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夫婦喧嘩中継

作者: 村崎羯諦

○テレビスタジオ


ニュース番組の生放送中。

番組のMCが横並びに座っているコメンテータに視線を送った後で、手元に持った原稿に視線を落としてニュースを読み上げる。


MC「速報です。つい先ほど、東京都杉並区○-○-○の酒井家のリビングにて、夫婦喧嘩が勃発した模様です。ただいま、現場の大林アナと中継がつながっております。現場の大林アナー?」


大林アナ『はーい、こちら現場の大林です。今私は、先ほどまで夫婦喧嘩が行われていた酒井家のリビングにやってきています。現場は少し前までお二人の怒鳴り声で騒然としていたんですが、今では一旦落ち着き、現場では水を打ったかのような静けさに包まれています。


 ご覧のように先月張り替えたばかりの壁には、妻である酒井美智子さんが夫である酒井弘さんに向かって投げつけたコップによる凹みができています。また、床にはその投げられたものコップやひっくり返された机や椅子がそのまま残されており、夫婦喧嘩の凄まじさを物語っています。


 それでは、夫婦喧嘩の場に居合わせていたお子さんをお呼びしてますので、当時の状況についてインタビューをしたいと思います。こちら酒井家の長男である、酒井涼太さんです。涼太さん、夫婦喧嘩が始まった時の様子を詳しくお伺いできますでしょうか?』


酒井涼太『はい。俺はその時、二階の部屋で勉強をしていたんですが、突然一階から母親の怒声が何の前触れもなく聞こえてきたんです。叫び声に近い怒鳴り声だったんで、何を言っているのかはわからなかったんですが、只事じゃないなと言うのは一瞬でわかりました。


 で、慌てて一階のリビングに降りていったら、母親が机をひっくり返している真っ最中だったんですよね。頭を両手でかきむしって、それから父親に向かってすぐそばに置いてあったコップを投げつけたんです。父親はギリギリそれを避けたんですが、コップは後ろの壁にぶつかって粉々に割れちゃったんです。それから父親の方も火がついちゃって、もう怒鳴り声と怒鳴り声の応酬ですよ。あんなに怒り狂った大人なんて見たことないです』


大林アナ『なるほどー。それはお辛い経験でしたね。涼太さん、ちなみに夫婦喧嘩の原因について、心当たりはありますか?』


酒井涼太『いや、それがないんですよね。正直夫婦仲は昔っから悪かったんですが、大喧嘩をすると言うよりは冷え切った感じの仲の悪さなんですよ。しかも、どういう風の吹き回しかは知りませんが、最近はちょっとだけ会話が増えていて、関係が良くなってるかもとさえ思ってました。でも、そう思っていた矢先にこれだから、もうどうしようもないですよね』


大林アナ『涼太さん、ありがとうございます。とりあえず現場からは以上となります。現場で動きがあればすぐにお伝えしますので、一旦スタジオへお戻しいたしまーす』


MC「はい、それではパネルを使って、一度状況についておさらいしておきましょう。まず、酒井家の家族構成ですが、夫である酒井弘さん、妻である酒井美智子さん、そして、先ほどインタビューに登場した長男の酒井涼太さんの三人家族です。


 夫婦喧嘩が発生したのは、本日19:28。中継でわかったように、現場に残された痕跡から夫婦喧嘩がかなり激しいものだったようです。ただし、今時点も夫婦喧嘩の原因についてはわかっておらず、警察が調査中とのことです。


 ここで専門家をお呼びしております。都内の心療内科で夫婦カウンセリングを行い、これまで二百組以上の夫婦を診察してこられた井口由美さんです。本日はよろしくお願いいたします」


井口由美「はい、よろしくお願いいたします」


MC「井口さん、まだ詳しい情報は少ないですが、夫婦喧嘩の原因としてはどのようなことが考えられるでしょうか?」


井口由美「夫婦喧嘩の原因は夫婦の数と同じだけあると言われています。それでも、現場の状況やその筋からの情報から推察するに、原因は夫側の不倫だと私は睨んでいます」


MC「井口さんがやられている夫婦カウンセリングも、そういった男女関係のこじれが原因で来院される方が多いんでしょうか?」


井口由美「いえ、実はそうではないんですね。夫婦カウンセリングは基本的に夫婦揃っての診療を勧めています。不倫といった揉め事はあまり外にはオープンにしずらいですし、何より夫婦カウンセリングに二人で来る時点で、夫婦関係は完全に破綻しているというわけではないんですね。不倫なんかが発覚した夫婦だと、それはもう仲は最悪で、そのような状況で夫婦カウンセリングに来られる方は少ないんです」


MC「なるほど。詳細な解説ありがとうございました。さて、現在は夫婦喧嘩の原因について調査中とのことですが、当番組では視聴者の皆様から夫婦喧嘩の理由がなんであるのかの視聴者投票行っております。詳しい説明は、大島アナからお願いします」


大島アナ「はい。視聴者投票はテレビのdボタンあるいは番組のLINE公式アカウントのトーク画面より行うことができます。今回の酒井家の夫婦喧嘩の原因について画面下に映っている四つの選択肢から、自分がこれだと思うものを選択し、投票をお願いします」


 画面の外からスタッフが走り回る音。

 一名のスタッフが腰を低くかがめながらカメラの前に現れ、一枚の紙を司会者に手渡す。


MC「えー、速報です! 先ほどの酒井家の夫婦喧嘩の原因ですが……これが夫である酒井弘さん側の不倫であるとの情報が入ってきました? いやー、井口さんの予想が的中ですね!」


井口由美「いえ、偶然ですよ」


MC「そして、現場にも動きがあったようです。もう一度、中継行ける? 行けるね? それでは、中継先につなぎます。現場の大林アナ? 大林アナ!?」


大林アナ『はい、こちら現場です!なんと、多くのメディアが現場に押し掛けている中、当番組だけに夫婦喧嘩の当事者である酒井美智子さまがインタビューを許可してくださいました。こちらに座っていらっしゃるのが酒井美智子さんです。美智子さん、この度は辛い状況の中、インタビューを受けていただきありがとうございます』


酒井美智子『いえ、先ほどまで自分の部屋でテレビをつけたら、偶然この番組が映ったんです。だからこそ……私がこの夫婦喧嘩の原因を話すのは、この番組以外はあり得ないと思ったんです』


大林アナ『えー……なるほど。大変光栄です。それでは美智子さん。先ほどお伺いした内容を繰り返すようで申し訳ないんですが、夫婦喧嘩の原因についてお話をお伺いできますでしょうか?』


酒井美智子『原因は夫の不倫です。少し前から様子がおかしいなとは思っていたんです。初めのうちは夫を信じて、深くは追求しなかったんですが、不安や疑問がどんどん膨らんでいって、そしいけないことだと分かりつつも夫の携帯を盗み見てしまったんです。そしたら、そこには不倫相手との、吐き気がするくらいに気持ち悪いやりとりが残っていて……。


 すごくショックだったし、不倫の証拠をみた瞬間、頭が真っ白になったんです。でも、息子は受験を控えていてナイーブな時期だし、できるだけ穏便に済まそうと自分に必死に言い聞かせんです。それでも、今日、私がそのことを夫に追求したら……夫は謝るどころか開き直って、勝手に携帯を見た私をあろうことか批判してきたんです。その瞬間、ぐっと堪えていた色んな感情がわーってなって、こんな大喧嘩になってしまったんです』


 私たち夫婦は、色んなすれ違いがあってあんまりうまくいっているとは言えない状態だったんです。でも、息子は高校で、いずれ一人暮らしを始めるかも知れないと考えると、やっぱりこのままではいけないと勇気を振り絞って話し合いをしたんです。夫も夫で色々と思うところがあったのか、真剣に話を聞いてくれました。その時は私たちは二人とも、夫婦関係を改善するために同じ方向を向いていました。でも、やっぱり長年のわだかまりは簡単には解消できないという話になって、いっそのこと、最近話題になっている夫婦カウンセリングに行ってみようって話になったんです』


大林アナ『夫婦カウンセリング……ですか?』


酒井美智子『はい、せっかくだから有名な先生に診てもらおうって夫と話して、それなりのお金を払って定期的なカウンセリングに通ったんです。私たちの悩みを聞いてもらって、先生からもらったアドバイスをもとに関係を修復しようと必死に努力しました。でも、ある時期から少しずつ夫の姿勢が変わっていったというか、以前と同じような前向きさがなくなっていったんです。そしてそれが、私が夫の不倫を疑い始めたきっかけでもあるんです。


 カウンセリングを続けていればきっと関係は修復できるはずだし、真摯に悩みを聞いてくれる先生の気持ちに応えたい。そう思って必死に頑張ってきたんです。でも、夫の携帯を見た瞬間。その全てが吹き飛んだんです』


大林アナ『それはつまり……どういうことでしょうか?』


酒井美智子『……私もまさか、夫婦カウンセリングを行なってくださっている先生が夫の不倫相手だなんて信じられないですよ。でも、それが事実なんですよね? スタジオで他人事のように中継を見ている、井口由美先生?』


井口由美「……」


酒井美智子『あなたは夫婦関係がうまくいかず、精神的に弱っていた私の夫に巧妙に近づき、男女の関係を持った。患者とカウンセラーという関係でありながら、そして、目の前に私という妻がいながらも、私の夫を奪った。いかなる理由があろうとも、これは決して許されることではありません』


MC「そんな……井口先生が……」


井口由美「……」


酒井美智子『ねえ、なんとか言ったらどうなんですか? 井口先生!?』


井口由美「……よく似てたんです。かつて私が愛した、たった一人の男性に」


MC「似ていた……?」


井口由美「ええ、私の初恋の人であり、若くして亡くなった最愛の人。決して結ばれることはなかったけれど、彼は私の人生にとって唯一の恋人であり、そして、今もこうして独身を貫いているのも、彼の面影を追っていたから。だから、双子の兄弟のように姿形がそっくりな酒井弘さんが私の目の前に現れた時、死ぬほど驚きました。生まれ変わって私に会いにきてくれた、なんて年甲斐もなくはしゃいじゃうくらいでした。


 でも、私と彼はカウンセラーと患者でした。そして、酒井弘さんからしたら、そんな私の過去なんて関係ない。だから、私は私情を捨て、お二人の関係修復のために必死にアドバイスを行いました。それでも、酒井美智子さんとの関係がうまくいかず、落ち込んでいる弘さんの姿を見ていると……いても立ってもいられなくて」


MC「……だから、一線を超えてしまったと?」


井口由美「……はい。ですが、私の判断に後悔はありません。もう一度生まれ変わったとしても、私はきっと同じことをしたでしょう」


酒井美智子『そんな自分勝手な言い訳通用するわけないでしょ!』


井口由美「もちろん自分の罪はきちんと償います。スタジオの外に立っているあの二人は、きっと刑事さんですよね。生放送なのに、途中で退席してしまう失礼をお許しください。皆様、どうもありがとうございました」


 深々とお辞儀をする井口由美。それから彼女は気丈な態度でスタジオを出ていく。


MC「……かの有名なトルストイは、幸せな家庭はどれも同じだが、不幸な家庭はどれも違うと述べてます。私たちが先ほどまで目にしていた夫婦の問題も、決して一括りにはできないものなんでしょう。


 さて、井口先生は警察へ連行されてしまいましたが、ニュースを続けます。こちらも速報です。つい先ほど、神奈川県川崎市○-○-○の大藤家のリビングにて、兄弟喧嘩が勃発した模様です。ただいま、現場の間宮アナと中継がつながっております。現場の間宮アナー?」

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