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11 王宮の夜会

 ジュリアス様が帰ってすぐに父様から呼ばれた。まずはどこかでジュリアス様に会ったことがあったのか、と聞かれたので正直にアルトと入れ替わっているときに知り合って、良くしてもらっていた、と説明をした。

 そして以前、騎士団にいる私の様子を見に来たアルトに会ってしまい、一目で私とは別人であると気付いたらしいと話をした。


「殿下はアルトとエーファの違いがわかるのだな。親の私でもすぐには気付けなかったのに……」


 父様はそう言い、それからすぐに私にジュリアス様との婚約について意思確認をする


「殿下は断る選択肢を与えてくださった。エーファ、お前はどうしたい?」

「わかりません……」


 私は俯いてそう応えた。


「そうか。急な話だからな……お前もまだ動揺しているんだな」


 父様は私を気遣うようにそう言ってくれた。


「お前がこの話を受けてくれるとうちにとっても良い話ではあるが、お前の気持ちが一番大切だ。お前の納得のいく答えを見つけなさい」


 そして優しく話していた父様は「だが」と一呼吸おいて、スッと少し厳しい顔をする。


「殿下と結婚すればお前は王太子妃になる。未来の王妃ということだ。大変な王太子妃教育も受けなければならないし、社交界で足を掬おうとする者を上手く躱していかなければならない。そういう覚悟ができないのであれば断るべきだと思う。よく考えなさい」


 婚約の申し入れに対する返事は一ヶ月以内にするのが一般的だ。

 私が「はい」と返事をすると父様は一ヶ月後にもう一度私の意思確認をすると言って話は終わった。



 一週間後、ジュリアス様から私宛に贈り物が届いた。


 シルバーで出来た髪飾り。花の意匠にところどころ質の良さそうなアメジストが埋め込まれていて、ジュリアス様を連想させられる髪飾り。

 私の短い本物の髪に着けても不自然にならない小ぶりの物。


 ドレスや指輪でなく髪飾りを贈ってくるあたり、過度な執着による贈り物ではなく、好意による配慮のある贈り物に思える。


 そしてアロマポットとアロマオイルも一緒に入っていた。手書きの使い方の説明書まで同封してくれていた。


「エーファ、贈り物と一緒に王宮での夜会の招待状も来ている。再来週だ。うちからはロイに行かせるが、お前はどうする? 殿下へのお返事を悩んでいるのなら、夜会で話をしてお互いをもう少し知っても良いのでは、とも思うが」


 夜会には久しく参加していない。エリックと婚約解消をしてからはアメリアとエリックが仲良く出席する様子を見たくなかったから。

 エリックに未練があるというわけではない。ただ、二人を見ているとイライラしてしまいそうだったから。


 ジュリアス様は私のことが好きだとはっきり言ってくれた。だけど私はまだジュリアス様の気持ちを信じきれていない。


 彼は夜会で女らしく振る舞う私を見てどう思うだろうか。


「父様、私夜会に参加します」

「わかった。ロイにエスコートを頼んでおくよ」



     ◇



 夜会の日、私は侍女にお願いして念入りに全身を磨いてもらった。

 私は最近買ってもらったばかりの新作のドレスに袖を通す。そしてとびきり綺麗に見えるように化粧を施してもらう。

 鬘の髪は結いあげてジュリアス様からいただいた髪飾りを飾った。

 私は丸見えになったうなじにそっと手を当ててみる。もう、ジュリアス様に噛みつかれたときの噛み痕はない。


 気がかりなことはあるけども、どうしても彼への想いを自分からは断ち切れない。


 私は騎士への道を諦めたとき、女なのだから淑女を目指して生きていこうと決めたのだ。

 ジュリアス様の苦手な貴族女性。夜会で私が女らしく振る舞う姿を見てジュリアス様が嫌な顔をするようなら彼のことは諦めよう。

 そうでないのなら、彼のことを信じてみよう。


 侍女が仕上げて鏡の前へ立ってみれば、見た目は完璧な淑女に出来上がった。


 そして全ての準備が整い、もう出発しようというときだった。


「エーファ、大変だ……!」


 お父様はお母様と違って慌てていてもノックをしてから部屋に入ってきた。



     ◇



「久しぶりだな、エーファ」

「ルカス殿下! お久しぶりです」


 王宮の入り口のところでルカス殿下に会った。ロイ兄様も丁寧に挨拶をする。


「こうやって見ると本物の令嬢にしか見えないな」

「本物の令嬢ですから」

「そうだったな」


 大人ぶった発言が可愛らしく思える。ニヤリと笑うルカス殿下に久々に癒される。


「エーファはすっかり時の人だな」

「お騒がせして、申し訳ありません」

「エーファのせいではなく、兄上のせいだろう」


 父様は出かける直前に社交界で私のことが噂になっていると教えてくれた。

 どうやら王太子殿下はエーファ・シュタールヴィッツに懸想をしている、と噂になっているらしい。


 我が家に断る選択肢を与えてくれたジュリアス様がベラベラと自らそんな話をするとは思えないし、私の家族が言うとも思えない。

 噂の出所はジュリアス様からデリカシーがないと言われていたエリックだろうと想像に難くない。


「でも、噂のことがあってもここへ来た、ということは、ある程度の覚悟はしてきたのだろう」

「……そうですね」


 噂の渦中の人物が夜会に現れれば、色んな目で見られることは想定内。


「兄上の相手になるのならそれくらいの度胸がある方がちょうど良い」


 ルカス殿下は腕を組んでうんうん、と首を縦に振った。


「でもな、エーファ。女嫌いでいつまでも婚約者を作らない兄上に参っている貴族も多くいる。兄上を応援する意味でお前に好意的な目を向ける者も一定数いるんだぞ。私と母上も兄上を応援しているし」


 それを聞いてハッとさせられた。父様の話を聞いてから敵だらけの巣窟に飛び込むつもりでここへ来たが、そうではない。ジュリアス様のことを知って、周りの方たちとも円滑な人間関係を築くための夜会だ。


「ルカス殿下、ありがとうございます! ルカス殿下とお話をして少し緊張が解れました」

「なら良い。まあ、兄上を応援するとは言ったが、お前が兄上では嫌だというのなら、私が結婚してやっても良いからな」


 再びルカス殿下はニヤリと笑う。


「ふふっ、ありがとうございます。ジュリアス様に振られてしまったら、よろしくお願いします」


 そしてルカス殿下は夜会に出られない自分はこれからマナーの授業があると言って可愛らしく頬を膨らませながら会場とは別方向へ去っていった。



     ◇



「エーファ、大丈夫か? 無理なら帰っても良いんだぞ?」


 私へ向けられる視線は好奇の目か、嫉妬の目か、あるいは別の意味のある視線だろうか。


「ロイ兄様、これくらい平気です」


 覚悟はしてきた。本当に彼と結婚したいと思うのならこれくらいの視線で怯んでいてはいけない。

 私は視線を向ける人たちに向かって、できるだけ柔らかな微笑みを作って見せた。


 少しざわついて「ほう」と感嘆の声がいくつか聞こえたのは気のせいではないと思う。

 好奇の目を向けていた人たちは私に話しかけようと近づいてきたが、すぐにジュリアス様が現れ、彼らは離れていった。

 

「エーファ、無差別に笑顔を振り撒くのはやめて。君の笑顔を見た者たちの目を潰して回りたくなる」


 いきなり物騒な嫉妬を露わにされてびっくりした。

 噂の渦中の二人が会話をする様子を皆がチラチラと見る。


「ごめんね、エーファ。私が君に馴れ馴れしく接するヴェルマー侯爵令息を牽制したものだから、こんなことになってしまって……」


 ジュリアス様からはまず謝罪された。


 夜会会場でのジュリアス様は正装をされていて、一段とキラキラ感が増している。こんな綺麗な人に好意を示されているなんて、夢ではないのかな、と顔をつねりたい気持ちになる。

 しかもジュリアス様の態度は私の危惧していたようなものは一切なく、本当に女性が苦手なのかと疑いたくなるくらい私に優しげな表情を見せてくれて「今日はすごく綺麗にしているんだね」「贈った髪飾りを使ってくれているんだね、嬉しいよ」とつい喜んでしまうような言葉を言ってくれる。



「せっかくだからエーファと一曲踊りたいのだけど、ダンスは平気?」

「はい。大丈夫です」


 私が返事をすると、ジュリアス様は私の前で跪いて片手を差し伸ばす。


「私と踊っていただけますか?」

「はい、よろこんで」


 私はそっと彼の手を取った。

 そしてリズムに合わせて軽快なステップを踏む。


「ジュリアス様はダンスがお上手ですね」

「まあ、王太子だからね。嫌いだけど」

「え……嫌いなのに……?」


 なんでわざわざ嫌いなダンスに誘ったのだろうか。


「あ、ごめんね、違うよ。私は今初めてダンスが良いものだと思ったよ。だって、エーファと堂々と密着できるし、こういうこともできる。エーファ」

「えっ?」


 ジュリアス様は音楽に合わせて正しくステップを踏みながらぐいっと私の腰を抱き込んだ。そして耳元で小さく「好きだよ」と囁く。


「っ……!」


 私の顔に一気に熱が集まった。


 ――これが、耳つぶ……!?


 これはまずい。好きな人からこんなことをされたらもう動悸が止まらない。

 ダンスが苦手というわけでもないのに、その後はステップを何度も間違えて大変だった。


 でももうはっきりした。私はジュリアス様が好きだし、ジュリアス様は女の私でも嫌じゃないらしい。

 ジュリアス様のことを信じたい。

 ジュリアス様に婚約了承の話をしよう。


「ジュリアス様、少し良いですか?」


 私は一曲踊り終えるとジュリアス様と二人になれるようにバルコニーへ移動した。


「あの……ジュリアス様……!」


 言い出そうとしたときだった。


「ジュリアス王太子殿下!! 次は私と踊ってくださいませ!」


 媚びるような甲高い声を上げてバルコニーまで追いかけてきたのはアメリア嬢だった。

 エリックと共に出席していることは会場に入ってすぐに目撃していたが、こんなところまで追いかけてくるとは思わなかった。


 ついさっきまで私に優しげな表情を向けていたジュリアス様は全く感情のこもっていない笑顔を作りアメリア嬢に返事をした。


「すまないが、私はダンスが嫌いなんだ。別の人と踊ってくれ」


 アメリア嬢はすぐに私にチラリと目を向ける。


「さっきエーファ様とは踊っていたではありませんか? 私エーファ様の親友なんです。踊ってくださったら、エーファ様のこと色々教えて差し上げますよ」


 アメリア嬢は瞳を潤ませ、胸の前で両手を組んでおねだりするような上目遣いをジュリアス様にして見せた。

 彼女が勝手に親友などと言い出したりしなければ普通に可愛いと思うし、エリックはこの表情にコロっとやられてしまったのだろうと推測もできる。


 だが、目の前の王子様はどうだろうか。微笑んでいるように見えるが相変わらず目の奥は死んでいて、アメリア嬢は彼の一番嫌いなタイプだと思う。


「婚約者を奪っておいて親友? 君の親友の定義が知りたいよ。君からエーファについて教えてもらうことは何もないよ。知りたいことがあればエーファに聞くから」


 ジュリアス様は厳しいことをはっきり言う。すごいと思うのは表情は全く変わらず、微笑んだまま死んだ目をしていた。


「それと……私はダンスが嫌いだから君とは絶対に踊りたくない。でもエーファは私にとって特別だから、彼女と踊るダンスだけは好きなんだ」


 アメリア嬢はこんなにズバズバと言われることは想定していなかったようで、一瞬呆けたような間の抜けた顔をした。

 だが、すぐに目に涙を浮かべて泣きそうな顔でふるふると震えた。


「そんな言い方ひどいです! それに特別と言ってもお二人は番ではないのでしょう?」


 番ではない。その言葉が私の胸にグサリと刺さる。それは私が一番気にしていること。


 きっとエリックから聞いたのだろう。


 私は番に出会ったと言われて一度婚約解消をされている。もし、ジュリアス様が番に出会ったら私はどうなってしまうのか。

 ジュリアス様を信じようと決めた先ほどの決意が鈍る。


「確かにエーファからは番じゃないと言われたが、だからなに?」

「ほら、もしかしたらジュリアス王太子殿下の番は私かもしれないじゃありませんか?」


「はっ……?」


 つい私は声を漏らしてしまった。

 だって、エリックには番に出会ったと、相手はアメリア嬢であると聞いていた。


「笑わせないでくれ。君はヴェルマー侯爵令息と番だから婚約したのだろう?」


 ジュリアス様は私の疑問をそのまま口にしてくれた。


「私もエリック様と知り合ったときドキドキしたから番なのかなって思ったんです! でも、私さっきからジュリアス王太子殿下とお話をしていると胸のドキドキが止まらないんです。ジュリアス王太子殿下は抑制剤を服薬されているからわからないかもしれませんが、きっと私と番なんですよ」


 どういう発想をしたらそうなるのだろうか。

 あほらしすぎてびっくりする。

 今私はアメリア嬢だけにではなく、ここにはいないエリックに対しても同じ感情を抱いている。

 彼らが惚れっぽくて、なんでも番に結びつけたいことはよくわかった。


 もうジュリアス様に不敬だからこれ以上口を開かないで欲しいとすら思う。


「話にならないね」


 ほらやっぱり。どういう技を使っているのかジュリアス様の表情は微笑みが一切崩れていないが、さすがにこめかみには青筋が浮かんで見える。


「君は私にとって一番苦手なタイプだ。この距離でも嫌いな匂いがする。本当は早く話を終えたいところだが、これはハッキリと伝えておきたい」


 死んだ目で微笑んでいたジュリアス様が真面目な顔をする。


「私が好きな女性は今までもこれからもエーファただ一人だ。番? そんなものはどうでも良い。エーファが私の番でないのなら、番を認識できないように死ぬまで抑制剤を服薬すれば良い。それでも番を認識してしまうなら、匂いを感じないくらい遠くへ物理的に距離をおけば良い。エーファが気になるなら同盟国に頼んで国外に移住しても良い」


 そんなふうに言われて私は目頭が熱くなる。


「とはいえ、まだエーファからは何の答えももらっていないし、国外に移住となったら王太子ではなくなってしまうから、エーファからは見放されてしまうかもしれないけどね」


 そう言ってジュリアス様は私に優しく笑いかける。

 それを見て、アメリア嬢は何を言っても無駄だということを理解したのか「そうですか。失礼しました」と悔しそうな顔をして去っていった。


 ジュリアス様はアメリア嬢が見えない場所まで行ったことを確認してから「ごめん」と呟く。


「え?」


 なんのごめんだろうか。


「彼女の発言があまりにも自分勝手で腹が立ったから結構きつめに言ってしまったけど、実は彼女と仲良しだったりする?」


 私はふるふると首を横に振り、ジュリアス様は「なら良かった」とホッとした顔をした。



「あ、あの……ジュリアス様……」

「うん? エーファ?」

「私、貴族の娘なので、ドレスも着るしお化粧もします。香水だってつけるし、女らしくあろうと振る舞います」

「うん」


 ジュリアス様は優しい声で相槌を打つ。


「それに、ジュリアス様のことを想うと勝手に涙が出ちゃうし、ジュリアス様の前では綺麗に見せたいと思ったり、可愛い子ぶったりしちゃいます。ジュリアス様の嫌いなタイプになっちゃうかもしれないです」


 私はちゃんと自分のことを伝えなければと思って泣きそうな顔で言った。後からそんな女性だとは思わなかった、と言われる方がつらいから。


「私が苦手なタイプなんて話したからいけなかったね。さっきも言ったが、私にとってエーファは特別だ。今もこうして泣きそうに目に涙を溜める様子は可愛いとしか思わないし、私に綺麗に見せたいと思ってくれてるなんて私はとても嬉しいよ。それに私が香水が苦手だって言ったことを覚えててくれて、今日は香水ではなくアロマオイルをつけてきてくれた。私はそんな君が大好きなんだ」


 ――ああ、本当にこの人は……


 私はグッと拳を握りしめて覚悟を決める。


「ジュリアス様、私も死ぬまで抑制剤を飲み続けます。それでも私が番に出会ってしまったら、王太子をやめて私と一緒に外国へ行ってくれますか……?」

「エーファ……!」


 ジュリアス様は優しく私を見つめて「もちろんだよ」と返事をした。


「ジュリアス様、私、ジュリアス様のことが好きです。あの……」

「ああ、待って、私から!」


 ジュリアス様は私の前で跪き、ポケットから小箱を取り出し、パカッと開けて中身を私に見せつける。


「エーファ、君のことを愛してる。私と結婚してくれませんか?」

「……っ、はい……よろしくお願いします」


 ジュリアス様は私の左手を取り薬指に小箱の中に入っていた指輪を嵌めた。シルバーのアームにアメジストのついた指輪だった。


 指輪から感じる彼の執着が心地良い。


 ジュリアス様は立ち上がり、指輪の嵌った左手をグイッと引いて反対の手で私の顎を軽く掴んで上を向かせる。

 ジュリアス様と至近距離で五秒ほど見つめ合ってから、私たちは吸い寄せられるように唇を重ねた。

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