第1話 怪盗ラパン
それは小学校の隣の小さな文房具屋から始まった。
大型スーパーが消費者のニーズに100%応えられるこの時代に、
どうやって収益を上げているのか分からないような小さな文房具屋。
そこ店主の60歳の男性が、
(というか、従業員は彼1人だ。この人件費の低さこそ、この文房具屋の強みである)
そろそろ閉店するか、とアバウトなことを考えながら店の掃除を始めた。
それは、消しゴム売り場のキャラクター消しゴムの上に置かれていた。
トランプ位の大きさの白い紙。
店主が、なんだろうと思い手に取ってみると、そこにはコミカルなウサギの顔が描かれていた。
伊達政宗のように、右目に黒い眼帯を当てた「海賊風ウサギ」。
店主は、「こんな売り物あったかな?それとも客の忘れ物かな?」と思い、
レジの脇にポンっと置いた。
そしてそのカードは、しばらくそこで眠り続けることになった。
世間の大注目を浴びるなど、思いもせずに。
「寿々菜!昨日の『御園探偵 第5弾』見た!?」
白木寿々菜の親友、長谷川友香が、
寿々菜が登校するなり駆け寄ってきた。
寿々菜は得意げにVサインをしてみせる。
「当たり前でしょ!録画して、もう5回も見ちゃった!」
友香は頭の中で電卓を叩いた。
「御園探偵」は単発物で、1年に1,2回、2時間枠で放送される。
その第5弾が昨日の午後9時から放送された。
寿々菜は当然、リアルタイムで1回見たのだろう。
そして、放送が終了した11時から、後4回見たことになる。
2時間 × 4回 = 8時間
11時から立て続けに見たとして・・・
「寿々菜。あなた、昨日寝てないでしょ?」
「どうしてわかったの?」
「・・・」
理由を説明するのも面倒になり、
友香は席に戻った。
とたんに、隣の男子生徒が友香に話しかける。
友香も愛想よく応じる。
この男子生徒、友香の彼氏という訳ではない。
男子生徒の一方的な片思い。
こんな男子生徒はたくさんいるので、友香も慣れっこだ。
つまり・・・友香はモテる。
そして美人。
駆け出しアイドルの寿々菜よりも遥かに。
いっそ寿々菜を解雇して友香を雇った方が、寿々菜の所属する門野プロダクションは確実に儲かるだろうが、
幸い(?)社長の門野はまだ友香を発見していない。
弱小プロダクションのワンマン社長のことだ。
友香を発見した暁には、それをあっさり実行するだろう。
自分がそんな危機的状況にあることにも全く気づかないのが寿々菜の長所というか短所というか。
早速机に突っ伏して、朝寝を始めてしまった。
寿々菜も身長だけは友香と同じ160センチで、スタイルも小さな胸を除けば悪くない。
顔も平均は軽くクリアしているが、あくまで「一般女子の平均」であり、
「アイドルの平均」ではない。
そんな寿々菜が「スゥ」というセンスのない名で芸能界の荒波に飛び込んだのには理由がある。
それが「御園探偵」の主人公・御園英志を演じる、KAZUこと岩城和彦だ。
同じ事務所とは言え、寿々菜はトップアイドルの和彦とは何の接点もなかったが、
とある出来事をきっかけに、知り合うことができた。
寿々菜は天にも舞い上がる気持ちだったが、
21歳の和彦から見れば、高校1年生の寿々菜は「手のかかる妹」と言ったところか。
寿々菜は夢を見た。
昨日の「御園探偵」の夢だ。
和彦さん、ううん、御園英志、相変わらずかっこよかったなあ・・・
最近和彦さんに会っていない。
和彦さんは私と違って忙しいもんね。
でも、会いたいなあ・・・
そういえば、御園英志もかっこいいけど、
ライバルの怪盗ラパンもかっこよかった。
ラパンは「御園探偵 第1弾」から登場してるけど、いまだ正体は分からずなんだよね。
御園英志もラパンにだけは手を焼いている。
ラパンは、いつどこで何を盗むか、警察に予告状を出してくる。
警察も御園英志もラパンを捕まえるべく奮闘するんだけど、
いっつも鮮やかに逃げられちゃうんだよね。
そういえば、ラパンを演じている俳優さんはなんて名前だっけ?
CMとかでよく見るんだけどな・・・
「白木。起きろ。授業を始めるぞ」
「むにゃむにゃ」
「むにゃむにゃ、じゃない。かくなる上は・・・」
教室に入ってきた若い国語教師は、寿々菜がアイドルということも忘れて、
(最初から知らないのかもしれない)
寿々菜の顔に水性マジックで落書きを始めた。
クラス中が興味津々で見守る中、教師の筆、じゃなかった、マジックは順調に進み・・・
まもなくソレは完成した。
「あ。ラパンだ。先生、うまい!」
「お?わかるか?昨日テレビで見たから描いてみた」
「すごーい!眼帯とか、超リアル」
「これでも学生時代は美術部に所属してたからな」
胸を張った教師の前で尚も眠り続ける寿々菜。
その顔は、眼帯がトレードマークの怪盗ラパンそっくりに仕上がっていた。