ネプティエへの手がかり その4
イチ島の港は大混乱に陥っていた。
今まで海賊が現れることは、多かれ少なかれあった。だが、今までは漁船やら貨物船といった船を狙ったものがほとんどだ。ましてや、港の襲撃など前代未聞である。
港の警備隊は、完全に虚を突かれた。王子が来航することは王より通達があったため、出迎えの準備を行っていたが、まさか港に賊が現れるなどとは予想だにしていなかった。
加えて、現れた海賊船も小さく、漁船に見せかけていたうえに、連絡船から死角の位置にいた。そのため連絡船からの援護も受けられずに、初撃をもろに受けてしまったのだ。
港に乗り込んだ海賊は、皆剣やら槍といった武器を持っていた。襲撃にたじろぐ人々をかき分け、港の物資を奪おうと倉庫を狙いだす。
不意打ちに驚き、襲われた警備兵たちは、突然のことに一瞬身体がすくんでしまった。それもあり、海賊たちは勢いのままに進もうとした。
ある海賊の男もまた、その一人だった。彼は揚々と倉庫へ駆け込んでいく。そこにあるのは食料や金品だ。海の向こうの国からの輸入品もある。海賊の男は物資が入っている袋ごと背負った。近くで倒れていた警備兵を見かけて、気まぐれを起こしたのか動けない兵を何度も蹴りつける。
蹴りつけて飽きてくると、最後に顔面を蹴り飛ばして去っていく。ふと見やると、逃げ遅れた女が一人うろたえていた。海賊の男は舌なめずりをした。
女に近づき、細い腰を抱えて持ち上げる。女は悲鳴を上げながら海賊の男を叩くが、微動だにしない。海賊の男は低俗な妄想を頭の中で広げ、期待に胸と股間を膨らませる。その様子に女の顔はみるみる青ざめていく。
海賊の男が鼻の下を伸ばして、抱えた女と物資を船に持ち帰ろうと、踵を返した瞬間だった。
海賊の男の目の前に、男が突然、降ってわいた。
赤い髪に瞳の男は、顔を上げると海賊の男と目が合った。海賊の男は一瞬、自分の仲間かと思った。彼も誰かを抱えていたからだ。
二秒ほど目を合わせてから、違うことがはっきりとわかった。
なぜなら、わかったときには、自分が抱えていた物を身体から引っぺがされて、海に放り投げられていたからだ。
海賊の男は豪快な音とともに、海へと飛び込んだ。
喧騒の中、その光景に気づいた者はごくわずかだった。
その光景をまともに確認できていたのは、蓮に抱えられているラダムだけだったろう。当のラダムも、急に飛び上がったと思ったら港に着地して一瞬目を回していたが、蓮に額をぺしりと叩かれて目を覚ました。
「おい、海賊どれだ!?」
どうやらあまりの混乱ぶりに、警備兵と海賊の区別がついていないらしい。似たような恰好をしているから無理もなかった。
ラダムは蓮に抱えられたまま、周りの人を見やる。こちらを見て驚愕している者、興奮状態で気づいていない者。数多くいる中で、見覚えのあるシンボルマークを付けている者を見つけた。魚のようなマークのそれは、ルーブル王国のシンボルマークだ。つまり、このマークのある者が味方で、付いていないのが海賊だ。あとは武器の有無で判別する。
蓮がラダムを抱えたまま目の前の兵に近づいた。
「こいつ海賊です!」
ラダムの声とともに、蓮は目の前の男を蹴り飛ばす。男はもろに吹っ飛び、貨物の箱に激突した。
瞬間、怒号とともに後ろから男が剣を振りかぶってきた。おそらく海賊なのだろう。蓮は振り返らずにそのまま後ろに下がった。驚く男の顔面に、蓮の後頭部がぶち当たる。男は花を押えてひっくり返った。蓮の頭に、出っ張ったものがひしゃげる感触が残る。
構わず踏み込んで別の男に向かう。男は身構えた。
「この人は味方です!」
ラダムが叫び、蓮の足が止まった。男は声を上げた少年を見て、目を丸くした。
「ら、ラダム様!?」
「話はあとだ!」
ラダムが叫ぶと同時に、蓮に抱えられたまま喧騒に消えていった。男はぽかんとその場にたたずむだけだった。
「ったく、ややこしいったらありゃしねえ!」
喧騒の中、襲ってくる男や女を蹴り、時には海へ放り投げ、飛んでくる魔法を躱しながら、蓮はつぶやいた。相手一人一人は大したことがないものの、味方との区別がつかないためもたもたしがちである。常に魔法が撃ち込まれて煙も立っており、視界も悪い。
ラダムが都度都度判断しているが、間違って見方もぶっ飛ばしているかもしれなかった。
「何か、一発で区別できる方法があればいいんだが……」
蓮に抱えられ、若干吐きそうになる中、ラダムは思考をぐるぐると回転させる。
イチ島の兵たちに、自分の存在を伝えることができれば……。
そうだ。
「あの、一瞬だけなら、何とかなるかもしれません!」
「ほんとか!?」
「ただ、一瞬です!それで何とかできませんか!?」
ラダムの問いかけに、蓮は頷いた。
「やれるだけやる!」
ラダムはそれを聞くと、精いっぱい息を吸い込んだ。
そして、叫ぶ。
「オフ・ディ・ロウ!」
耳元で叫ばれた蓮は眉をひそめながら、異様な光景を見た。
叫ぶと同時に、いくらかの男たちが突然伏せ始めたのだ。一方で、立っている男女は何が起こっているかさっぱりわからないようで、棒立ちになっている。
これは号令だ。「オフ・ディ・ロウ」は「伏せよ」の号令。イチ島の者たちにしかわからない、暗号式の伝令である。緊急時に使うもので、島の者はみな反応できるように定期的に訓練をしている。
つまり、この号令で伏せた者が、イチ島の人たちだ。
「今です!立っている奴を!」
ラダムが叫ぶと同時に、蓮は動き出していた。
右足を上げ、身体を大きくひねる。
左足を軸に、身体を一回転させた。蓮の筋力と遠心力のままに、右足が空を輪状に切り裂く。
環状となった風圧は広がり、周囲のものを吹き飛ばした。
伏せていた者たちは、風圧に少しあおられるものの、その場にとどまっていた。
立っている者は風圧をもろに受け、皆一様に吹っ飛ばされていった。
すこしの静寂ののち、立っているのは蓮とラダムの二人だけだった。
後から伏せていた男たちが立ち上がり始めた。どうやら無事なようだ。ラダムはほっと息を吐いた。
「ラダム様!」
駆け寄ってきた兵が、すぐにラダムにひざまずく。彼を皮切りに、立ち上がった者たちはすぐにひざまずいた。
「ご無事で何よりです!」
「こちらの台詞だ。皆が無事でよかった」
「……それで、この男は……」
兵たちは、ラダムの隣の蓮を見る。
「件の勇者殿のお仲間の蓮殿だ。見ての通り、かなりの実力者だ」
ラダムの紹介を受け、皆が「おお……!」と声を上げた。どうやらあまり悪い印象は受けずに済んだらしい。
「ところで、連絡船は!?」
「……問題なさそうだぞ」
振り返れば、連絡船は破損もなく、無事に着岸していた。船の中から、ロープで縛られてぐったりしている数人の男女と、それを見張る兵士たち、一般人と、少し疲れた様子のアイシャたちが降りてきた。
「蓮たちも無事だったか」
「おう」
蓮はラダムの頭を軽く撫でまわした。
「こいつがいて、助かった」
蓮に言われて、ラダムの顔が赤くなった。
その様子を見て、アイシャたちは笑った。




