どちらかといえば、デビューして1年以上もたつのに、ろくに顔を売れない寿々菜が悪い。


そして現に、こうしてKAZUファンの中に入っても、誰一人「スゥ」に気づく人はいなかった。




今日の和彦は、大きな公園でのCM撮影。

噂を聞きつけてやってきたKAZUファンだけでなく、

たまたま公園に遊びに来ていた家族連れなんかも見学に集まって来ている。

ざっと数えても100人近くいそうだ。

そんな中に、冴えない駆け出しアイドルがいても、気づかれなくて当然である。


だから・・・和彦が寿々菜に気づいたのは奇跡的と言っていいだろう。


カメラが止まると、和彦はすぐに寿々菜の方へ、

つまり、ファン達の方へやってきた。


黄色い歓声が上がる。


和彦は必殺KAZUスマイルでファンに挨拶した後、

そのままの笑顔で寿々菜を見た。


寿々菜は和彦が素を見せる数少ない人間だが、ここはファンの手前、

KAZUモードを貫くことにした。


「寿々菜。どうした?エキストラの仕事?」

「い、いえ・・・あの、差し入れを・・・」


寿々菜はそう言って、両手で白いビニール袋を持ち上げる。

和彦はそれを見て、いや、正確にはその匂いを嗅いで、目を輝かせた。


「寿々菜!それ、もしかして!」

「はい。来来軒の餃子です」


来来軒とは和彦の行き着けのラーメン屋である。


「お、お前、いい奴だな」


和彦は半ば感動していた。

そして一瞬で素になってしまった。


「よし、こっち来い。監督にエキストラで使ってもらうから」

「ええ?」


和彦は、ファンが撮影場所にまで入って来ないように張り巡らされたロープを左手でグイッと上げ、

右手で寿々菜の腕を引っ張った。


周囲からどよめきとともに、「あの子、芸能人なの?」と呆れた声が上がる。


が、和彦はお構いなしだ。

なんと言っても、来来軒の餃子を食べられるのだから!



すぐに監督に、寿々菜をエキストラで使ってもらうよう頼み込む。

公園を歩いている、というだけの役だ。

監督もこだわらずにOKを出した。


その段階になり、寿々菜はようやく自分の服装に気がついた。



こんなことなら、もうちょっとちゃんとした服を着てきたらよかった。



エキストラなのだから目立ってしまっては話にならないが、

なんと言っても寿々菜は通っている北原高校の制服なのだ。



制服のままテレビに出るのっていいのかな?

でも、もしかしたらこれで北原高校が有名になるかも!



公立の北原高校が有名になっても仕方がないし、

そもそもそんな訳ないのだが、寿々菜は独自の理論で納得し、俄然張り切った。


その時、ふと、自分に注がれている視線に気がついた。

お世辞にも好意的とは言いかねるその視線は・・・山崎である。

寿々菜は恋敵の山崎に思いっきりあっかんべーをした。

そして、山崎も負けじとあっかんべーをやりかえしたのであった・・・



さて、和彦は、と言えば、

キャンピングテーブルの真ん中に鎮座している餃子に今すぐにでもありつきたかったが、

さすがに「餃子食べるんで、撮影ストップ」と言えるほど、わがままなアイドルではない。

いや、どちらかと言えば(言わなくても)わがままなアイドルなのだが、

ここで撮影がのびると次のスケジュールに影響がでて、そのまた次のスケジュールにも影響がでて・・・

和彦の帰宅時間が遅れる。

それはつまり山崎と一緒にいる時間が長くなることを意味する。


和彦はさっさとCM撮りを終わらせようと決意した。



そしてそんな和彦のやる気も手助けし、撮影は30分後には無事終了となった。


くそー、餃子、冷めたかな?


と、和彦はいそいそとテーブルに近寄ったが・・・


「あれ?」


そこにはあるはずの餃子がなかった。



そんなバカな。

撮影中もチラチラ見てたのに。



そして和彦は、餃子の代わりにテーブルに置かれているカードに気がついた。


その中のウサギはまるでニヤリと笑っているかのように見えたのだった・・・






「武上!なんとかしろ!!」


課長の野原にどやされることなんか日常茶飯事の武上も、

今日ばかりは途方に暮れた。



だから、俺のせいじゃない!!



武上は警視庁の窓から恨めしそうに下を見た。

そこにはたくさんの人だかり。

みんな大型カメラや照明を抱えている。

中継車までいる。



やれやれ。こんなことで騒げるなんて、日本は平和だ。



どこから漏れたのか、マスコミに例のラパン事件を知られてしまったのだ。

大した事件ではないのだが、今流行の「御園探偵」の模倣犯と言うことで、この有様だ。


しかも、武上は窃盗事件の担当でもないし、何の関係もない。

ただ、御園英志役の岩城和彦と顔見知りなだけだ。

それなのに「なんとかしろ」も何もあったもんじゃない。



武上は頭を振りながら、「おつかれさまでした」と席を立った。





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