逆に異世界からこっち来いよ
第一話(最終回)
【前回までのあらすじ】
紆余曲折あって、大人気ゲーム「ダンジョン・オブ・インフェルノ(dungeon of inferno)」の世界に転生してしまった高校生の佐々木。彼は艱難辛苦の苦しみを乗り越え、仲間と侃侃諤諤の議論を交わし、なんとか現実世界へと戻るチートアイテム「メタライド」をゲーム内で開発し、現実世界への帰還方法を獲得した。
しかし、それは新たなる困難の幕開けであった………。
「よし………これで、ようやく!」
照りつける日差しの中、佐々木は汗を拭いた。彼は今、デロルガリア帝国の王城の庭で、手に入れた設計図をもとに、ようやくチートアイテム(だから本当はダメ)である「メタライド」を完成させたのだ。
「おー遂に完成か。ほほほ」
すぐそばで見ていた、デロルガリア帝国の王であるスピノハルカは、その不思議な乗り物をまじまじと見る。
「これで、佐々木様の元いた世界に戻れる……という訳ですか?やりましたね!」
「王国一のイケメン」と評され、佐々木とも苦楽を共にした大切な仲間であるフィリーも、何だか楽しそうである。
「よく分かんないけど、やったじゃん、佐々木ちゃん!」
同じく佐々木の冒険仲間であるミナリは、ぴょんぴょんとその場で跳ねるようにした。彼女のピンク色のツインテールが、上下に揺れた。
「こら、暴れるなミナリ」
ミナリのすぐそばで、赤い髪の大人びた女性が、落ち着いた声で注意する。モールドというのが、彼女の名である。
「これで、君は元いた世界に帰れるという訳か」
「ええ」
モールドの言葉に、佐々木は力強く頷く。
「僕は、本当の世界へ帰らなくちゃならない」
「佐々木ちゃん……、まじで帰っちゃうの?」
ツインテールのミナリは、ぴょんぴょん飛び跳ねるのをやめて言った。
彼女の瞳は、どこか悲しそうだ。
「佐々木ちゃんが元いた世界に帰れるのは嬉しいけど……やっぱり寂しいよ」
「ミナリ……ありがとう。でも、僕は帰らないと」
佐々木も辛そうな表情だ。
彼らの間に、切ない雰囲気が流れる。
本当なら、喜ぶべき場面であるはずなのに。
祝福すべき場面であるはずなのに。
「………………」
佐々木はゆっくりと「メタライド」の中へ乗り込む。彼はシートベルトを締め、そしてハンドルを握った。
(もうここへはいられない)
彼は泣きそうになる。
(僕は元いた世界に、帰らなければならない)
(どんなに別れが辛かろうとも、元いた世界へ………)
…………………。
佐々木は静かに、冒険の日々を思い出していた。
辛いことも楽しいこともあった、長いようであっという間だった冒険の日々を………。
「てか思ったんだけど」
佐々木はミナリの言葉に我に帰る。顔を上げて彼女の方を見た。
「こっちから、その佐々木ちゃんが元いた世界?に戻れるんならさ。佐々木ちゃん、たまにこっちに会いに来ればいいじゃん」
「は?」
聞き返す。佐々木には、ミナリの言葉の意味が咄嗟にはわからなかった。
「あ、それはナイスアイデアだな」
イケメンのフィリーも頷いた。
「そうですよ佐々木様。たまに会いに来て下さいよ。月一、いや、週一くらいで」
「え、週一?」佐々木は聞き返す。
「ほほほ。それがよい。気が向いたら、いつでも帰ってくるがよい、我らが勇者よ」
スピノハルカ国王はそう言うと、「ほほほほ!」と高笑いをする。
「というか佐々木。君はそもそも、どうやって『こちら側』へ来たのか?教えてくれないか」
モールドは落ち着いた声で佐々木に問うた。
「えっと、轢かれたんです。車に。交通事故で」
「じゃあ、その『車』?とやらに、また轢かれればいいんじゃないのか?」
「そんな無茶な」
佐々木は首をぶんぶんと振った。冗談じゃない。何を言ってるんだこの女は。
「しかし佐々木、君はそうしないと『こちら側』へ来れないのだろう?」
「モールドさん、それはそうなんですけど、ちょっとそういうわけには……」
「あ、じゃあ逆に、アタシたちが佐々木ちゃんのいた世界に行くっていうのはどう?」
ミナリが手をぽんと打って言った。佐々木がミナリの方を見ると、彼女はニカっと笑った。
「どう?名案じゃない?」
「いや、そりゃまずいだろ」
「んー?何が?」
「いや、君たち、本当の世界じゃまあまあ人気者なんだぜ。普通にまずいって」
「よく分かんない。何がまずいのよ」
ミナリは不満げである。
佐々木は頭を掻いた。
(しまった。面倒なことになったぞ)
「佐々木様、私たちが人気者というのはどういうことでしょうか?佐々木様の他に、私たちを知っている人間が、『そちら側』には沢山いるのですか?」
フィリーが不思議そうにする。
「不思議ですね。私たちは佐々木様のいた世界を全く知らないのに、佐々木様の世界の住人は、私たちのことを知っている……と?」
「いや、それはほら、ゲームだから」
「『げえむ』とは何ですか?三大鍛冶職人の一人である『マークロット・ゲイム』氏のことでしょうか」
「誰だよ」
「佐々木ちゃん、アタシも連れてってよ!連れてって連れてってー!」
「いや、それはまずいんだって。ちょっとモールドさん、ミナリになんか言ってやって下さい」
「佐々木、結局『車』とは何だ?」
「ググって下さいよ」
「『ググ』?『ミニロアード・ググ』の守護神のことか?」
「何ですかそれ」
「ほほほ。勇敢なる勇者よ、いつでも戻ってくればよい」
「あなた話聞いてましたか」
「佐々木様、失礼を承知で言わせてもらえれば、佐々木様が、佐々木様のいた世界を『本当の世界』と呼ぶのは、少々私共としては、何だか悲しいものが御座います。私共にとっては、『こちら側』こそが『本当の世界』なのです」
「それはマジでごめん」
「ねー連れてってよー!」
「いや、この車見てよ!これ一人乗りなんだから!」
「あ、それも『車』なのか?それに轢かれたのか、君は」
「僕が轢かれたのはもうちょっと大型のやつです」
「じゃあもうちょっと大型のを作ってよ!アタシ達も乗れるような奴を!」
「無茶言うな!」
「佐々木様。向こう側の世界に帰還されましても、私達のことは忘れないで頂きたいのです」
「そりゃ勿論」
「そうだ佐々木。君、お土産にベクダムの実のジュースを持っていったらどうだ?」
「そういうことすると、地球の生態系が壊れる心配があるので……」
「佐々木様、『チキュウ』とは何でしょうか?『イノ・バチキュウ・コーデム』氏のことでしょうか?」
「誰それ………」
…………。
………………。
【完】