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王都叫喚 その2

 レッドレッド王国の運河の下には下水道がある。近くの川から運んだ水を、地下の下水道を通して川に戻すためのものだ。それは王都中に張り巡らされている。

 王都の住人で生き残った者たちは、地下の下水道へと逃げ込んでいた。

 もっとも、下水道から出ようものなら、すぐさまドラゴンの餌食になるが。

 ピーター=グリフィスは家族と何とか逃げ込むことができていた。下水道まで流れてくる焼死体を、子供に見せないようにしながら、一角に座り込んでいる。

 幸運だったのは、出立寸前だったためにある程度家財や荷物をまとめて持って地下に逃げ込めたことだろう。食料も蓮からもらった金である程度余裕がある。辺境へ行くつもりだったので、一〇日分は優にあった。

「……こんなことになるなんて。蓮さんたち、大丈夫かなあ」

「大丈夫よ、あの人なら。なんだかすごく生命力に満ち溢れていたから」

 そういいながら手を握る妻の顔色は悪い。下水道などという最悪の環境の中にいるのだから無理もない。本来ならこんなところではなく、空気の良いところにいないといけないのだ。彼女の体調によっては、地下から脱出することも考えないといけないだろう。

 子供たちを懐に抱えるようにしてずっと座っているが、状況は一向に好転しない。

 今までの自分なら待つだけだったが、こんな時、どうすればいいのだろうか―――。


 そう考えていた時だった。


 目の前に屈強な男が現れた。

 じろり、とこちらを見る目に、ピーターは家族を抱えて警戒する。細身ながら、できるだけの気迫を放った。

「………」

 フルプレートの男はしばらく黙り込んで、じっとピーター一行を見つめていたが、やがて声を張り上げた。

「おーい、こっちに生き残っている奴らがいるぞ!たぶん家族連れだ!」

 その声に多くの男と女が近づいてきた。どうやら同じように町から避難してきた住人たちのようだ。「大丈夫か?」という声とともに、抱え起こしてくれる。

「こっちで炊き出しやってるんだ、こんなところだけど食えるか?」

「え、ええ。私はいいので、子供たちに」

「ああ。任せろ!」

 

 炊き出しを行っていたのは、ヴェロナたちであった。

「ほら、食べて元気だしな!」

 炊き出しの量は随分と多い。急に用意したであろうはずなのに、ここにいる人数が数日保つほどの量だった。炊き出しの量に対し必要な人が少ないから―――という理由も考えられるが、誰も口には出さない。

 不安からかすっかり空腹だったピーターたちは、下水道という場所にも関わらず食事をかきこんだ。

「何、今に勇者様が何とかしてくれるだろうよ」

「勇者様か、確か平原に行ったんだっけか?」

「それで平原からドラゴンが来たんだよな」

「まさかやられたなんてことはないよなあ……」

 同じく炊き出しを受けた者たちは今の状況について話し合っている。

「……一体、地上はどうなっているのかしらね」

 つぶやいたのはヴェロナの店の給仕兼娼婦のミネルバだ。

 ピーターは、食事を食べ終わって、ふと顔を上げた。


「…………僕、ちょっと外見てきます」


 ピーター=グリフィスは今まで、自分が誇れるものがなかった。生きることに必死だった。生まれも育ちも王都裏のスラム地帯で、低所得者たちの吹き溜まりのようなところで育った。大体そこで育つとごろつきになるのだが、ピーターは腕っぷしが弱かったために、力がすべてのスラムでも高い地位に就くことができなかった。できることと言ったら多少手先が器用なためにできた鍵開けと泥棒だった。

 生きるために盗み、食料を何とかかき集めた。幼馴染だった女の子は、唯一自分に優しくしてくれた女の子だった。その子のためにも必死だった。

 やがて彼女のとの間に二人の子供が生まれた。負担はさらに増え、そのたびに盗まなければいけない量は増えていった。

 盗むたび、罪悪感は募っていく。あるいは、強ければ。堂々と奪うことができるのならば。こんな感情を抱えずに済むだろうか。

 スラムででかい顔をしている屈強な男を見るたびに思う。

 強くなりたい。ずっとそう思っていた。


 でも、わかってしまった。

 自分は強くなれない。

 勇者を偽るなんて真似をして。

 突然殺し合いに巻き込まれて。

 理解できないほどの強さを持った男を見て。


 自分は、ああはなれない。


 それから、自分の言葉を勇者に伝えるのに時間がかかってしまったけれど。


 自分なりに、自分のできることをやろうと。

 胸を張れることをやろうと決めたのだ。


「だ、だめよ。外なんか出て、ドラゴンに見つかったら……」

「大丈夫だよ。外を少し覗くだけだから」

 妻が心配そうなか細い声を出すのを、ピーターは優しく宥める。

「……あんた、本当にいいのかい?帰って来れないかもしれないよ」

 ヴェロナの問いかけに、ピーターはそっと彼女に近づいた。

 妻に聞こえないようにするためだ。

「一〇分経って僕が戻らなかったら、ここも危ないので、場所を変えてください」 

 その言葉に、ヴェロナはどう答えていいかわからなかった。

「ちょっと待て、そういうことなら俺も行くぜえ」

 名乗りを上げたのは先ほどのフルプレートの男だ。

「一応、護衛はいた方がいいだろお?」

 言って男は鎧をたたく。まるで自分の震えをごまかすかのようだった。


 結局、最後まで止める者はいなかった。

 ピーターと男の二人は、そっと下水道の蓋を開ける。

 どうやら、周囲にドラゴンはいないようだった。

「ここはどのあたりだろう」

「おそらく、王城の近くだな。ほら」

 男が指さした方向に、王城の入り口が見える。そう遠くはなさそうだった。

「……そういえば、王様っていったいどうしているんだろう」

「外……はねえな、ドラゴンがうじゃうじゃいやがるから。城にも地下シェルターくらいあるんじゃないか?」

「……無事だといいね」

「他人の心配してる場合かよ。ほら、戻るぞ」

そう言って、蓋を閉じようとした時だった。


目の前に、ドラゴンの足が現れた。

蓋を開けて覗いている状態なので、詳しくはわからない。向こうがこちらに気づいているのか。それすらも不明だ。

 二人は息を止めた。音を立てれば完全に気づかれる。

(………頼む!早くどっか行ってくれ!)

 それからどれくらいの時間がたっただろうか。

 翼が羽ばたく音がした。そしてドラゴンの足が地面から離れる。

 ピーターたちは、息を吐いた。そして、蓋と地面の隙間から飛んでいくその姿を見た。


(……あれ?なんだあれ?)


 その姿は、明らかに異様だったものの、助かった安堵感が彼らのすべてを埋め尽くした。

「……戻ろうか」

「……そうだな」

 二人とも全身の血の気がすっかり引いた状態で、蓋を閉じようとした時だった。


 今度は蓋が閉まらない。がっちりとすごい力の何かに押さえつけられて、動かすことができない。ピーターと男がどんなに力を込めても、ピクリとも動かない。


 いきなり、一目で目だとわかるものがこちらを覗き込んだ。

 突然のことに二人の心臓は止まりかけた。いや、一瞬本当に止まったかもしれない。


 だが、冷静になるとおかしい。巨大なドラゴンが睨むにしては、目玉が異様に小さい。それに肌色もあり、何なら赤い髪の毛。

 それに、この感じ、どこかで見たような。

「……お前ら、こんなとこで何してんだ?」

 それは紛れもなく、勇者の仲間である蓮の顔だった。

 泣きそうになったピーターの口を、男が慌ててふさいだ。

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