4 上将軍の智謀
寡兵である。
エイトリアから4千の援軍が来るとはいえ、それが到着するまでの間、2千5百の兵で2万の大軍を迎え撃たねばならない。
正面から戦えば、一瞬で蹴散らされるであろう。
サマダ将軍はサマシアの地形をつぶさに見て歩き、迎え撃つべき地を決めた。両側から山の迫る細まった隘路を抜けた平地である。
大軍同士が戦うにはうってつけの場所だが、そこに軍は展開しない。
「全軍を10に分ける。」
と言う。
「そのうちの2つ、5百の兵を隘路の出口付近に密集させて布陣する。」
さも、サマシア兵だけで戦おうとしているように見せかけると言うのだ。そして、残りの8つの部隊を隘路の中の岩陰や枝路に埋伏させた。
「敵はおそらく、少人数の布陣を見て侮り、先鋒隊千か2千程度で襲いかかってくるであろう。
隘路入り口で姿を見せる2隊は、敵を十分引きつけたら戦わずに隘路の中に逃げよ。1隊は隘路入り口すぐの脇道から坂を登り、中腹で伏せよ。中程で天空に火矢が上がるのを見たら、敵の尻尾に襲いかかれ。」
サマダ将軍は淀みなく、各隊の隊長に作戦を伝授してゆく。
果たして———。
北の皇軍を率いる大将軍ドラウスキは、片頬を歪めただけでサマシア軍の健気さを嘲笑った。
「ティモリスというのは、美青年だそうだな。」
左右を見回して下卑た笑いを浮かべる。
「殺すなよ。そいつだけはな——。」
それから、半眼になって伝令の1人に大儀そうに言った。
「先鋒プーシキ隊の千人で十分だろう。皆殺しにせよ。投降を許すな。殺戮を楽しめ、と伝えよ。」
伝令は、この残忍極まる将軍の命に内心震えながらも、それは表には出さず、「はっ!」とのみ承って、前方に向かって馬を駆けさせた。
恐怖こそが、その先の小国の戦意も萎えさせるであろう。
「全軍、前進! プーシキの地ならしした道を敵の死体を踏みつぶして進むぞ! 本戦はこの先のトルキシアだ。トルキシアの兵は弱くはない。体力は温存しておけ! サマシアごときで燥ぐなよ。」
ドラウスキ将軍は威厳を見せて命令し、先鋒隊の背後を、ゆっくりと押し出すように大軍を進ませ始めた。
おそらく、サマシアの兵どもは今、生きた心地もしていないだろう。
果たして、サマシアの寡兵どもは、プーシキ隊が50メートルほどの距離に迫ったあたりで、統率を失って一戦も交えずにバラバラになって逃げ出した。
「追え!」
プーシキの声に、千の兵が一斉に逃げるサマシア兵を追って山あいの道になだれ込んだ。
「あの臆病者どもの血で、大将軍のための赤絨毯を作れ!」
プーシキもまた馬腹を蹴って隘路の中へ飛び込んだ。
道は狭い。
自然、隊列は前後に伸びるが、プーシキはそんなことは気にしていなかった。先の方を算を乱して逃げてゆくサマシア兵が、哀れにも滑稽にも見えた。逃げ足だけは速い奴らだ。
一応、兵としては出てこなければ格好がつかないと思ったのだろうが、2万の大軍を前に、何かできることがあるとでも思ったか——?
だが、彼がもう少し冷静であれば、逃げてゆく兵の数が最初より少なく、軽装であることに気づいたはずだ。
プーシキの隊がその隊列を伸ばし切った頃、弩の大矢が傲りきったプーシキの頭を左から右に撃ち抜いた。
この哀れな隊長は、片方の眼球を眼窩から飛び出させ、それを頬の前にぶら下げたまま声も上げずに馬から転がり落ちて絶命した。
続いて、一斉に山あいのあちこちから兵が湧き上がり、伸び切ったプーシキ隊はズタズタに分断されてしまった。
指揮官が突如消え、何が起こったかもわからないまま、帝国の兵は草でも刈るようにして刈り取られてしまったのだった。
プーシキ隊が入っていった山間の道からわずかばかりの帝国兵が命からがら逃げ出してきた時、帝国軍の将ドラウスキには何が起こったのか、にわかには理解できなかった。
「これを、8面埋伏の陣と言う。」
隘路の反対側、主城寄りの出口に本陣を構えていたサマダ将軍は、緒戦の圧倒的戦勝の報告を聞いて満足そうな顔で左右にそう言った。
古来の兵法にあるわけではない。今、名付けただけである。
だが、そんな言葉がこの将軍の口から出た時、何か天仙、あるいは古代の神の使いから授けられた兵法であるかのような響きを持って兵たちに広がっていった。
この圧倒的戦勝は、サマシア兵たちにもまた、サマダ将軍が何か神がかった超人であるかのような印象を与えることになった。
この将軍に従ってさえいれば、帝国の大軍相手といえど負けることはないのではないか——。