ネプティエへの手がかり その5
イチ島港への海賊襲来と勇者による早期解決は、イチ島の島の守であるラウタの耳にもすぐさま届けられた。
そして、息子は勇者たちとともに海賊の引き渡しも兼ねてこちらへ向かうという。
ラウタは自分の執務室でその話を聞き、机の中から一枚の絵を取り出す。島から首都へ息子が旅立つ前、この島で過ごしていた時に描いていた、自分の絵だ。今は当時よりしわも増え、紙も白くなってしまった。
ラダムとは手紙でのやり取りしかしていない。首都に行っている間に、帰ってくるのは念に一度きりだ。さらに、ティル・ホーンを使っての顔を合わせた会話もすることはできない。最後に顔を見たのは昨年の年末だ。今回帰ってくるのも特例で、今日中に首都に帰ることになる。とはいえ、もうすぐ十五になるので、もう少しの辛抱で息子と暮らすことはできるのだが。
(それにしても、海賊、か)
息子のことと同時に、港へやってきたという海賊のことをふと考える。
港に海賊が来るというのは、いくら何でも前代未聞だ。勇者が来る、ということもあり、警備は普段よりさらに厳重にしていたというのに。報告では虚を突かれて大混乱となったという。違和感がどうもぬぐえない。
(警備状況などが、洩れていたというのか?それとも、海賊の中に、そういったことに詳しい者がいるというのか……)
ルーブル近海の海賊は、島出身の者がほとんどだ。食えなくなった漁師が生きるために略奪に走り、そういった連中が小島などを根城に集まりだす、ということが海賊発生の仕組みになっている。
島出身の者であれば、島ごとの事情などを耳にすることもあるかもしれない。今回の襲来の際、ラダムが島の伝令を伝えて海賊の捕縛の一役を買ったらしいが、その情報が洩れている可能性も十分にある。
いずれにしても、今回のような大胆な襲撃は過去に例を見ない。警戒を強めるに越したことはないだろう。
ラウタはまた息子の描いた絵に目を戻した。とにかく、今は息子たちを出迎えてやるのが最優先事項だ。
彼は机に絵をしまい、執務室を後にした。
港の警備兵に捕まえた海賊を任せて、アイシャたちは島の守の館に来ていた。イチ島の中心の、小高い台地にある館は、港からそう遠くない位置にある。
館に着くと大部屋へ通され、そこで少し待つことになった。しばらくすると、大柄な男と、そのそばにもう一人、秘書であろう女が現れる。
「勇者殿、よくぞ参られた。私がこのイチ島の島の守、ラウタと申します」
島の守は座ると一礼し、さらにヨウヤンに向き直り、さらに深く礼をする。
「つきましてはヨウヤン殿下も、この度はよくぞご無事で参られましたな」
「勇者様がいらっしゃったおかげで、無事に来ることができました」
ヨウヤンも礼を返す。ラウタが頭を上げると、息子のラダムが目に入った。
「ラダム。今回の襲撃、お前が勇者殿のお仲間を助けたらしいな」
「は、はい。父上。ただいま帰りました」
ラダムは頭を下げるが、様子がどうにもおかしい。
「父上、あの、お伺いしたいことが……」
「ああ、そうだろうな」
ラウタはそう言うと、自分のそばにいる女を手で指した。
「数日前より新しくわしの秘書として雇っておる、キュレーだ」
キュレー、と呼ばれた女は口元を布で覆っているものの、にこりと笑っているのがわかった。まるで占術師のように、頭巾をかぶり、纏う衣には装飾品がなされている。
「ああ、そうでしたか。見たことのない女性だったので、気になっておりまして」
「キュレーと申しますわ。ラウタ様には、お世話になっております」
キュレーの言葉とともに、ラウタはアイシャたちに向き直った。
「今回は、ようこそいらっしゃいました。海賊の件についても、お礼を」
「いえ。当然というか」
「真っ先に飛び出したのはこいつですけどね」
エターナルは後ろにいる蓮を指さした。
「ラダムと一緒に港の賊を退治されたのは、あなたでしたか」
「まあ、息子さんには助けてもらったっす」
「そうですか……」
ラウタはそう言うと、口元が緩んだ。蓮はラウタを見て、ふと、自分の父親を思い出した。
(やっぱり、息子が褒められると親父は嬉しいもんなのかね)
蓮の父親、紅羽厚一郎は、現在アメリカに単身赴任している。こちらからあまり連絡もしないので、最近は顔も見ていない。母さんは定期的に連絡しているらしいが。
時々アメリカ土産でアメコミが送られてくるが、家の中での評判はそんなに高くない。漫画をよく読むのが妹くらいなので、そういうのは大体妹に渡すか、家の中の父の部屋に放り込んでいる。
蓮はあまり親に褒められることは、そういえばなかった。親の耳に入ることといえば、やれ誰と喧嘩しただの、やれ何を壊しただの、迷惑しかかけてなかった気がする。
(帰ったら、家事手伝いくらいするか……)
そういうのも弟にばっかりやらせていたし。ちょっと申し訳ない気持ちが込み上げる。
「そういえば、王より聞きましたが、ネプティエ、という場所を探しているとか」
ラウタの言葉に、蓮は我に返った。
「ええ、何かご存じなのですか?」
「いや、その論文を発表した考古学者がこの島出身でして。それで聞いたことがあるくらいなのですがね」
「そうですか……」
「なぜ、ネプティエをお探しに?」
「実は……」
アイシャはメローラを前に出し、事情を説明した。彼女がネプティエ出身であること、彼女の言葉がわかるのが蓮だけであるということ、彼女を故郷へ連れて行くために手がかりを探していること。実は人魚姫であり、家出したことはさすがに黙っておいた。
「なるほど。そういうことでしたか」
「このまま放っておくわけにもいかないですから……」
「それでしたら、その論文の海域まで行ってみてはどうです?何か手がかりがあるやもしれませんわ」
そう言ったのはキュレーだ。確かに、論文にはどのあたりで見つけた、という場所も記載はされている。行くことは可能だろう。
あくまで、行くことは、だが。
「しかし、この海域はかなり危険ですよ。なんでも、海魔が出るとか」
「海魔?」
「海賊なんかよりもはるかに恐ろしい、海の怪物です。下手な漁船よりも大きく、船を沈めてしまうとか」
「なんと……」
アイシャがつぶやく後ろで、蓮はメローラに小声で話しかけた。
「なあ、海に怪物っているのか?」
メローラは蓮の手のひらに文字を書く。
『乗ってきた船より大きい生き物くらいなら、いるわよ普通に』
「まじかよ……」
そんなところに行かなければいけないのか。地上ではタイラントドラゴンが最大クラスの大きさと聞いていたが、海ともなるとさらに大きいもいるかもしれない。
「なーんか、そのうち月くらいのデカさとか出てきたりしねえだろうな……」
「何言ってんのよ。そんなの出てきたらどうしようもないでしょ……」
蓮の独り言に、エターナルは突っ込んだ。実際、本当にありそうだから困ってしまう。




