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12 番いたい

「……はぁ」


 ジュリアス様との口づけは十数秒唇を重ねるだけのものだった。ゆっくりと離れたあと、ジュリアス様の色気を含んだ熱い吐息が漏れる。

 私のドキドキは最高潮で、これが顎クイからの口づけか……なんて胸をときめかせながら考えて、ジュリアス様の色っぽい表情にとろけそうになる。


 そしてジュリアス様にぎゅうっと抱きしめられる。


「大好きだよ、エーファ」


 嬉しい。


「私も、大好きです」


 私は素直に想いを告げる。


「ああ、可愛いエーファ。たまらない。もう一度口づけても?」


 ジュリアス様は私を抱きしめたまま、おねだりするように首を傾げる。

 私はコクンと首を縦に振った。


「んっ……」


 今度は先ほどのような控えめな口づけではなくて、噛み付くような勢いのある口づけ。


 私はジュリアス様からも深い口づけに翻弄される。そして甘い快感が身体に駆け巡る。


 熱い。


 ぞくぞくとする熱を感じ、私の身体が疼いた。

 もっと欲しい。彼の熱をもっと感じたい。


 私はジュリアス様にしがみついて、自分からも積極的に口づけた。ジュリアス様は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに目を細め、もっともっとと私も彼も夢中になって口づける。


 唇がふやけてしまうのでは、と思うほどにたっぷりの口づけをしてから、ゆっくりと彼の唇が離れていって、私は甘い感覚にくらくらして立っていることができず、ずるりとその場に座り込んだ。


「はぁっ……はぁっ……ジュリアス様……」


 身体が熱くてたまらない。彼が欲しい。もっと欲しい。勝手に呼吸が荒くなって、甘くて媚びるような声が出る。

 どんな獣か全くわからないけど、私の身体の中の獣の血が騒がしい。目の前の愛おしい人からは甘くそそられる匂いがする。


「ジュリアスさまっ……あっ、もっと……!」


 私はペタリと座り込んだまま、驚いた顔で私を見下ろすジュリアス様のトラウザーズに両手でしがみつく。

 なんてみっともない姿。でも自分で自分のことを律することができない。


「エーファ……! 君っ……」


 ジュリアス様は着ていたテールコートを脱いで私の肩に掛ける。そしてすぐに私を抱き上げた。ジュリアス様の腕の中は温かくて心地いい。

 でも、彼の腕の中にいるともっと激しい熱を感じたくなる。


 ――番いたい……


「っ……!」


 私は自分の思考にびっくりした。


「ジュリアス様、……あっ、私……」

「うん、興奮状態(ヒート)だね。抑制剤飲んでても私も当てられてまずいことになりそうだ……」


 興奮状態(ヒート)は番相手にしか起こらない。私の思考がジュリアス様と番いたいという思いに支配されていく。彼は私にとって唯一無二の存在だと全身が訴えている。


 ――ジュリアス様は私の番なんだ……


 私は我慢できずにポロポロと涙を流した。


「泣かないでエーファ……大丈夫だから。とりあえず、場所を移動しよう」


 ジュリアス様も私の匂い(フェロモン)に反応して、目元は紅潮していつもの優しい瞳は欲を孕んだギラギラとした目に変わっている。

 うなじを噛みつかれたときと同じ目だ。


「くそっ、全然抑制剤が効いてない……! いや、大丈夫だよ。心配しないで」


 匂い(フェロモン)を感じ取れるのは番だけ。ジュリアス様も私のことを番だと認識してくれている。


 ジュリアス様は自身の欲を押さえ込んで私に優しく声をかけているのがわかる。

 ジュリアス様は涙を流す私に何度も心配そうに「泣かないで」と声をかけてくれて申し訳ない気持ちになる。


「うっ……うっ……違うんです……ジュリアスさま」

「えっ、?」

「私……ジュリアス様と、……番なのがうれしくてっ……わ、私、ジュリアス様と番いたい……!」

「エーファっ」


 ジュリアス様の顔がブワッとさらに赤くなり、感じていたジュリアス様の甘い匂いが一段と強くなった。

 ジュリアス様は「はぁ」と熱いため息を吐いてから言う。


「ねえ、エーファ。もう後戻り出来ないところまで来ているけど大丈夫……?」


 私はコクコクと何度も首を縦に振る。


「後戻りなんて……したくないですっ、ジュリアス様が好き。あなたと一生共に生きていきたいのです」

「っ! わかったよ……」


 ジュリアス様は私を横抱きにしたまま大股で歩き始めた。


「エーファ、本当は今の君は誰にも見せたくないのだが、そういうわけにはいかない。できれば私にしっかりしがみついていてくれ」


 私は今ジュリアス様のことしか考えられない。蕩けたみっともない顔をしている自覚はある。こんな顔、人には見せられない。

 私はコクリと頷き、ジュリアス様のシャツに両手でしがみついて顔をジュリアス様の胸に当てた。


 ジュリアス様はそのまま夜会会場へ戻り、一直線に高座を目指す。

 すごい険しい顔をしており、何事かとこちらの様子を伺いたい出席者たちも、ジュリアス様の眼光に怯えて自然と道を空けていく。


「ジュリアス!?」

「陛下、このような状態で申し訳ないのですが、緊急事態なもので、このままお話をすることをお許しください」


 ジュリアス様は私を抱き上げたまま、ジュリアス様のお父様である国王陛下に話しかけた。



 すると、遠くの方で一人の女性のキャーッという悲鳴と男性の「やめるんだ!」と怒鳴る声が聞こえ、こちらに注目していた出席者は「なんだ、なんだ」と向こうの様子を気にし始めた。

 そしてワンテンポ遅れて「エリックさまっ!? いやー!!」と叫ぶアメリア嬢の声が聞こえた。


 一体何が起きたのか、陛下もジュリアス様も騒動の方へ少し目をやり、バタバタと警備の騎士たちが向こうへ駆けつける。


 そして陛下がこちらへ向き直し「よい、構わぬ。続けよ」と返事をするとジュリアス様も騒動を無視して説明を始めた。


「陛下。さっそくですが、彼女はエーファ・シュタールヴィッツ伯爵令嬢。私の恋慕う女性です。先ほど彼女に結婚の了承をいただいたところですが、私たちは番だったようで──」

「ジュリアス、みなまで言うな。状況は理解した」


 番という言葉と私の様子とジュリアス様の紅潮した顔を見て陛下は私たち二人が興奮状態(ヒート)に陥っていることを察したらしい。


「シュタールヴィッツ家の令嬢であれば、お前の相手としても問題ない。で、シュタールヴィッツ伯爵の許可は取れているのだろうか」

「シュタールヴィッツ伯爵からはエーファ嬢の気持ち次第で返事をすると手紙をいただいております。先ほどエーファ嬢からは了承の回答をいただけましたので問題ないかと」

「わかった。シュタールヴィッツ伯爵には()()の手紙を用意しよう。急ぎ結婚できるよう根回しもしておこう。もう下がってよいぞ」


 ジュリアス様はまだ謝罪するようなことはしていないのだが、これから謝罪するようなことしても良いと許可が出たようなもの。


「ジュリアス……」


 陛下の隣の席に座っていた王妃殿下がジュリアス様を呼ぶ。


「大切に、優しく接するのよ」


 気遣わしげに眉を下げて私を見てから、ジュリアス様にそう声をかけていた。


 ルカス殿下が言っていたとおり、王妃殿下はジュリアス様を応援していた。心配そうにこちらを見ているが、両手は拳を握っており、頑張れ、と言わんばかりの手の形になっていた。


 ジュリアス様は「もちろんです」と返事をしてから辞去をした。



 ジュリアス様は私を抱えてキョロキョロと誰かを探す。


「エーファ」


 意外とすぐ近くに居た目的の人物が声をかけてくれた。


「ロイ兄様……」

「ロイ殿、すまない──」

「王太子殿下、陛下とのお話は聞こえていました。父へは私からも説明しておきます。父はエーファと殿下の婚約について、エーファが良ければお受けしようと言っていましたから、問題ないと思います。エーファ、良いんだな」

「うん……私が……私が……」


 なんて言えばいいのか頭が回らず言葉に詰まる。


「わかった、わかったよ、エーファ。殿下、すみませんが、エーファのことをよろしくお願いします」

「いや、こちらこそ申し訳ない」


 何をどうよろしくなのか、何が申し訳ないなのか、具体的なことは一切言わないが、みんなこの後どうなるのか察している。

 ものすごく恥ずかしい状況のはずなのに、今の私はそこまで考えが至らない。



 昔の獣人とは違い発情期というものは存在しないが、番になると相手の熱や興奮した匂いにつられて、同じように興奮状態(ヒート)に陥ってしまうことがある。


 今、私たちはまさにその状態で、私はジュリアス様を番と認識したと同時に甘い口づけに反応して興奮状態(ヒート)に陥ってしまった。


 その場合、一般的には番い、お互いを慰め合うことで、元の落ち着きを取り戻す。


 ――早く私の番(ジュリアス様)に愛されたい。


 そればっかりが頭に浮かぶ。

 ジュリアス様は私を抱え、会場の出口へ急ぐ。



 途中、先ほどの女性の悲鳴の騒動の内容が聞こえてくる。


「ヴェルマー侯爵家のご令息がルッツォ辺境伯夫人に、番だなんだって掴みかかったらしいぞ?」

「我を忘れるほど興奮した様子だったとか……」


 騒動の傍観者たちはそんな話をしていたが、今の私はそれどころではなくて、そんな話は耳に入らない。



 ジュリアス様も立ち止まらずにズンズン歩いて会場を出る。そして、王宮の廊下を足早に進んでいく。


 王宮の奥へと進み、豪華な扉の部屋の前へ来た。

 そしてジュリアス様がやや乱暴に部屋の扉を開くとフワッとジュリアス様の匂いが私の鼻孔をくすぐった。


 ずっと嗅いでいたいくらい甘く良い匂い。


 でも匂いなんかじゃ足りない。欲しい、欲しい。

 愛おしい私の番。早く私を愛して……

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