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第二章:「偽善」と「必要悪」(二)



  ◆



 沈黙を破ったのはジェスナー警部補だった。


「あんた、貴族の私兵だな。しかも来訪者だろ」


 今さら誤魔化す意味もさして無さそうだったため、サトルは素直に名乗った。


「はい。フレスデル私兵隊のイヌマと申します」


「で? そんな記事、読んでどうする気だ? 海賊絡みの事件に首を突っ込む気か?」ジェスナー警部補はサトルの手元にあった新聞を見て問いかける。


「ええ。この街の海賊問題を解決します」サトルは答えた。


 その答えを聞いたジェスナー警部補は腕組みをして言った。「何のためにわざわざそんなことを?」


「正義のためにわざわざこんなことを」とサトルはおどけるように返す。


 ジェスナー警部補は鼻で笑った。「つまらんことを抜かすな」


「リーストル市警が白波海賊団を摘発しないのはなぜですか?」とサトルは警部補に尋ねた。


「余計なことを詮索するのはよせ。いいから早く帰った方が身のためだぞ」警部補は冷たくあしらう。「魔道士は強大な存在だが、無敵の存在じゃない。つけ入る隙はある。魔道士だって死ぬ時は死ぬんだ」


「それは脅しているのですか?」


「いいや。これは脅迫ではなく警告だ」


「それはご親切にどうも」サトルは素っ気無く言った。「しかし、手を引く気はありませんよ」


 ジェスナー警部補は深く溜め息をついた。そして、「もうどうなっても知らんぞ」と言い残し、足早に立ち去っていった。


 サトルは新聞を片づけた後、図書館から出た。そばのベンチに座り、交信器でマチルダに連絡した。


「もしもし。マチルダ・マギア・フレスデルです」


「イヌマ・サトルです」


「ああ。調査は順調かな?」


「いえ。ただ、お耳に入れておきたいことがあります」


「何だろう?」


 サトルはジェスナー警部補に「職務質問」されたことを報告した。


「すると、私たちはリーストル市警に目をつけられたのか」マチルダは言った。「リーストル市警はリーストル市長の指揮下にある。市長は工業派だから、工業派の意向に沿って市警を運用する。魔道士である私たちが彼らに警戒されるのは当然か」


「やはり私兵隊の制服で工業派の街に来るのは間違いだったのでは?」


「うーん。しかし、騎士たる者が素性を隠して行動するのはどうもなぁ……」


「工業派が何か仕掛けてくるおそれがありますが……」


「心配無いよ。少なくともリーストル市警が白昼堂々と襲ってくることはありえないはずだ。彼らは仮にも法執行官であって、あからさまに法を無視した行動は取れない。それに、万が一、戦うことになったとしても警官の拳銃で魔道士を倒すのは至難の業だ。その程度なら、私は避けられるし、サトルは防げる」


 確かにマチルダは魔法によって目にも留まらぬ速さで動き、敵を翻弄できる。そして、サトルは氷雪の魔法で氷の壁を作り出すことができる。魔力が込められた強固な氷塊であり、容易には砕けない。訓練の成果であった。


「……しかし、油断は禁物です。詠唱する暇も無く不意討ちされればひとたまりもありません」


 ジェスナー警部補が言った通り、魔道士は決して無敵の存在ではない。


「うん。確かにそれはその通りだ。そうした搦め手への警戒は怠らない」


「ええ。何卒お気をつけください」


 サトルはマチルダとの交信を終えた後、立ち上がって次の目的地に向かった。



  ◆



 サトルはグノカ商事の本社ビルを訪ねた。


 グノカ商事はダレル・グノカという男が経営する貿易商社である。


 ダレル・グノカは中央立憲王国の最南端に位置する赤道直下の島で生まれた。若い頃に故郷を飛び出して海外を転々とした後、ベレケイン本島の国立大学で経営学を学ぶ。卒業するとすぐにリーストル市でグノカ商事を立ち上げた。


 グノカ商事は魔道派にも工業派にも与していない。中立的な民間企業の一つだ。


 現在、グノカ商事は東西間の中継貿易で利益を上げている。


 本社のエントランスには世界各地の調度品が展示されていた。グノカ商事の成功の証であった。


 サトルはエントランスの受付で、自分は「フレスデル男爵家のマチルダ卿に仕える従騎士のイヌマ」であると名乗り、マチルダと共に白波海賊団が起こす問題を解決しに来たこと、それにあたって情報収集がしたいことを伝えた。


 受付の社員は戸惑った様子で一旦、奥に引っ込んだ。そして、しばらくしてから、社長の秘書を連れて戻って来た。


 サトルは秘書に案内されて社長室へ向かった。


 グノカ社長は快くサトルを歓迎した。まず、二人は手短に自己紹介を済ませた。


「はじめまして。イヌマ・サトルと申します。マチルダ・マギア・フレスデル卿に仕えております」


「はじめまして。イヌマさん。私はダレル・グノカだ。この会社を経営している」


「早速だが確認しておきたいことがある」とグノカ社長が言った。


「何でしょう?」


「ブライム領民一揆についての噂は私も耳にしている。君たちは魔道派から疎まれているだろう?」


「その通りです」


「では、なぜ白波海賊団を倒そうとする? 奴らを排除した手柄で魔道派に許しを乞うつもりか?」


「どういうことでしょう?」サトルは片眉を上げた。「魔道派にとって白波海賊団は邪魔な存在なのですか?」


「知らなかったのか。魔道派はあの海賊どもを目の敵にしている。白波海賊団は工業派とつながっているからな」


「なるほど。それならリーストル市警が彼らを野放しにしているのも、インダストリアル・タイムズが彼らの悪事を記事にしないのも辻褄が合いますね」


 サトルはそう呟き、グノカ社長に尋ねた。


「しかし、具体的にはどのようなつながりがあるのでしょうか?」


「オグデン・コドラインという男がいる。昔は国際的な海賊組織の幹部だったが、戦時中にビレント傭兵社の勧誘を受けて転職した。それ以来、同社の傭兵として働いている。このビレント傭兵社というのは、連邦共和国で大きな影響力を持つ民間企業の一つだ」


 グノカ社長はビレント傭兵社について語った。


 曰く、ビレント傭兵社とは、傭兵派遣業と軍事請負業を営む新興企業であるらしい。魔族同盟との戦争において連邦共和国の防衛省と契約を結び、絶大な戦果を上げた。その活躍によって急速な成長を遂げたのだという。


 戦中以来、ビレント傭兵社は連邦共和国の防衛省内局と緊密に連携している。悪く言えば、根深く癒着している。


 終戦直後、防衛省はビレント社との契約を更新し、共和国が講和条約で併合した新領土の警備などを依頼した。戦争が終わってもなお両者の蜜月関係は続いている。


 防衛省の統制の下、ビレント社の傭兵隊は正規の連邦常備軍とほぼ同格の扱いを受けるようになっていた。


 連邦常備軍の幕僚本部や各種部隊に属する将兵らは、民間傭兵隊の増長が気に食わない。しかし、今やビレント社の傭兵隊を共和国の軍部から排することは極めて困難であった。


 ビレント傭兵社は防衛省の高官や防衛政策に精通する元老院議員と手を組んで西方の巨大企業の一角を占めている。


「オグデン・コドラインはそのビレント傭兵社で汚れ仕事を担当しているらしい」グノカ社長は苦々しげに言った。「現在、奴は会社からリーストル市警にコンサルタントとして派遣されている。しかし、奴はその一方で白波海賊団の拠点にも出入りしている。コドラインは元海賊。しかも大物だった男だ。奴が白波海賊団の連中を従えて偉そうに歩く姿が繁華街で目撃されている」


「つまり、白波海賊団はビレント傭兵社の影響下にあり、間接的に共和国の政治家や官僚も関わっていると」


「たぶんな。白波海賊団と戦うなら、ビレント社と共和国も敵に回すことになるだろう。ついでに市警も」


「ビレント社やリーストル市警を告発しないのですか?」


「繁華街で大きな酒場を営んでいた男が告発しようとしたことがある。市警で仕事をしているコドラインが海賊とズブズブだってことを内務省の自治監査局に訴えたんだ。でも無駄だった」


「無駄だった?」


「内務大臣は工業派政権の閣僚だ。自治監査局は工業派にとって不都合な告発なんぞ相手にしなかった。そして、告発した男は海賊に白昼堂々と殺された。その殺人事件の捜査は市警がやるわけだが……当然、真面目にやるわけがない。目撃者は大勢いたはずなのに、犯人の海賊は捕まらなかった」


「なるほど。下手に告発しようものなら、工業派に目をつけられて潰されかねないのですね」


「そういうことだ」


 一瞬の沈黙が流れた後、グノカ社長はサトルに問いかけた。


「ところで、君たちが海賊どもと戦う理由は派閥抗争と無関係なのか?」


「はい」


「じゃあ、何のために奴らと戦うんだ?」


「正義のために奴らと戦うのです」似たようなやり取りがあったな、と思いながらサトルは答えた。「我々は世直しの旅を始めました。その第一歩となるのが白波海賊団との戦いです」


 グノカ社長は腹を抱えて大笑いしだした。


「気に入った! マチルダ卿に伝えてくれ。あなたの正義に投資する、と。今後、必要とあらばマチルダ卿に経済的な支援をしよう」


「ありがとうございます」


「何。金ならいくらでもあるんだ。ただ、我が社には派閥の後ろ盾が無い。騎士団も警察も守ってくれない。だから、ずっと困っていた。君たちには期待してるよ」



  ◆



 サトルはグノカ商事の本社ビルを後にして、しばし歩いていた。


 すぐに違和感を覚える。


 とても静かだった。サトル以外に歩道を歩く人はおらず、車道を走る車も無い。


 不審に思って立ち止まり、辺りを見回す。


 その時、路肩に停まっていた一台の蒸気自動車が急発進して、サトルの方へ突っ込んできた。


 工業派の襲撃か、とサトルは身構えた。


「詠唱、守れ」サトルが唱えると、彼の目の前に厚い氷の壁が出来上がった。


 蒸気自動車は氷の壁にぶつかって、動かなくなった。氷の壁はビクともしなかったが、車はひしゃげてしまった。


 車には拳銃を持った数人の男たちが乗っていた。車の幌が開く。その瞬間、サトルは「詠唱、凍りつけ」と唱えながら側面に回り込んだ。


 サトルの手から出る冷気が男たちに浴びせられた。男たちが悲鳴を上げる。


 彼らは大慌てで車から飛び降りて道路に倒れ込んだ。皆、身体が白い霜で覆われ、寒さで震えている。


 サトルは彼らに追い打ちをかけた。凍結魔法を詠唱して彼らの四肢を次々と凍らせていく。流れ作業のように淡々と彼らの自由を奪っていった。もう男たちはその場で転がって呻くことしかできなくなった。


 サトルは彼らを観察した。柄の悪い格好をしている。白波海賊団だろう、とサトルは当たりをつけた。リーストル市警のジェスナー警部補からサトルのことを聞いてやって来たのだと思われた。


 サトルは一番若い男のそばでしゃがみ、その男に話しかけた。


「あなたは白波海賊団の一員ですね」


 返事は無い。若い男は恐怖で引きつった顔をしてガタガタと震えている。


 サトルは冷気を帯びたままの手で若い男の肩に触れた。そして平坦な声で言葉を繰り返す。


「あなたは白波海賊団の一員ですね」


 若い男は何度も小さく頷いた。その顔はすっかり青ざめている。


「リーストル市警が私のことをあなた方に話したのですか?」


 若い男は少し逡巡したが、無言でコクリと頷いて肯定した。


 サトルは男から手を放し、立ち上がった。その時、サトルは車のサイドミラーに人影が映っていることに気づいた。拳銃を持つ二人組の男がサトルに忍び寄っている。海賊だ。サトルに不意討ちをしようとしている。


 まずい、とサトルは焦りつつ、二人の海賊の方へ向き直った。二人組はサトルに銃口を向けた。サトルから見て二人組はやや離れた位置にいる。凍結魔法は届かない距離だ。


「詠唱、守れ!」とサトルは唱えた。


 サトルの前に氷の壁が現れる。


 二人の海賊が発砲する。


 そして、彼らの放った銃弾は氷の壁を容易く貫いた。


 その内、一発の銃弾がサトルの左の太腿に命中する。


 サトルは激痛を感じつつ、困惑した。拳銃の弾丸程度ならこの魔法で防げるはずだった。なぜ貫徹したのだろうか。


 近くの路地からさらに新手の海賊たちも姿を現した。このままでは囲まれる。


「詠唱、吹雪け!」


 サトルは小さな吹雪を巻き起こして海賊たちの視界を奪った。その間に、左脚を引きずって逃げ出す。


 脚を動かす度に太腿の銃創が痛んだ。


 サトルは逃げながらマチルダと交信した。


「マチルダ卿!」


「サトル? どうしたんだ?」


「海賊が襲って来ました! 奴らは工業派に与しています! 市警も、西方のビレント社も、奴らの味方です!」


「ビレント社も?」


「それから、奴らの拳銃の弾、魔法で防げませんでした」


「防げなかった? 銃弾が当たったのか!」


「ええ。ですが、何とか逃げているところです」


「そうか……」マチルダは苦りきった声で言った。「それにしても、まずいな……! おそらく、その銃弾はニヒリウム反魔弾だ。あらゆる魔法の影響を受けないニヒリウム合金で出来ている」


 あらゆる魔法の影響を受けない。つまり、ニヒリウム反魔弾はあらゆる防御魔法を貫徹する。


「ニヒリウムとニヒリウム化合物は我が国では禁輸品であり、禁制品だ。普通は手に入らない。おそらく海賊はビレント社の手引きで西方の反魔兵器を密輸入している!」


 全容が見えてきた。ビレント社は白波海賊団を利用してニヒリウム合金の兵器を中央立憲王国に持ち込んでいる。この兵器は工業派にとって魔道派と戦う上での切り札となるだろう。

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