4 女騎士
あれから私のジャケットは新品になって返ってきた。騎士服のジャケットは質の良いもので安くはない。
「新品なんて申し訳ないです。前着ていたものを返していただければ結構ですので……」
そう言ってみたのだが、ジュリアス様には「あのジャケットは返すことができないんだ」と言われて新品のジャケットを渡された。
なんで? と思ったが、なんとなく聞いてはいけない気がして、ただ「そうですか。では……」と言ってありがたく新品のジャケットを受け取った。
それから何度かジュリアス様はルカス殿下が剣を振る様子を見に来ていた。
大体が微笑ましい目でニコニコと見ているだけなのだが、たまに私がルカス殿下に密着して指導するとすごい顔をする。
剣の種類によって握り方が変わるため、ルカス殿下に後ろから覆い被さるように「こうです」と殿下の小さな手に自分の手を添えて説明した。
するとジュリアス様は「ずるい!」と大きな声を上げる。
「あ、いや……すまない。続けてくれ……」
私たちが驚いた顔でジュリアスさまを見ると先ほどの「ずるい」は思わずといった感じらしくガタッと椅子を揺らして立ち上がったジュリアス様はすぐに着席した。
――わかります、わかりますよ、ジュリアス様。
私が思うにジュリアス様はブラコンだ。可愛らしいルカス殿下を愛でたい気持ちが溢れている。
ルカス殿下はよくジュリアス様に勉強や公務のことを教えてもらうようで「兄上は教えるのも上手なんだ」と得意げに兄自慢をしてくれた。
私が「素敵なお兄様ですね」と返すとルカス殿下は嬉しそうにする。仲良し兄弟で微笑ましい。
「アルト! やはり私も教えて欲しい!」
とうとう我慢の限界を迎えたジュリアス様が声を上げた。
そうですよね。可愛いルカス殿下を私が独り占めして剣の指導をしている様子を見ていたら、ジュリアス様もルカス殿下に教えたくなっちゃいますよねー!
って、んん……?
ちょっと違う?
教えて欲しい、と言いました?
教えたい、の間違いでは?
「アルト! 私にも剣の握り方から手取り足取り教えてくれっ!」
興奮した様子で声をかけてくる。
「え? 僕がジュリアス様に教えるのですか?」
えっと……
賢く気さく、実は剣の腕前も護衛騎士以上で、国民人気も高く、女嫌い以外は完璧らしい……
私は彼のスペックをもう一度回想する。
私の指導など必要ないですよね……?
ルカス殿下はジュリアス様に白い目を向ける。
「兄上? 邪魔するなら執務に戻ってくれませんか?」
「す、すまない……薬は飲んだのだがどうにも……。もう少し量を増やしてみるよ」
どうやら最近は獣性を抑える抑制剤を毎日服薬しているらしいが、それでも強すぎる獣性が誤作動するらしい。
その日は邪魔をしてはいけないからとジュリアス様はしおしおと執務に戻った。
◇
それからもジュリアス様は王宮内で会うとたびたび声を掛けてくれる。
ルカス殿下への指導を終え、殿下をお部屋へ送り届けて騎士団へ戻ろうとしていたとき。
「あ、アルト! 今から騎士団へ戻るのかい?」
「こんにちは、ジュリアス様。はい、そのつもりです」
「ちょうど良い。私も団長に用事があるんだ。一緒に行こう」
そして二人で騎士団の建屋へ入ろうとしたところで何やら揉めている声が聞こえてきた。
「なんでですか!? この募集要項には男限定なんて書いてなかったじゃないですか! こっちはちゃんと実技も筆記も合格してんだから採用してくださいよ!」
「それはお前が男だと思ったから採用にしたんだ! お前が女だっていうなら話は別だ。それに募集要項に男限定なんて書くほどのことじゃない。国の決まりで女は騎士になれないって決まってんだよ!」
上級騎士に食ってかかるように文句をいうのは平民の女性? のようだ。
話の内容から察するに髪の毛の短さから男性と思われ騎士に採用されたが、女性だとわかって不採用になったらしい。
背も高くて髪も刈り上げてズボンを穿いているせいで男性に見える。
「ジュリアス様……なんで国の決まりでは女性は騎士にはなれないのでしょうか?」
私はその様子を眺めながら率直に思ったことを口にした。
「女性には女性にしかできないことをして欲しいから、身体を張るような仕事は男に任せてって意味もあって、大昔にこの決まりができたんだが……」
「なんかそれって嫌ですね。女性は子どもを産んでいれば良いって言っているみたいで……」
「まあ、それを受け入れる女性の方が今まで多かったからね」
そうだ。実際私は騎士になれないと聞いて、それなら女にしかできないことをしてみようと考え直した。
私は悔しく思いながらも国のルールを受け入れ、騎士への思いを断ち切ることができたけど、先ほどの女性のように納得できない人もいると思う。それに……
「騎士の仕事も女性にしかできないことってあると思うんですけどね」
「へえ、例えばどんな?」
ジュリアス様が楽しそうな顔をして食いついてきた。もしかしたらチャンスかもしれないと思った。
「ジュリアス様の用事ってお急ぎです? ちょっとだけ王太子権限使わせてもらっても良いですか?」
「ん? 急いでないし、悪いことに使わないのなら良いけど?」
私はジュリアス様を引っ張って、先ほどの揉めていた上級騎士と女性の元へ向かう。
「すみません! ジュリアス王太子殿下がそちらの女性にお話があるみたいで、良いですか?」
「えっ、殿下が!?」
上級騎士はジュリアス様を見る。するとジュリアス様もちゃんと話を合わせて「ごめんね、彼女借りてもいいかな」と言う。
「も、もちろんです!」
そして私はその女性に「ちょっとついて来てください」と声をかけ「え、なんですか?」と戸惑う彼女を無理矢理連れ出した。
そして向かった先は近衛隊長のもと。
「隊長すみません! 今朝、城下町であった騒ぎに巻き込まれた女性、怪我の確認をさせてくれないから被害届を出せないって言っていましたけど、彼女まだいますか?」
今朝の城下町での出来事はルカス殿下の剣技指導の時間まで近衛騎士隊の書類仕事の手伝いをしていたのである程度の状況は把握している。
「ん、アルトか? ああ、向かいの部屋で隊員が対応してるけど、口を開いてくれないんだ。怪我の確認ができなきゃ彼女には悪いが被害は取り下げてもらうしかないな……」
近衛騎士の隊長は諦めたような口調だった。
あっさりこういう発言が出るということは今までもよくあったことなのだろう。
私は女だからなんとなく被害女性の心情がわかる。
「待ってください! その件、ジュリアス王太子殿下がこちらの騎士志望の女性に任せたいって言うので良いですか!? ですよね、ジュリアス様!」
私はジュリアス様を引っ張り隊長の前に立たせた。
「あ、うん。ルーヴァン隊長いいかな?」
ルーヴァン隊長というのは目の前の近衛騎士隊長ことだ。
「え? 騎士志望? 女性……!?」
「ジュリアス様、こちらの部屋ですよ!」
「ルーヴァン隊長、悪いね。何かあれば私が責任を持つから」
私は戸惑う近衛騎士隊長を他所に、ジュリアス様と騎士志望の女性と一緒に向かいの部屋へ向かう。
「僕はアルトです。あなた、お名前は?」
「マ、マリーです」
「マリーさん! 僕のでは少し小さいかもしれないけど、このジャケットを着て騎士として取り調べをしてもらえませんか?」
マリーさんは「えっ? どういうこと?」とびっくりしていたが、私はそのまま今朝の城下町での騒ぎについて説明する。
朝から酔っ払い同士の乱闘に街の女性が一人巻き込まれ、一人の酔っ払いは巡回していた騎士が取り押さえたが、もう一人は逃げられた。
被害にあった女性は被害届を出そうとしたが、怪我をした箇所の確認が出来なければ被害届が提出できない。
怪我の確認の段になると被害女性は黙ってしまった。
私は向かいの部屋をノックして入室する。
取り調べをしていた騎士に近衛隊長の許可をもらったから交代しようと告げるとその騎士は「じゃあ後はよろしく」と言って部屋を出ていった。
「すみません。取り調べですけど、こちらの騎士見習いのマリーさんと交代させてもらいますね。マリーさんこう見えて女性なので、男性騎士に言いづらいことならマリーさんに言ってください」
私は被害女性にそう告げて、被害女性の対応をマリーさんに託し、私はジュリアス殿下と部屋を出た。
思っていた通りマリーさんは被害女性の怪我をしっかり確認することができた。
ちゃんと騎士の勉強をしていたようで調書には胸の下にできた打撲の位置も大きさも色まで詳細に記載されていて文句なしだった。
被害女性は十四歳とまだ若く、男性騎士に肌を見せることに抵抗があった。だが、マリーさんが女性であることがわかると怪我の部位を見せてくれたらしい。
そして、無事に被害届を出すことができた。
「ああ、それと、これを彼女から預かりました。現場で拾ったものらしいです」
マリーさんはカフスボタンを一つ差し出した。
「こ、これ……! 家紋じゃないですか……?」
貴族の家紋が意匠になっているカフスボタンだった。
「ああ、酒癖の悪さで有名な、とある男爵家の家紋だね」
家紋を見ただけでどこの家のものかわかるジュリアス様はすごいと思う。
マリーさんのお手柄だった。
数日後、逃げた酔っ払い男爵は無事に逮捕され、目撃証言とも一致した。そして一気にマリーさんを騎士として採用! とまではいかなかったが……
だけど女性騎士採用への動きが高まったと思う。
事態を見ていた近衛騎士隊長がマリーさんを近衛に欲しいと言ってくれたし、なによりジュリアス様が率先して動いてくれると言うので、きっと近々マリーさんの本格採用の話が聞けるのではないかと思う。
「ジュリアス様……女性嫌いって聞きましたけど、女性騎士採用に協力的なんですね?」
「ああ、確かに私は女性が苦手だ。女性であることを武器として攻撃してくる女性は特に。でも、女性であることを強みとして活躍する女性は好ましいと思うよ」
女性であることを武器として攻撃……。
何となく泣き脅しで話をしたり、胸を腕に押し付け撓垂れ掛かるアメリアを思い出してしまった。
「なるほど……」
「いや、今まではそんなふうに思うことすらなかったんだけど、アルト、君のおかげだよ」
そう言ってジュリアス様は優しく微笑んだ。
「でもやっぱり、ご令嬢と言われるような女性たちは苦手かな」
令嬢は苦手……。
今は男性のフリをしてジュリアス様と普通に会話をしているが、本当の私は貴族女性。
淑女らしくドレスを着る。化粧もするし香水も使う。
本来の私はジュリアス様から避けられる対象だ。
「さて、これからはミス・マリーの騎士採用のために私も色々頑張らなきゃな」
ジュリアス様がマリーさんのために頑張る。それを聞いて私の胸はなぜかツキリと痛む。
もちろんマリーさんのことは応援しているし、私でもできることがあればサポートしたいとは思っている。
でも彼女はジュリアス様から応援してもらえる存在で本当の私は苦手とされる存在。
そんなことを考えて驚いた。
なんで私はそんなことで悲観しているのだろう。
今の私はアルトとしてジュリアス様と接しているのだから、別に本当の私が避けられたとしても問題なんてないはずなのに……。